自分が中学野球部の顧問として、本当に何も
知らない、何もできないことを思い知らされたのが、
3年前のちょうど今頃でした。

無理をお願いして組んで頂いた練習試合
で、相手の監督さんから失笑を買うような
内容で大敗したのです。

そこからは、地元の中学校で練習試合を
くんでもらうにも一苦労の状態。 私が迷いを抱えた
状態のなか、当然チームもなかなかレベルアップ
していきません。

チームを作っていく上で、初心者を何人も含んだ
11人の部員を前にして、本当に何から手をつけて
行けばいいのか全くわからない状況でした。

そんな時、私の受け持つ高校寮に奈良県出身の
中学野球経験者が入りました。

話を聞けば、部員10人を鍛え上げて県の上位
まで進出された経験をお持ちの監督さんに指導を
うけ、その代でキャプテンをやっていたらしい。

私の直感で、彼との縁を通してどうしてもその
先生のお話を聞いてみたいと強く思いました。

4月中旬のお忙しい時期に突然私のほうから
お電話をしたにも関わらず、5月の連休中に
練習を見せていただく約束をして頂きました。

O先生は、野球への情熱だけで押しかけた、
何の面識もない私に対して本当にあたたかい
お声をかけてくださり、先生が何年もかけて
編み出されたであろう指導法を惜しげもなく
私に教えてくださいました。


その日から、O先生は私の野球の恩師となりました。


先生に教えを乞うた年の6月、私が顧問になって
初めて練習試合で勝ったときのあの喜びは忘れ
られないものになりました。

8月、新チームを作るにあたり、生徒達をつれて
先生の下を訪れた際にも、彼らをあたたかく迎えて
下さり、新チームを作っていく大事な時期の基本
練習に混ぜて頂くことができました。

そんな先生が、転勤にともなって野球の指導から
しばらく離れておられました。

それでも先生は、先を見据えて精力的に野球を
勉強する姿を見せてくださいました。

昨年1年間も、私を秋の高砂招待試合に誘って
下さったり、愛知トレーニング交歓会では
軟式野球界の重鎮に顔つなぎをして下さったり
と、私の成長を後押ししてくださいました。

高砂招待試合に誘っていただいていなければ、
私が本当の意味で本気になることもなかった
でしょうし、集中力トレーニングとの出会いも
なかったと思います。

岐阜の野球部員との別れがあれほど辛いものに
なることもなかったでしょう。それだけ充実感を
感じて部活に打ち込むことができたのも、先生の
お陰でした。

そんなO先生から今朝メールをいただき、転勤
されて新しい中学校で野球部を持たれるとの
嬉しいお知らせを頂きました。

見学に行った時、生徒達が本当に気持ちのよい挨拶
をしてくれて、道具を寸分の狂いもなくピシッとそろえて
いたこと。 ハンマーで頭を殴られたような感じがした、
全くミスのないあのキャッチボール、そして振りの鋭い打線。 

先生のチームが、また帰ってきます。

今年の夏、必ず時間を作って見にいくつもりです。
まだまだ先生からはたくさんのことを学びたい。

嬉しい報告を頂いて、先生に負けないように私も
頑張ろうと心を新たにした一日でした。

私の恩人であるO先生、これからも宜しくお願い致します。