「考えるな 感じろ」
瞑想は
考えずに始めることはできない
最初には必ず
「座ろう」「感じよう」という
思考が入口として存在する
その思考は
役目を果たすと自然に消え
やがて
考えているという感覚そのものが消滅する
そのときに現れるのは
静けさでも集中でもなく
ただ在るという感覚
そしてそこから
自分が生み出したという実感もなく
何かが突然 湧き起こってくる
それは
「思考が静まったからひらめいた」
という因果ではなく
① 思考 → 消失 → 在る → 湧起
= その場の生の風景
という
主体のいない生成に近い体験
しかし
この体験を言葉で説明しようとした瞬間
それは
② 思考 → 静寂 → ひらめき
= あとから描いた地図
という構造に変換される
つまり
風景と地図は別物だが
歩いている場所は同じで
地図と風景が一致した瞬間
説明はもう不要になる
それは悟りのような体験であり
理解したというより
思い出したような感覚なのだ