病理とは (一般向け) | PikuminのCancer Staging Manual

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がんのステージングは治療や予後判定において極めて大事なものです。

一般にはあまりなじみのない存在だった病理診断も最近はワイドショーなどで取り上げられて一般に認知されるようになってきました。
しかし、病理医や病理検査技師に直接接することはまずありませんし、実際にどんな方法で病理診断が行われているか知っている方はもっと少ないでしょう。テレビの「サトラレ」の殆ど仕事をしないヒロイン・鶴田真由や医者になれる年齢でもないのに何故か元病理医である「ナイトホスピタル」の仲間由紀恵など、テレビ・映画に出てくる病理医は我々の真の姿ではありません。

「今日、医学界の専制君主、大法官は病理学者である。
臨床医の下した診断は最終的には病理学の法廷に持ち出されて、判決が下る」

村上陽一郎 

思想史のなかの科学
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「そもそも」から語りますと、そもそも病理学/Pathologyとは「ペーソス/Pathos」(悲しみ・苦しみ)の「-logy」(学問)です。ですから、私ども、病理医/Pathologistも本来は病気なんかではなくて、ギリシャ悲劇とか演歌の研究をしているべきかも知れません(個人的にはそう言う人生もよかったかも知れないかなとは思いますが)。
しかし、当然ながら医学に関係ある病理学/pathologyはそういうものではありません。「ペーソス/Pathos」(悲しみ・苦しみ)が転じて、「病気」と言う意味になります。Pathos + logy=「病気に関する学問」という意味です。
「じゃあ病理学は医学の全てじゃないか!?」ともっともなことを思う方もいるでしょう。
確かに「そもそも」はそうでした。

病理学とは呪術と医学を分けるものです。近代医学が成立する前、人が病気になる原因は、先祖からの因縁とか、敵の呪いとか、鬼神のたたりとか、気功の乱れとか、そのようなものであるとされていました。

ヒポクラテスによると
「さて、人間の体はその中に血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁をもっている。これらによって病みもし健康にもなる。一番健康を得るのはこれらの相互の混合の割合と性能と量が調和を得、混合が充分である場合である。病苦を病むのは、これらのどれかが過少か過多であったり、身体内で遊離して全体と混合してなかったりする場合である」

ヒポクラテスはさすがに小難しく書いていますが、本質は時平の急死を雷様(菅原道真)のたたりとして恐れた藤原氏とおなじことです。要するに病気の本当の原因は、自然や神様を含めた他者と関係の調節、体内の調和がうまくいかないことにあるとされていたのです。

18世紀に西洋において病理解剖が盛んになりました。病理解剖が病気に対する知識を飛躍的に増加させます。病気が起こる時、各臓器に異常が生じていることが明らかになってきました。因縁や呪い、気功の乱れの有無に関係なく、病気の原因は関係した臓器の障害として理解できることがはっきり分かったのです。因縁やたたりの存在と、臓器の異常は直接対立する概念ではありませんから、何故因縁やたたりが病気の原因としての地位を臓器の異常に譲ったかに関して科学哲学史的な解説を加えると面白いとは思いますが、ここで詳しく書くのは避けておきます(理由は簡単ですが)。いずれにしてもその結果呪術(お祓いやお呪いや護符の類)が健康を守るものの王座から落ち、近代医学がそこに座りました。

このころ医学以外の”科学”の成立に歩を合わせて、今私たちが目にしている西洋医学の基礎が出来上がるわけですが、それを形作ったのは病理解剖でした。当時は遺伝子の異常や電解質の異常などは分かりませんでしたから、解剖によって肉眼的・顕微鏡的に観察された臓器の変化(変色・変形・壊死・腫瘤など)が病気の本態そのものとして理解されていました。
西洋医学の成立の時において「病気に関する学問/病理学」は「病理解剖によって得られる臓器の変化を調べる学問」と同義なものでした。20世紀にはいると外科手術がかなり行われるようになり、外科切除臓器に対する肉眼・顕微鏡的な検索も病理学の範疇になりました。「病気に関する学問/病理学」=「肉眼・顕微鏡的に臓器の変化を調べる」という形が揺るぎないものとして成立しました。

時はくだり医学は進歩して、解剖をしなくても体の中がかなり観察できるようになりました。CT・MRIなどの放射線診断学が進歩して、解剖の相対的な重要性が低下しました。また肉眼的・組織学的に感知不能な変化を遺伝子検査などの検査で検出できるようになりました。病理学的な知識が蓄積した結果、病理学的な検索なしでも病気が特定できる疾患も多くなってきました。また、それとは別にペーソス/病気を各臓器の変化に還元することによって進歩してきた西洋医学が結果として「人」を見失う事があることもよく批判されるようになりました。
もはや「肉眼・顕微鏡学的な形態の変化を調べる学問」は「病気に関する学問」の一部に過ぎません。しかしその歴史的経緯によって、「肉眼・顕微鏡学的な形態の変化を調べる学問」はいまだ「病理学」、「肉眼・顕微鏡学的な形態の変化を調べる検査」は「病理検査」と呼ばれています。

病理学はもはや「大法官」でも「専制君主」でもありませんが、依然として病理学的検査はがん診断においてもっとも信頼度の高い検査法です。ほとんどの状況において「がんと診断する」ということは「がんであると病理学的に確定がつく」ということです。勿論例外はありますが、病理診断を抜きにしてがんに対する治療が行われることはほとんどありません。

病理検査は標本の種類によって「組織検査」と「細胞診検査」に分ける事が出来ます。
細胞診検査は針で突いたり、体に溜まった液を吸い取ったり、表面を擦ったりすることで細胞を取って、スライドガラスに塗り、染色し、その性質を調べます。組織検査は身体の一部をつまみ取ったり、切り取ったりして採取し、ロウの一種(パラフィン)に埋め込み、カミソリで数ミクロンの厚さに切ってスライドガラスに載せ、赤と紫色に染まる2種類の液体(ヘマトキシリン&エオジン)で染色して観察します。昔ながらのヘマトキシリン&エオジンによる診断に加え、蛋白の発現を検出して診断する免疫組織染色、遺伝子の発現や異常を見るin situ hybridization法、超微構造をみる電子顕微鏡検査なども病理検査の範疇です。
一般に組織検査は「正確性が高いが、体につく傷が大きい(侵襲性が高い)」、対して細胞診検査は「正確性は組織検査に劣るが、体に付く傷が小さい(侵襲性が低い)」とされています。

病理検査は、治療前の診断の確定および治療・手術後の評価のどちらにも重要です。
病変が発見された時、組織検査・細胞診検査を行い、病変の性状を調べます。その結果病変が、腫瘍であるのか・ないのか、腫瘍であれば良性であるのか・悪性であるのか・境界病変であるのか、悪性であればどんな治療を行うべき腫瘍なのかを診断し、その診断を参考に治療方針を決定します。
診断が確定すると、がんに対して手術や化学療法・放射線治療などの非手術的方法が行われます。手術された病変に対しては必ず病理検査が行われます。これにより腫瘍の進行度が確定し、予後の予想と術後治療の方針が決定します。化学療法・放射線治療に対する効果の判定も病理検査を参考にして行います。手術中に治療方針の決定のため術中迅速病理検査が行われる時もあります。
治療後の再発の有無のチェックにも病理検査は欠かせません。手術・投薬などの有効性や妥当性の検討に病理は欠かせません。以前に比べて重要度は遙かに低下しましたが、病理解剖も病理の仕事です。生前に疑問であった点を出来る限り明らかにしようとします。
忘れがちですが、病理データは後世まで残る客観性の最も高い病気のデータですから、それを整理保存しておくのも病理の重要な役割です