42日間のオーストラリア出張を終え、
土曜日の夜10時にようやく自宅に
戻ることができました。

思えば15年前、1年あまりのカナダ留学
から帰国の折、飛行機の窓から日本の地が
見えたときのこと。

得体の知れない熱い感情が自分の
中から湧き上がってきて、ひとりで
ボロボロ飛行機の中で泣いていました。

やはり体は正直でした。自分のいるべき
場所をきちんと分かっていました。

そのときの私の夢は、プロ野球チームの
外国人選手のマネージャー、通訳になる
ことでした。



それから時は流れ、いち英語教師として
生徒たちをオーストラリアに引率するように
なるとは全く想像だにしていませんでした。

前回の引率は、生徒のホームシック、食事、
水、体調不良などの訴えを聞いて処理する
ことで手一杯。 おまけに男女交際や生徒
指導の問題まで入ってくるともうお手上げ
といった状態でした。

今回は今回で、それとは質の違う様々な
システム上の問題、相互不理解から来る
外国人教師と生徒とのいざこざ等があり、
その処理に心を砕きました。

神様は人生において楽をさせてくれません。
きちんと最後に帳尻が合うようになっています。



大変でしたが、今回の引率から学んだものは
自分の中で大きいものでした。

7年前の引率時に自分が直面した問題は、

「24歳の私を鍛えるためにこなさなければ
 ならないトレーニングプログラム」

であり、

今回直面した問題は、

「31歳の私を鍛えるために、こなさなければ
 ならないプログラム」

だったと思えるのです。

だからこそ、そのプログラムに正面から
ぶつかって、きっちりこなしていかないと
いつまでたっても同じような問題に直面して
しまう。

また、24歳用のプログラムと31歳用のプログラム
は、内容が違うのが当たり前ですから、引率の
たびに質の違う課題が自分に与えられる。

今回実感しているのは、

「プログラムに正面からぶつかって、こなしていけば
 人間として、教師としてひとまわり器が大きくなる」

ということです。

一見困難に見えることも、自分にとって不利益だと
思われることも、自分の意思に反して起こることも、
全て自分にとって必要なことであり、必然である。

なぜならば、それは自分を鍛えるために天が
用意してくれたプログラムだから。


そう思えば、6年前の転勤、2年前の再転勤、

そして岐阜の中学野球部のみんなとの別れ、

今年自分が野球部の顧問を外されたこと、

いま自分が教師として忙しくしていること、

全てこれは自分が人としてレベルアップ
するために経験しなければいけないこと
なのかもしれません。

次に野球部の監督として復帰するときには、
日本のどこで監督をしているかは分かりませんが、
前よりも人間としてレベルアップした自分で
ありたいと思います。

そのために、これから目の前に起こることを
できるだけポジティブに捉え、それに対して
ベストを尽くしていくように心がけたい。

まあ人間ですから、完璧にはいかないでしょう。

でも、小さなことでくよくよしない人生を
送れるきっかけになりそうな、そんな
42日間でした。

オーストラリアでお世話になった人たち、
そして生徒たちに感謝。 ありがとう。