こんにちは!オンライン学習塾StaLaboです!


昨日の記事では、

宇宙という未開の空間になぜ人はロマンを感じるのか?

というお話をしました!


今回は、皆さんがよく知っているある2人の探検家の歴史を探りながら、考えていこうと思います!👏


今回も長くなると思うのでまた分けてお話ししますね笑ううさぎ


まず1人からです!


・クリストファー・コロンブス(スペイン)


コロンブスは元々ポルトガルにいたのですが

国王から出資を受けられずスペインに移ったそうです。


なのでポルトガルではなく、スペイン王室からの援助を受け出航していたのですね。


元々は香辛料貿易のために喜望峰(アフリカ大陸南端)を回り、インドに向かう貿易ルートが確立されていました。


ちなみにこの頃の香辛料は食事用だけでなく、なんと薬効も重視されており、


片道2年かかる貿易ルートを通るという経費の都合もあり、グラムあたりの価値が銀と同程度にまで膨れ上がっていたらしいです!


それにしても片道2年って、スケールが大きいですよね


 このルートを、地球は丸い!説に基づいて

西に進めば早いのでは?」という仮説を立てたのがコロンブスです。


ちなみにこの「西廻り」ですが、何が西なのかと言うと、


当時世界に存在する大陸は、


ヨーロッパ・アフリカ・アジア


3大陸しか把握されておらず、アメリカもオーストラリアも見つかっていなかったそうです。


なので、



この上記の画像のような認識がされており、こう西と東が繋がっていると考えられていました。


そうするとどうやってインドに行っていたかというと、



こんな感じで香辛料をインドに買い出しに行っていました。

アフリカ大陸をぐるっと回っていたんですね。


そこでコロンブスは、アフリカ大陸を回らなくても




こっちの方角に進んだ方が早いのではないかと考えたのです。


でも実際にはアメリカ大陸が存在しているので、そう簡単にインドに到着するわけではないのですが、


上記でも述べたように当時はアメリカ大陸もオーストラリア大陸も見つかっていなかったので、ここに漂着したわけです。



インドに時短で到着すると考えられていた西廻りは、実際は西に廻れておらず、


コロンブスは死ぬまでアメリカをインドだと思い込んでいました。


ちなみにコロンブスは、インドよりも黄金の国ジパングに夢を見ていたらしいです。


ジパングは、中世・近世ヨーロッパの地誌に現れていた東方の島国で、今の日本だという説があります。


日本が黄金の国!?

何だか不思議な話ですよね(笑)


コロンブスについてはまだまだ情報があるのですが、

今日はここまで!!!


次の記事をぜひ楽しみにしていてください😆