ブログ仲間の少年野球コーチさんと、
星十徹さんがそれぞれ「努力」について
エントリーしていらっしゃいます。

少年野球コーチさん:http://baseball-coach.cocolog-nifty.com/anc27624niftycom/2010/03/post-6da9.html

星十徹さん:http://ameblo.jp/4east-network/entry-10484751516.html


「努力は報われるものである」と言う言葉は
真であると個人的には信じたいですね。

「努力なんてもともと報われるものじゃない」
という言葉も、自分のこれまでの人生を振り返って
みると当てはまることが多々あります。

これまで出会った生徒たちの中に、こんな
生徒がいました。

「結果の出ない努力は、努力とは呼ばない。
 結果をだして初めて、それまでの頑張りが
 努力になる。」


と言い放ち、常に英語でトップを取り続けた子。


「やりたくないことをやるのを努力と言い、
 やりたいことをやるのを頑張りと言うんです。
 私は努力はしたくないけど頑張ることは出来ます」


と言っていた子。

2年生になってすぐに左打ちに転向し、なかなか
結果が出ない中、引退試合でタイムリー2ベースを
含む3安打を放ち、

「先生、努力という言葉の意味が分かりました。
 ありがとうございました。」


と言って引退していった子。


野球ノートに「僕の努力は無駄な努力なんでしょうか?」
と書いてきた子もいました。 

「そのまま続けなさい。引退したときに答えが分かるから」と
私は書いて返しました。

10年間、色々な子どもたちに接してきて感じることは、

「本当に努力することの尊さと、その意味を知らないまま
 高校を卒業していく子が本当に多い」

ということと、

「努力の一歩目を踏み出せない子が増えている」

ということです。 

努力をしなくても、何とかなってしまう現代です。

でも、大人になるまでに一度は自分の限界を
知るくらいの努力をしなければいけないと思います。

そういう環境に自ら身をおかない限り、努力できない
現代なのかも知れません。

そんな現代においても、部活を通して、または受験勉強を
通して、海外留学を通して努力の意味を私たちに教えて
くれる生徒たちもいます。

彼らから教えてもらったことは、

「努力をすることで、努力した本人の中に残るものは
 結果に関わらず、必ずある。 それを報われた、と
 捉えるか、結果が 出なかったから報われなかった、
 と考えるかは 努力した本人の受け止め方次第である」


ということです。

教師の仕事はその努力を見守り、達成感を味わえるように
言葉かけをして支えてあげること、のように思います。

そういう意味において、

「努力は、(その人の受け止め方次第で)必ず報われる」

と私は考えます。


こんな考え方だと、最初に紹介した「結果の出ない努力は
努力じゃない」と言っていた子に怒られそうですけどね(笑)

7年前に担任していたその子は、男社会の一流企業で
システムづくりに携わり、バリバリ働いています。 今でも
結果がでるまで努力し続けているのでしょうね。