仙台の音響マン 永谷篤彦のブログ -18ページ目

2ヶ月が経ちました。

私の家は、1階が当社の機材庫 2階が我が家という店舗付き住居です。

場所は宮城野区出花にあり、震災で津波に遭いました。

1階の機材庫が浸水しましたが、床上10cm程だったおかげで機材は全て無事でした。

ですが、海水や泥を取り除くのに3~4日、全ての機材のチェックとメンテナンスに

約1ヶ月程を費やしました。

私は自分が被災者だとは思っておりません。今ではほぼ普段どうりの生活を

送る事ができつつあります。

3月11日から2ヶ月が経ちました。

家から車で少し走っただけでも、上空にはヘリコプターが飛び

自衛隊やパトカー等の車両が行き交う姿を目にします。

又、瓦礫や車両の撤去や仮設住宅の建設の様子等も見る事ができます。

自分の生活と背中合わせにあるこれらの事は、被災地や避難所で不自由な

生活を送られている方々や復興のために尽力されている方々が大勢いらっしゃる

という現実をつきつけてきます。

私は今、自分にどんな支援ができるのか答えを出せずにいます。

ボランティアとして被災地に入る事も考えましたが、私は家長であり会社の代表です。

家族を守り、社員や取引先を守る事を優先し行動してきました。

それはそれで大切な事だと思っています。

ですが、地元のひとりとして、地域に貢献できる事をこれからも模索したいと思います。

そしてなるべく早く実行しようと思います。

僅かでも、長期継続ができる支援を考えていきたいと思います。