懇親会等で名刺交換をし、挨拶をします。
話をしていて、これまでの人生を振り返ると、
必ずターニングポイントに人がいます。
高校から大学に進学する際
もともと理系でしたが、
理系ですと大学に進学後、大学院に進み、
その専門分野を活かした会社へ就職すると思っていたので
(実際には違う方もたくさんいるかと思いますが)
高校時代の自分ではそんな将来のこと今決めれないと思い、
文系へ転身、いわゆる文転をしました。
文系の中でも一番汎用性の高い学部に行きたかったので、
経済学部に行こうと思いました。
センター試験を受験後、
自己採点後すると第一志望の大学にはかなり届かない点数。
これまで第一志望しか調べてなかったので、
全く先が見えませんでした。
家庭が裕福な方ではなかったので、
浪人はダメ、下宿もダメ、私立もダメと言われていました。
出身地の大学には経済学部がなく、
家からでも通える隣の県の大学を第一志望にしていたのですが、点数が足らない。
全く届かない点数ではないですがかなりリスクが伴う。
担任の先生も悩み、先生たちの学年会議にまで、話をあげてくれました。
そして、会議の結果、受験しても良いということになりました。
受験しても良いということにはなっても、やはり自分はビビりで、落ちたらどうしよう。
浪人下宿私立がダメだから、ここを受けなければならないけど、受からない可能性が高い。
高校生の自分には答えが見つからず、悩みました。
そこで更に周りの友達や先生が考えてくれました。
通える距離ではないが県外の大学で、寮が月700円の大学があることがわかりました。
これなら許してもらえるんじゃないかと。
親には相談せず受験を決め、2次試験申し込み後、その大学を受験することを伝えました。
そうすると、「いいよ」との回答でした。
他にも色々とありますが、少し書けない内容でして、
複雑な気持ちで受験したのを覚えています。
無事合格し県外で暮らすことに。
これが私が今暮らしている場所に来た始まりです。
大学でのバイト
大学でのバイトは大学の寮の先輩が紹介してくれました。
酒を街で配達するバイトです。
時給も良く、人気で、
寮生は毎年100人ほどいますが、そのバイトには毎年1人しか紹介されません。
それに何故か縁があり紹介して頂きました。
行けば、皆いい人達で、
地元では有名な酒屋を定年で引退した元社長と、
地元では有名な卸会社を定年で退職された元取締役と、
元社長の奥さんと、元社長の甥と、後はアルバイトの子です。
家族みたいな仲で、元社長にも、元取締役にも個人的にご飯を連れて行ってもらったり、
大変可愛いがって頂きました。
この元社長と奥さんが第二の両親です。
大学から就職
大学から就職時
就職活動時期も自分の将来についてのことはまた決めれず、
更に就職活動をして、大企業に御社のどこどこが好きですと
嘘を並べ、それにも関わらず内定が決まって行く仕組みが嫌いで、
就職活動はしませんでした。
大学の教授は心配してくれていました。
そうすると、
大学3年生の終わり頃に、教授がバイトに行ってきなさいと
会計事務所を紹介して頂きました。
そして行ってみると凄い楽しく、
そのまま就職させて頂きました。
3日間セミナー
会社の上司に勧められ、読みはじめた、平成進化論、
上司に背中を押してもらい参加した3日間セミナー、
月曜日に有給まで頂きました。
現在から過去の順に人生を振り返ると1本の線になります。
しかし、
過去から現在の順に振り返れば、その時その時で相当数の矢を放っていると思います。
(やりたいことが見つからないけど、じっとしているのは嫌いなため)
どのターニングポイントでも選んだ矢の方向にはいつも人がいます。
いつも人には恵まれる。
有形資産は全くありません。
しかし、それでも安心していられるのは、
莫大な無形資産があるからなのでしょう。
本当にありがたいです。
話をしていて、これまでの人生を振り返ると、
必ずターニングポイントに人がいます。
高校から大学に進学する際
もともと理系でしたが、
理系ですと大学に進学後、大学院に進み、
その専門分野を活かした会社へ就職すると思っていたので
(実際には違う方もたくさんいるかと思いますが)
高校時代の自分ではそんな将来のこと今決めれないと思い、
文系へ転身、いわゆる文転をしました。
文系の中でも一番汎用性の高い学部に行きたかったので、
経済学部に行こうと思いました。
センター試験を受験後、
自己採点後すると第一志望の大学にはかなり届かない点数。
これまで第一志望しか調べてなかったので、
全く先が見えませんでした。
家庭が裕福な方ではなかったので、
浪人はダメ、下宿もダメ、私立もダメと言われていました。
出身地の大学には経済学部がなく、
家からでも通える隣の県の大学を第一志望にしていたのですが、点数が足らない。
全く届かない点数ではないですがかなりリスクが伴う。
担任の先生も悩み、先生たちの学年会議にまで、話をあげてくれました。
そして、会議の結果、受験しても良いということになりました。
受験しても良いということにはなっても、やはり自分はビビりで、落ちたらどうしよう。
浪人下宿私立がダメだから、ここを受けなければならないけど、受からない可能性が高い。
高校生の自分には答えが見つからず、悩みました。
そこで更に周りの友達や先生が考えてくれました。
通える距離ではないが県外の大学で、寮が月700円の大学があることがわかりました。
これなら許してもらえるんじゃないかと。
親には相談せず受験を決め、2次試験申し込み後、その大学を受験することを伝えました。
そうすると、「いいよ」との回答でした。
他にも色々とありますが、少し書けない内容でして、
複雑な気持ちで受験したのを覚えています。
無事合格し県外で暮らすことに。
これが私が今暮らしている場所に来た始まりです。
大学でのバイト
大学でのバイトは大学の寮の先輩が紹介してくれました。
酒を街で配達するバイトです。
時給も良く、人気で、
寮生は毎年100人ほどいますが、そのバイトには毎年1人しか紹介されません。
それに何故か縁があり紹介して頂きました。
行けば、皆いい人達で、
地元では有名な酒屋を定年で引退した元社長と、
地元では有名な卸会社を定年で退職された元取締役と、
元社長の奥さんと、元社長の甥と、後はアルバイトの子です。
家族みたいな仲で、元社長にも、元取締役にも個人的にご飯を連れて行ってもらったり、
大変可愛いがって頂きました。
この元社長と奥さんが第二の両親です。
大学から就職
大学から就職時
就職活動時期も自分の将来についてのことはまた決めれず、
更に就職活動をして、大企業に御社のどこどこが好きですと
嘘を並べ、それにも関わらず内定が決まって行く仕組みが嫌いで、
就職活動はしませんでした。
大学の教授は心配してくれていました。
そうすると、
大学3年生の終わり頃に、教授がバイトに行ってきなさいと
会計事務所を紹介して頂きました。
そして行ってみると凄い楽しく、
そのまま就職させて頂きました。
3日間セミナー
会社の上司に勧められ、読みはじめた、平成進化論、
上司に背中を押してもらい参加した3日間セミナー、
月曜日に有給まで頂きました。
現在から過去の順に人生を振り返ると1本の線になります。
しかし、
過去から現在の順に振り返れば、その時その時で相当数の矢を放っていると思います。
(やりたいことが見つからないけど、じっとしているのは嫌いなため)
どのターニングポイントでも選んだ矢の方向にはいつも人がいます。
いつも人には恵まれる。
有形資産は全くありません。
しかし、それでも安心していられるのは、
莫大な無形資産があるからなのでしょう。
本当にありがたいです。