将来のことなんてなーーんにも考えてなかった高校生時代。
仲の良い友達はほとんど進学だったけど、勉強したいこともやりたいこともないし、大学や短大に行こうとは思いませんでした。
じゃあ就職??学校で貼られてる募集の紙は工場や事務。たぶん説明会にすら行かなかったので全く興味がなかったと思われます。
なので、進路別に分かれる時は「進学組」でも「就職組」でもなく、「家事手伝い組」。
家事手伝いって!!w
そして母の勧めでテーマパークのダンサーオーディションを受けに行くけど、パレードをちゃんと見たことがなければ、ダンスの練習もしてない。何よりヤル気がなかったので当然不合格。
あの時、やりたいことがなにもない、自分だけ進路が決まってないというのに全く不安な気持ちにならなかったのが今思うと本当に不思議です。
とりあえず、近所の歯医者さんで歯科助手の募集していたので面接へ。
同時期にスポーツクラブの体操インストラクターのアルバイトの面接にも行きました!
両方受かったものの、歯医者さんは髪の毛を黒くしなきゃいけないと言われ、「そんなのやだ。」ということで、体操のインストラクターを選びました。w
あの時、私のアルバイト面接をしたのが、
櫻井先生。(当時から偉そうだった。)
「3年は続けてほしい。」と言われ、、
「はい
!」と元気よく返事をしたけど、、
心の中では「そんな続けるわけないじゃん
」と思っていた当時18歳の私。
最初はアルバイトから始めた体操の先生でした。
指導経験もなく、体操経験もない。
レッスン中 跳び箱練習の時、「あの若い先生の所じゃなくて、他の先生の所に並びなさい!!」とお母さんが子供に言ってるのを聞いたことがあります。そんな悔しい経験もしたし、中には、まだまだ経験の浅い私に対しても ちゃんと「先生」として接してくれる父兄の方もいました。3年が経った頃、「ユカ先生、最近貫禄がついてきたね!!」とひとりのお母さんから言われてとても嬉しかったことを覚えています。未熟な私のことを見守ってくれていた父兄の方にとても感謝しています。そして、良い先輩と仲間に恵まれ、色んなことを教えてもらった私の原点です。
指導の仕事から離れていた時期も少しだけありましたが、あれから16年。櫻井先生や中川先生とも出会ってそれくらい経つんだなぁと思うと…
まあ。特に何も感じません。笑
昔は特にやりたいこともなかった。
もちろんまだ悩む時はあるけど、やりたいと思うことが見つけられる今の環境があるのは、櫻井先生や仲間や、トレーニングに来てくれるお客さん、教室に通う子供達、父兄の方、色んな人のおかげなんだなーと思います。
つい最近、櫻井先生に…
色々文句や不満なことをでーんと、いつもの様にそれはそれはまあ勝手に自分の思うこと、やりたいことを話すと、
「隣にスタジオ建てれば??」と。
小声だったけど、私は聞いたぞ!!!
「建てれば?」=「建ててあげるよ。」
と解釈します。
そーいえば最近妄想してなかった!!
色々現実的に考えてばっかりだ!!
この私としたことが!!!
ハッと気付きまして。
櫻井先生と話をしたその日にパーっと描いた…
STAGE★ZEROビル


(✖︎多目的ルール ○多目的ルーム)
16年前の5月7日。
やりたいことがなかったので「ユカ先生」になりました。
16年後の5月7日。
「ユカ先生」をやってたら、やりたいことが少しずつ見えてきました。
