9.11の朝、会議を始めようとしたら事件発生。

家族・知人・恋人が安否不明で
泣き崩れる取引先の社員たちが
車を手配してくれて、ホテルに戻る。

9.12から合流する予定の上司たちのうち、
ひとりは日本の台風で成田で足止めされていて離陸できず、
もうひとりは、既に上空にいる、との情報。

そして、その上空にいてデトロイトに緊急着陸したはずの上司と
まったく連絡がつかない、という。

その飛行機の乗客は、ホテル2つに分かれて宿泊しているはずなのに、
どちらのホテルにもいないのよ!、と、
日本にいるアシスタントさんたちが焦っていた。

2001年では、海外出張に携帯電話が貸与されていなかったので、
どうしようもない。

誰にも理解不能などうしようもないことが起きているので、
なにが起こってもおかしくない。

やがて日本は深夜になり日本からの連絡が途切れ、
落ち着くことなく、衝撃映像ニュースをずっと凝視していた。

と、夜11時ごろ、部屋の電話が鳴った。
「○○(とほき)さん、xx(上司)です。」
「え、デトロイトのどちらのホテルにいらっしゃるんですか?」
「いや、このホテル」
「だから、どのホテル?」
「ここのホテル。。。あなたのいる!これ、内線だよ」

そのあと、かろうじてオープンしていたバーに集合し、
1日のことをお互いマシンガンのように話した。
1日食べていないから空腹だったことにも気づいた。

事件の時間帯に上空にいたので、未だに詳細を知らず。
デトロイトのバス乗り場で、知り合い(お客様)に会って
そのお客様がなんとか手配していたタクシーに
割り勘で同乗させてもらい、
10時間以上かけてワシントンDCまで来たのだという。

そりゃ、テロ攻撃を受けている地域にタクシーの運転手も行きたくない中、
割り勘交渉をして、広い大陸を地べたで横断したって、、、

今、思い出しても、あの方だからした決断&行動mmm
もし自分が同じ状況に置かれたら
おそらくそうはしなかったと思うものの、
行動指針を本質的に考える点では、十分にアリだと思った。

そして、お客様の業界では、いまだに語り継がれているらしい。

で、そのあと、海外出張には
モトローラの携帯が貸与されるようになった!
夏休みといえば、自由研究!

”自由”というネーミングのくせに
自由研究がその”家庭”の頭痛のタネであることは
どうやら今も昔も変わらないようですね。

テーマ選びのポイントは、
自由研究にどのくらいの時間を使うつもりか、ということだった気がします。

毎日少しずつの観察系、
半日実験、半日まとめのあっという間系、
図書館で数日間調べもの系、
近所の長老や施設で話を聞いてまとめる系、、

さらに今はネタがネットで得られるようになっています。

自由研究ネタとは限らないものの
文部科学省もすごいなあ、と思ったのがコレ。

子ども霞が関見学デー
リストはコチラ。
H24年度「子ども霞が関見学デー」文部科学省プログラム一覧

あと、自由研究を明確に打ち出している、学研のサイト。
自由研究プロジェクト2012

こういうものって、東京では昔からあったのかな?
しかし手取り足取りなんだね。。。
 
 
このブログには珍しく、昨日の写真です!

花火大会より、
花火大会終了後、
屋形船が競争して一斉に河口まで戻るのを
見ているほうが楽しいかも♪

船のエンジン音、スゴイ。