スポーツコミュニケーションアドバイザー&

コーチの江口真弓です。


 


前編に続き、小学生ソフトボールチームの

ピッチャーM君と、ピッチングコーチである

お父さんの、親子の物語をお届けします。


 


 

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日々300球を投げ込み、M君は一度はく奪さ

れた背番号「1」を取り戻して全国大会へ。

 

 

M君のチームは、大会2日目が初戦となり、

前日は別会場で他チームと試合をし、今の

チームの状態を確認しました。



結果は7対1で大敗。

 

チームの状態はボロボロでした。

 

このままだったら、初戦で負けてしまうかも

しれない、、、

 

でも、やれることをやってきたのだからと、

慌てず、落ち着いて、みんなで戦おうと気持

ちを切り替え、明日に備えることに。

 

そんな中、M君は夕食後、宿舎の前で素振り

をしたり、真っ暗な中を淡々と投げ続けまし

た。

 

 

 

いよいよ、全国大会の初戦。

 

 ここで予想外のことが起きました。


 

なんとM君は、初回の先頭バッターに対し、

初球でいきなり相手にデッドボールを与えて

しまったのです。


 

こんなことは今まで一度もなかったM君。

 

全国大会の舞台で、しかも初球でこのよう

なことが起き、きっと本人も、お父さんも、

そして周りもみんな驚いたことでしょう。

 

 

しかし、M君は崩れませんでした。

このデッドボールで逆に吹っ切れたのか、

2回以降は開き直っていました。

 

「逃げる気持ちはなかった。自分がゼロで

押さえれば、後は味方がとってくれる」と。

 


 

そこから気持ちを切らすことなく、初戦は

延長タイブレークで見事に勝利!!

翌日の試合に繋がりました。

 



 

実はこの試合で、M君が初球にデッドボール

を出してから、監督はある判断をしました。


  

それは、

 

「バッテリーにサインを出すのをやめる」
 

ということ。

 

 

監督は、サインを出すことが裏目に出ると感

じ、全てにおいて口を出さないほうが良いと

判断し、それ以降バッテーリーに対し、ベン

チからサインを出すのを一切やめたのです。


 


全てを任されたM君とキャッチャーは、常に

コミュニケーションを取りながら、自分たち

だけで考えながら投げ続けていくことになる

のです。

 

 


 

翌日の2回戦は、その監督の想いに応えるか

のように、ノーヒットノーランで完勝。


  

 

続けての準々決勝では、相手ピッチャーも熱

中症になってしまうほどの暑い中、既に体力

も消耗しており、満身創痍の戦いとなりまし

た。


 

苦しんだ末、チームは逆転勝ち。

明日の準決勝へと勝ち進みました。

 

 


 

そして大会最終日。


 

準決勝では、夏春連覇のチームと対戦。


 

監督自身も、このチームと戦うことを一つの

目標としてきたようで、チームもより一層、

気持ちが引き締まります。

 

 

 

試合は、両エースの力投が続き、タイブレー

クに突入。


 

ここでM君の投球がパスボールとなり、相手

に先に点を取られてしまいます。

 

それでも、その裏の攻撃でまたすぐ点を取り

返し、同点に追い付きます。

 


 

このまま勝負はつかず、ルールに基づき、

勝者はなんと抽選で決めることに。


 

勝てば決勝戦という大事な一戦で、最後は

抽選だったというのは私もビックリでした。

 

 

抽選は、両チームの9名が順に〇・×を引い

て、〇が多いほうが勝者となります。

 



 

そして、最後に〇を引き寄せ、

運も味方につけたのが、、、


 

M君のチームだったのです。

 


 


初出場で決勝進出。

 

 

本来なら、ここで興奮し、喜びを爆発させた

くなるところですが、そんな喜びに浸る間も

なく、すぐに決勝戦が待っていました。

 

 

すぐさま決勝戦の会場へと移動し、試合が始

まります。

 

 

子どもたちは、炎天下の中、準決勝で力を

使い切っており、M君自身も、膝に痛みが

走っていることに気づいていました。

 

でも、もう勢いでやるしかない。

 

監督からのアドバイスは、

「脱力投法で行け!もういいよ。

 笑って投げよう」と。

 

 

普段、子どもたちに「頑張れ」なんて言葉を

かけることのない監督が、この決勝戦で初め

て「頑張れ!」と言ったのです。


 

その言葉には、
 

(準決勝、よく勝ったな、、、)
 

きっと、そんな想いが込められていたので

しょう。


 


 

決勝戦、M君の体が動き、球も走りました。

 

 

1点も取られずに勝ち進んできたという対戦

相手から、M君のチームは初回に3点を先取

します。

 

そのままM君も点を取られることなく、

3対0で完封勝利。

 

 

初出場で日本一に輝いたのです。

 

 


 

新チームになった時、

M君はこう宣言しました。

 

「日本一のピッチャーになる」


 

 

それが現実となった瞬間、

チームのみんながM君のもとに駆け寄り、

喜びを爆発させました。


 

 

暑い夏の戦いは、

もがき、苦しんだ末、

 

【初出場初優勝】

【日本一のピッチャー】

 

という最高のカタチで幕を閉じたのです。

 

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この全国大会の優勝までの道のりで、様々な

ドラマがあり、色んな成長があったように感

ました。

 

その成長は、チームはもちろん、M君にも、

お父さんにも。

 

 

M君の作文には、このようなことが

書かれていました。

 

 

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日本一のピッチャーになるために必要な事、

それは、技術だけではなく、僕の足りない所

や弱い所を直していく事だったと気付きまし

た。それを監督が考えさせてくれたのだと思

います。

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大人が子どもたちにやることは、

「答えを与えること」ではなく、

考えさせ」こと。


 

 

これは、私自身の研修で指導者にお伝えして

いることです。

 

M君のチームでは、指導者や大人たちがそれ

を既に実践していて、それはそれで素晴らし

いことなのですが、

 

私はそのこと以上に、それをM君自身が気づ

いていることにとても驚きました。


 

子どもは大人のことをちゃんと見ているの

ですね。

 

 

素敵な大人たちに囲まれて、M君も将来は

きっと素敵な指導者になりそうですね!

 

 


 

初優勝、そして日本一のピッチャー。

 

 

 

苦しい状況の時から私も見守っていました

が、最後、優勝に導いたのは、紛れもなく

M君をずっと支え続けたお父さんの「執念」

だったに違いありません。

 

 

大人が学び、一緒に苦しみ、子どもへ一方的

に答えを与えることなく考えさせる姿、

 

それを間近で見ていたM君。

 

そんなお父さんの姿は、きっと誰よりも心強

かったことでしょう。

 


 

 

昨年の夏の、全日本小学生大会で優勝した

親子の物語。
 

いかがでしたか?


 


 

登場した人物はこちら、

黒崎中央クラブスポーツ少年団のエース

吉原睦人君とそのお父さんの吉原直貴さん。

 

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駅前の電光掲示板にも祝福のメッセージが!


image

 

 

チームの優勝は、地域の活性化にも繋がりま

すね。

 

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この素敵な物語の続きを

また追いかけていきたいです。


 

 

スポーツで明るい話題を沢山生み出し

スポーツで勇気と感動を与える


 

そんなスポーツの力を信じて

今後もスポーツ指導者に貢献していきます。


 

 

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