新・ドラゴン藤波大年表2026     49    2022

 

 

令和時代の藤波さんです。

 

猪木さんへ届け!藤波さんの「ダーっ!」そして、熱い想い。棚橋との一騎打ちへ全身全霊の闘い。

 

 

 
 


令和 4年(2022)68歳

  

 

 

 

 

●令和4年(2022)68歳

 

 

1月4日

新日本プロレスの東京ドーム大会に、藤波がサプライズ登場。告知もされていなくて、これには驚きました。

「KOBW」タイトルマッチへの登場権を懸けた試合に登場。この試合は総勢19人の選手が、1分ごとに登場してのサバイバルマッチ(ニュージャパン・ランボー)。藤波は、これに「50周年記念ガウン」で18人目に入場して、いきなりバットラック・ファレにドラゴンスクリューを決め、さらに真壁にもドラゴンスクリューから足4の字固めにもっていった。そこを矢野に抑えられてフォールされ、失格となってしまった。観客は藤波のサプライズ出場に「大拍手」で応えた。(歓声をあげることは禁止)

 

 

 

3月1日

 

新日本プロレスの「旗揚げ記念日」大会に藤波が参戦。

 

藤波はメインに登場して、オカダ・棚橋とのトリオで、藤原・鈴木みのる・ザックセイバー組と対戦。藤原と鈴木のタッチをめぐる小競り合いも交えて、6人がそれぞれの持ち技を披露し、おおいに盛り上がった。藤波は鈴木にドラゴンスクリューやドラゴンスリーパーも決め、藤原とも同様に技を披露、ザックセイバーとはそれほど対戦はなかったが、大団円は感動的な3人のマイクから、ダーまで。

 

藤波「(棚橋、オカダのマイクに続いて)新日本プロレス50周年!みなさん、ありがとう。」そして、最後は、藤波が音頭をとって「(1)、2、3、ダ~~っ!」

3人が3人とも、存在感、ありまくり

 

 

4月27日

この日、藤波はLEONAと共に「コロナ陽性」となったと発表。コロナに感染したということで、心配されたが、病状は安定していると発表された。この後に出場予定していた新日本「どんたく」大会への出場を見合わせた。

 

 

5月12日

ドラディションの後楽園ホールでの「ドラゴン50周年ツアー」大会は、藤波はコロナ感染後完治したものの大事を取って欠場。ピンチヒッターに新日本から棚橋が出場した。試合は棚橋・越中・永田組と長井・鷹木・高橋ヒロム組という興味深い対戦となった。

 

 

7月31日

九州プロレスの北九州大会に藤波参戦。

この日は解説に長州がついた。藤波は阿蘇山・野崎と組み、玄海・藤田ミノル・キシャーン組と対戦。

試合開始から藤波が出ると、「うーん、大したもんだ。彼がリングに立つというのは、もう使命感ですよ」と長州が解説。試合終了後に藤波が挨拶。

藤波さん「お久しぶりです! 40年前かな、僕はここで、ダイナマイトキッドと選手権試合を闘いましたぁ。

あの時は、生中継で、途中で、テレビが映らなくなってね・・・」

 と、かなりのマニアでないと覚えていないような話を。(おぼえているよ、ダイナマイトキッド戦。。。RSD)

kono

藤波に呼び込まれる形で、

長州力もリングに上がりご挨拶

 長州「藤波さんの最後(引退試合)は、ボクが10分動ける身体を作って、、」

 

藤波は引き続き、8月14日の鳥栖での試合にも参戦。

 

 

9月8日

この日より、You Tubeで「ドラゴンチャンネル」(公式)で配信を開始。

デビュー50周年を迎えて、「新たな挑戦」として、開始したという。話題は、プロレスに限らず、お城や様々なジャンルについてやってみたいと抱負を語った。

2024年の元旦まで計35本の動画がアップされて好評であった。(それ以降約2年更新がされず。2028.1.17RSD)

 

 

 

9月10日

この日、NHK総合テレビで放映した番組「1オクターブ上の音楽会」に出演。藤波は、1985年にレコードとして発売した「マッチョ・ドラゴン」を披露した。藤波選手が公の場で同曲を歌うのは37年ぶりだという。

かおり夫人は「もう少しうまいと思ったんですけど」となかなか厳しい。

 

9月11日

新日本プロレスの東金大会で永田裕司選手の30周年記念試合。永田は若い選手(グレート・オー・カーン)に シングルで挑むも敗れる。試合後のセレモニーには棚橋、小島、中西に続き、永田選手の長男も「お父さん、おめでとう」とお祝い。

最後に藤波が登場「永田選手、30年は、どうでした?」永田「あっという間で、でも中身が濃い充実した30年でした」

藤波「そうでしょう!これからも、将来にわたって、新日本プロレスの若い選手の手本となるように」とお祝いのエールを送った。挨拶の最後は永田の「1.2.3.ゼァ!」

 

 

10月1日

この日、アントニオ猪木さんが死去。瞬く間に、その訃報が飛び回った。

 

藤波「頭が真っ白で、今は何も考えられない」

藤波はこの日、川崎での「ヒートアップ」の大会に出場。

リング上で、猪木さんへの追悼の10カウントゴングが行われた。

試合はメインの6人タッグで、LEONAがドラゴンスリーパーを決め、長井も相手を抑え、藤波がコブラツイストでギブアップ勝ちとなった。コブラツイストで決めたところに猪木さんへの想いを感じる決め手であった。

 

この日の藤波さんの「X」での投稿

「16歳で出会い68歳になった今でもあなたは私のヒーローです。生まれ変わってもまた、あなたの側に。あなたの記憶を胸に今日もリングに上がってきます。心からの感謝と愛と哀悼の意を捧げます。本当にご苦労様でした。どうかどうか安らかにお休みください。ありがとうございました。」

 

 

 

 

10月9日

浜名湖のイベントで「森のプロレス」に参戦。これは「浜名湖・渚園」で開催された「第20回ナッツRV感謝祭」が3年ぶりの開催で、このプロレスのイベントで、プロレスを初めて観戦する人も感動したという。

※「森のプロレス」は引退した垣原賢人さん主催のプロレスで、彼は昆虫やクワガタ博士として全国を回って、「ミヤマ☆仮面」として昆虫イベントを主宰しています。

 

 

 

 

10月22日

ドラディションの福岡大会で、「藤波デビュー50周年大会」は、まさに、師匠・猪木さんの追悼大会になった。

この日は、藤波さんの愛弟子、正田・倉島・竹村(愛弟子3兄弟)が勢ぞろいし

藤原も50周年で、トークショウに、前田日明も登場し、藤波と「猪木さんの思い出」を語った。

 

大会は、藤波さんもよく登場する「九州プロレス」の「桜島なおき」選手の試合ではじまり、

倉島、LEONA、正田(MAZADA)、竹村、越中、長井 らが登場のあと

メインは、藤波・野上(AKIRA)・金本 vs 藤原・吉江・高岩 というタッグマッチ。

さらに、前田日明が登場。猪木との思い出を語り、福岡大会の締めは、

リング上での「1,2,3,ダーっ!」

これを、師匠・アントニオ猪木の声に合わせて、「猪木さんの声に合わせての「ダーっ!」をやりました。それこそ、届け!猪木さんに!」でした。

すごいこと、やりましたね?>藤波さん。

 

※桜島なおき選手のブログより

 

ありがとうございました。

 

▼藤波辰爾デビュー50周年記念試合4・60分一本勝負タッグ

 ○藤波・AKIRA・金本(10分50秒・飛龍裸絞め)藤原・吉江・高岩×

 

 

続いて、10月30日は、ドラディションの大阪大会。藤波はメインで6人タッグに出場。獣神サンダーライガーが特別レフェリーになって、試合を裁いた。藤波は「マッチョドラゴン」で入場(歌は無し) さらに試合後、リング上で藤波・長州のトークショウが行われた。

 

エコケーンさんの観戦記から借りてきました。さらに、リンク↓

 

 

ドラディション「藤波辰爾デビュー50周年記念ネバー・ギブアップツアー」

 10月30日 大阪・大阪南港ATC 

 ▼50周年記念試合・60分一本勝負タッグ

〇永田・藤波・越中(10分50秒・ナガタロック54)長井・KENSO・MAZADA×  

 

 

 

11月1日

 藤波さんの棚橋戦(12月1日)への「応援クラウドファンディング」が始まる。これは「藤波さんの50周年記念ツアー最終戦の大会支援費用」としてのクラウドファンディングで、11月の一か月間募集をされた。

ひと口3000円から500000円までの支援を募るもの。返礼品(見返り)としては、ポストカード、特製ポスター(自筆サイン入り)、プッシュアップボードや、観戦時の特別シート、特別なガウンを制作してそれに支援者の名前を記して藤波が入場など、さまざまなものが用意された。

なかでも「非公開試合(シークレットマッチ)」があり、これは10000円以上の支援で、支援者のみにネット公開される特別試合だった。なおファンディングの結果として83人の支援で、合計2592000円となった)

 

  上のリンクには、詳しい「返礼品」の数々が紹介されています。

 

(この気になる「シークレットマッチ」は、翌2023年の1月に、支援者のみに公開された。詳細は後日)

 

 

11月23日

藤波は、後楽園でのGLEATの大会に参戦。この日は「デビュー30周年の試合」でのカズ・ハヤシ選手とシングルマッチ。カズ・ハヤシ選手は「獅龍」としての6人タッグにも登場して懐かしい展開も披露して観客を喜ばせた。

藤波「シングルを受けてみたものの、身体が思うように動かなかったね」

 

 

 

12月1日

 

ドラディション代々木大会は藤波と棚橋のシングルマッチがメイン。

 

倉島・正田・竹村のトリオで始まり、様々な選手が登場し、leonaが高橋ヒロムに挑むも敗れ、内藤や船木の絡みなどおおいに盛り上がって、メインが藤波と棚橋の一騎打ち。田中ケロアナのコールで登場した北沢・蝶野・武藤・藤原・長州がお祝いのコメント。蝶野は「9月の藤波さんの軽快な動き(マッチョドラゴンの番組)」にも言及した。

 

藤波の入場は「マッチョドラゴン」から藤波のテーマのメドレーが続き、「炎のファイター」となり(ふぁい、ふぁい、入り)ステージに藤波が登場。これが「藤波が「ボンバイエで入場!」」という衝撃的な入場シーンとなった。

試合は、落ち着いたロックアップではじまり、藤波のドラゴンバックブリーカーやサソリ固めも飛び出し、ドラゴン殺法をすべて受けきった棚橋が、最後は「ハイフライフロー」を決め、藤波はフォール負けを喫した。

 

最後に「猪木さんへの追悼10カウント」を行い、藤波の挨拶「50周年ありがとうございます。北沢さん、デビュー戦ありがとうございます」で始まり、次々と挨拶し「最後に、師匠の猪木さんにリングに立ってもらう約束でしたが」と続け、「これからも猪木さんの遺志を継いで邁進してゆきます。どうぞ、これからもプロレスをよろしくお願いします。ありがとうございました!」と締めようとして、、

 

「あ、すっかり忘れてしまいました。あまりにも衝撃的なフライングボディープレスを食らって、いちばん大切な締めをわすれてました。今頃、天で(上を指さして)猪木さんが「ばかやろー」と怒っています。それでは、ご唱和願います」「ご起立の上、元気よくおねがいします」「それでは、1,2,3.ダーっ!」

 

 

藤波「(入場曲について聞かれて)猪木さんの「ボンバイエ」で入場するのはおこがましいんですけど、ちょっと猪木さんに(天に向かって、両手を合わせて)了解を得てね、ボンバイエじゃ足がすくんじゃうね」

棚橋「待ってる僕にしたら、藤波さんに猪木さんがついて、1対2で闘うみたいで。藤波さんだからこそ、猪木さんも喜んでくれてるんじゃないかと思います」

藤波「やっぱり猪木さんは永遠です。僕らの後ろにはいつも猪木さんがいてくれるって気持ちでリングに立ったので」

 

◆ドラディション「藤波辰爾デビュー50周年記念ネバー・ギブアップツアー」

12月1日 東京・国立代々木競技場第二競技場 

▼50周年記念試合ファイナル・60分一本勝負

〇棚橋(11分44秒・片エビ固め)藤波×  

 

 

※入場の時のメドレーを再現したYou Tube 必見です↓ (単なるメドレーではねえんですぜ)

 

記念のチケット(全5色)

 

 

12月16日

この日のZIPPINGの「下関大会」は、「藤波デビュー50周年記念試合」として行われた。なお、この大会は竹村選手の主催するクラウドファンディングも実施された。

 

ZIPANGOO「藤波辰爾デビュー50周年記念」 12月16日 山口・下関市体育館 

 ▼ 分一本勝負タッグ

 〇藤波・竹村・LEONA( 分 秒・飛龍裸絞め)NOSAWA・FUJITA・MAZADA×

 

 

 

12月19日

 NHK山口放送の「ニュース」で12月16日の下関の試合が取り上げられた。

「ことし10月に亡くなった、元プロレスラーのアントニオ猪木さんの弟子の藤波辰爾さんが、

猪木さんとの出会いの地、下関市で凱旋試合を行いました。藤波が弟子入りを志願した下関体育館での試合で、猪木さんへの10カウントゴングの後、メインで闘いました。

( ドラゴンスクリューが炸裂)

最後は持ち技の「ドラゴンスリーパー」を決めて勝利を飾りました。

藤波さんは「久々に下関で試合ができて、みなさんに会えて感慨深かったです。

猪木さんの闘魂を受け継いで70歳までは、現役でリングに立ち続けたい

きょうの試合で決意を新たにしました」と話していました。」

 

 

12月18日

この日。愛媛プロレスの松山大会に出場。LEONA・ジャコ天KIDと組み、ライジングHAYATO・マツヤマウオーリアー・凡天パルプ組と対戦。四国のファンは、特に「凡天パルプ」など地元のユニークな選手との対戦もあり、たのしく観戦できた。

 

 

※12月16日から18日の特別リンクはこちらです。

 

 

 

 

 

 

☆おまけです☆

藤波さんがジュニアヘビー級のチャンピオンとして凱旋帰国した年(1978年)の「ファン感謝デー」でのグッズを紹介しているページを見つけてしまいましたあ。

当時の「藤波辰巳」の紹介文手形・サインなど超貴重です。ありがとうございます。

なお。2022年の猪木さんの死去の日にアップされていたので、そういう中での記事ですが、、↓↓↓

 

 

あの日の記事のなかでの「グッズ紹介」です。

※1978年の大年表にリンクしたいが、ページが「amebaブログ」の「文字数オーバー」でできませんでした。

よって、ここにリンクします、2026.1.17 RSD

 

 

 

 

 

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こうして、2022年 猪木さんが死去されるという試練の年でもありました。しかし、その意思を・遺志を受け継いで藤波さんはリングにあがり続けています。
 
なんといっても、
永遠の「猪木・藤波!」
 
(期待して待て!次回(笑))といいつつ続けてまいりました。これからも、藤波さんの「大年表」は続いてまいります。
 
 
編者 RSD  2026