こんにちは!オンライン学習塾StaLaboです!

さて、前回はコロンブスの紹介とどうやってインドまで買い出しに行っていたのか、コロンブスが唱えた西廻りとはどんなものだったのかを考察しました!

今回の記事ではその後のコロンブスの行動について考察していきます!

 

過去の英雄だと思っていたコロンブス は実は、、?

 

ではお話をしていきます!拍手

 

■アメリカ航海1回目 アメリカに向かう途中

 

スペインを出てから西に向かって(前回話していた西廻り)しばらくすると、仲間同士で争いが起きたと言われています。

 

今でこそ大陸の地形が全て分かっており、その形を正確に描いた世界地図が作られていますが、当時は世界の形も正確には分かっておらず南北アメリカ大陸があることも知られていませんでしたポーン

西に何日進めば陸地に着くのかも分からないまま、水も食料も徐々に枯渇していく…

そんな焦りから争いが起きたのです。

 

■アメリカに到着!

 

しかし2か月が経ったとき、ついにコロンブスの一行はサンサルバドル島(北米と南米の境界あたりの島)にたどり着きます。

 

なおアメリカ大陸の存在は当時知られていなかったので、コロンブスはたどり着いた島を死ぬまでインドの島だと思い込んでいたようです。

 

その後キューバ島・イスパニョーラ島などにたどり着き、現地人をインディアンと呼びました。

これが皆さんもよく知る、

コロンブスによるアメリカ大陸の発見です。

 

■アメリカ航海1回目 その結果

 

最初の航海においてコロンブスは現地人の原始的な価値観に目をつけ、暴力こそ少なかったものの多くの略奪行為を行いました。

また文明を持たず武器も原始的な槍や斧などしかない彼らを、本国に数人連れて帰ってしまったのです。

更に帰国直前にはイスパニョーラ島に難破して壊れた船を使って、のちの支配のための基地を作っていきました。

 

この結果彼は、新天地を発見して労働力や資源を持ち帰った英雄のような評価を受けていました。

しかし彼の評価が「新大陸を発見した偉人」で終わることはありませんでした。

 

■アメリカ航海2回目 現地人を迫害

 

1回目の航海に大成功したコロンブスは、スペイン王室から「引き続き新天地の調査をして金銀財宝を持ち帰るように」と支援を受けます。

 

1回目の航海で現地人の軍事力の低さを知ったコロンブスは、暴力による恐怖で無理やり支配することを見据えて軍隊を連れていくことにしました。

そして2回目のアメリカへの航海に出発しますが…

 

到着するとなんと1回目の帰国の前に築いた基地が破壊され、そこに残していた白人が殺されてしまっていました。

現地人との衝突の危険性を感じたコロンブスは、最終的に反抗する現地人を徹底的に弾圧することを決めたのです。

 

更にタイミングが悪いことにコロンブスはその後病気で倒れてしまい、その間軍隊はリーダーを失って欲望のままに際限なく虐殺・拷問などを繰り返すことになります。

 

こうしてコロンブスの決断から始まった迫害により、アメリカ大陸全体の原住民は元の1/3まで減ったと言われています。

 

■2回目の航海以降 コロンブスの最期

 

こういった暴力的な支配の下では、現地人は自分たちの食料確保を犠牲にしてコロンブス

たちの要求する金銀などの資源発掘に力を注ぐしかありませんでした。

しかし、皆さん一度は聞いたことはあるだろうこの「腹が減っては戦はできぬ」ともいうように、自分たちの食事を満足に取れなくなった結果現地人の発掘効率はどんどん落ちていきます。

 

こうなるとコロンブスの元々の植民目的である「資源を本国に提供する」ということも満足にできなくなってしまいます。

この結果、彼の暴力による統治に問題があったとされて全ての地位をはく奪されることになります。

 

こうして彼の生涯は最終的に大量殺戮者として幕を閉じたのです。

この汚名の証拠に、南米大陸の発見者は一般的にコロンブスではなくアメリゴ・ヴェスプッチという、コロンブスの数年後に南米を探検した人が記録されており、コロンブスの名前を冠した「コロンビア」はアメリカの別名にとどまっています。

 

…以上がコロンブスの歴史です!

 

え!コロンブスってアメリカ大陸を発見した英雄じゃなかったの!?

と、驚く人も多いのではないかと思いますガーン

 

このように教科書ではなかなか紹介されていない歴史も数多く残されているのが勉強の面白いところですね笑ううさぎ

 

次の記事では別の探検家をご紹介します!メラメラ