自分が日本人である。


それを骨の髄まで認識させられた

出来事は、やはり海外に出て生活した

ことだったと思います。


カナダで、アメリカで、オーストラリアで、

私は日本人としてどう思うか、また日本人

ならばどう考えるのか、という質問を

たくさん受けました。


また、日本という国のルーツを聞かれることも

度々ありました。


16歳のとき、まだまだ不勉強だったのと、

英語で説明するのが面倒くさかった私は、

その類の質問に、I don't know. と答えて

済ませてしまったことがありました。


それからしばらく、友人たちからは軽蔑の

まなざしが投げかけられるようになりました。


日本人として、日本という国をよく知らないこと。

ましてや、日本の国に不利になるような発言を

することは国際的に全く信頼されないことである

ということを実感しました。


悔しい思いが消えることはなく、それから日本から

本を送ってもらったりして、日本のことについて、

家族の事について、そして歴史についてもういちど

イチから勉強しました。


その後、ロシアから来た留学生と北方領土を巡って

議論をかわし、殴り合いのケンカをしたり、韓国の

友人とも議論して、決して交わることのない反日

教育で染められていることを知りました。


授業のグループ討論では、原爆投下の是非について

議論しましたが、他の4つのグループは原爆投下は

正しかったという結論に達した中、私の入ったグループ

だけは原爆投下は正しくなかったと言う結論に達した、

ということもありました。


勉強していなければ、彼らのいうことに反論すらできず、

日本人として舐められていたことでしょう。


国際社会では、交渉ごとはある意味国と国とのプライドを

かけた冷戦です。


ゆずること = 敗北を意味します。


今回譲ってあげたから、次に日本がなにかするときは

便宜を図ってほしい、という日本人でいう暗黙の

以心伝心なんていうのも通用しません。


そんななか、那覇地検に拘留されていた中国船の

船長が、突然保釈されました。


中国は、尖閣列島が中国領であることをメディアを通して

主張し、民間交流や経済上の圧力をかけて船長の釈放を

求めていました。


今回船長を釈放したという日本の「譲歩」は、国際社会的

には日本の負け、拡大解釈すれば尖閣列島の領有権の

放棄を意味することになりかねない決断です。


目先のレアメタルと、国としてのプライドを本当に

天秤にかけたのでしょうか。


このまま、中国が尖閣列島の領有権があることを

既成事実化してしまわないといいのですが。


日本人としてのプライドは、私だけでも持ち続けて

いかないといけないと強く思いました。