タフな人は、ここが違う。あなたの心に刺さる歴史、偉人 -37ページ目

取引しない

神様が、いるかいないか?

よくある質問です。


神様はいるかもしれないし、
いないかもしれない。

見えないから
話せないから
証明できないから、
いないかもしれません。

しかし、いないことも証明できません。

だから、いないということも言い切れないはずです。

そこで、神様がいるかもしれない
という前提で話しをすすめます。

神様とは、取引しないことです。

まず頂戴ではないのです。

なぜなら、神様からすれば、
様々なフォーマットを無償で
くれています。

たとえば、地球は、取引して得たもの
でしょうか?

誰か人類が作り出したの
でしょうか。

違いますよね。

まず最初からあったのです。
神様的なはからいがあって、
地球はもともとあるのです。

神様に取引を挑むなら、
地球使用料の対価がいります。

神様に取引を挑むのは
かなり無謀だと思いませんか?


ただ、感謝すれば
よいのです。

本当の痛みは、経験者にしか分からない

僕は、昨日のブログにも書きましたが、
フツー革命をしたいと思っています。

普通の人が、普通であることに誇りと生き甲斐を持てる社会を作ることが
日本復活の鍵だと思っています。

出口が、「普通」でないとしても、
今の普通を受け入れるという土壌がない限り、
出口には達することが出来ません。

普通の会社員生活を続けてきた男です。
しかも営業的な仕事、雑務的な仕事、事務仕事、企画系の仕事と
あらゆる職種を経験しています。
転勤も3回経験しました。

そういう経験を生かして、フツー革命を起こしたいと考えています。


常々疑問なのが、マスコミの人たちなのである。
テレビや新聞やネットの紙面で
「サラリーマン以上にサラリーマン的な」態度をし、
「サラリーマン以上にサラリーマンのことを分かっている」という態度を取る人がいます。

もし僕が逆のことをしたら、マスコミの人たちにボコボコにされるでしょう。

本当の痛みは、経験者にしか分からない。

マスコミの人は、常に安全地帯にいます。
いわば特権階級です。

ならば、働いてみよ。
僕は働きました。

あくまでリアリストでいたいと思っています。


サラリーマンやOLが誇りを持てる社会に僕はしたい。

フツー革命を目指す

■コミュニケーション下手が・・・

お正月実家に帰ると、懐かしい本が・・・。

僕の運営していたパソコンサイトが、
パソコン自作専門誌に掲載され、
そのときの雑誌が保存されていたのです。

そのこと自体は、とってもすごいことですが、

当時、僕は極度のパソコンオタクで、
リアルなコミュニケーションは超苦手でした。


そんな僕が、今ではリアルなコミュニケーションを楽しんでいます。

髪がボサボサで、蛾が頭に巣を作った・・・。
履いている靴は両足とも穴が空いていた・・・。
口癖は「ケッ」
笑ったことが泣く、泣いたことがない高校生活だったのです。


そんな僕が変わっていった・・・、
そして今ではコミュニケーションに不安はなくなりました。

若いながら、新規事業のプロジェクトリーダーを任され
メンバーとコミュニケーションしたり、
営業、販売という職種に従事したり。


僕はコミュニケーションが極度にへたくそだったからこそ、
コミュニケーション下手の気持ちが分かります。

なるだけ、人と関わりのない職場がいいなって思うのです。
でもそのような職場はなかなかありません。

理系の人ならば、専門性を確立しやすいでしょうが、
僕は文系でしたから、専門力という点でも、身につけるのは難しかったです。


コミュニケーション下手が、如何に普通のコミュニケーションを身につけていったか。

その秘訣を伝えていけたらと思っています。


■フツー革命を目指す

今、日本にはひきこもりが100万人弱いるとも言われ、
加えて、自殺者が毎年3万人も出ています。
ちなみに最近は交通事故による死者は毎年5000人を切っています。

今の日本は、交通戦争ではなく、精神戦争。
毎年3万人が、自ら死を選ぶ、異常な世界です。


引きこもる人がいる家庭というのは、たいていある程度豊かな家庭だと言われています。

ご両親が身体の暴力をふるったとか
極度の貧困層だとか、そういうところに引きこもりの方はあまり発生しません。

大金持ちではないにしてもいわゆる中流クラスの家庭で、
暴力はない、されど家族に楽しさや喜びがない。
そんな家庭にひきこもりの方は多いです。


思うに、フツーが一番生きづらい時代です。

ただのサラリーマン。ただのフリーター。
そういう人がいて、社会が成り立っているのですが、
彼らが自尊心を持って暮らすことが難しくなっています。

今、世の中にはフツーを突破するための方法や情報は
いろんなところで流れていることになっています。

それであるが故に、フツーに価値が見いだしにくい時代になっています。


フツーであることに誇りが持てる。
そういう動機付けが必要な時代だと思っています。