子供が幼稚園に入る頃になってから

感じたことがあります。


それは、私たちの想像以上にテレビゲームが

子供たちの生活の奥深くに入り込んでいる

ということです。


幼稚園の頃からテレビゲームや携帯ゲームに

触れて育つ子供が多いのに驚きました。


かく言う私もファミコン世代ですから、

子供の頃はゲームをしていました。うちには

ゲームはありませんでしたから、もっぱら

友達の家に上がりこんで、やらせてもらう

立場でした。 今考えると迷惑千万な話ですが。


ゲームは家で、友達が集まってプレーするものでした。


しかし。


昨日、子供とバッティングセンターに行って

見たものは、我が子が練習しているのを待って

いる間、弟君とお父さんがそれぞれ違う携帯ゲーム

に没頭していた姿でした。


お兄ちゃんの練習している姿をずっとみているのは

ある意味退屈で、飽きてくるのは分かります。


一方で、その姿から何かを学ぼうとする機会や、

お父さんと弟さんがお兄ちゃんの練習について

会話する機会を、ゲームが奪ってしまっているように

感じたのです。


練習中に良い当たりが出たときに、得意げに後ろを

振り返ると、ゲームに没頭しているお父さんと弟の

様子が目に入って来るお兄ちゃんの気持ちになって

考えてみると、なんとも寂しい気持ちになるのは

私だけでしょうか。


今、そういう視点で世の中を見てみると、そういう

シーンがたくさん目に入ってきます。


イオンデパートで、エレベーターを待っている間。

レストランで食事を頼んだ後、待っている間。

ホームで電車を待っている間。

公園で集まって遊んでいる間。


このテレビゲームを抱えたまま大人になる人も

いるでしょうが、大体は中高生になると、ゲームが

携帯電話と音楽プレーヤーにとって代わります。


しかし、本質はゲームと何も変わっていないのです。


夏休みが終わって、担任の先生に楽しかった事を

たずねられて、長男のクラスメートは半数以上が

「テレビゲームをしたこと」と答えたそうです。


「おじいちゃんの実家で、きれいな海や川で遊んだこと」

と答えたうちの子供は、今や絶滅危惧種なのでしょうか。


私はテレビゲームそのものを否定するつもりはありません。

私もかつてはゲーム愛好者でした。


しかし、自分である程度自分をコントロールできるように

なってからでも、ゲームを買い与えるのは遅くないと

最近つくづく思います。


親がテレビやゲームに子守を任せてしまい、親子の間で

コミュニケーションを図らなくなってしまっていることが、

高校生になっても大人とコミュニケーションが取れない

子供が大量発生している一因になっているように思えて

ならないのです。


子供と関わる時間、精神的なゆとりがないからといって

ゲームに任せてしまえば、静かにしてくれているし楽です。

それを黙認している親が過半数になれば、「それが正しいこと」

として社会に認められてしまう。


そうなったときには、私たちは考えられないほどの

恐ろしいツケを払わされることになりはしないでしょうか。


田舎でのびのび子供を育てたいと思っても、ゲームとの

付き合い方を考えないと、難しい時代になってきました。