遺伝情報を後世に伝えるだけではない。
人は遺伝子では伝達出来ないものを伝えることが出来る。言葉や文字や音楽や映像を通して、見たもの、聞いたこと、怒り、悲しみ、喜び。
俺はそれを伝える。伝えるために生きる。
俺達は伝えなければならない、俺達の愚かで切ない歴史を。そのためにデジタルという魔法がある。人類が滅びようと、次の種が地球に生まれようと、この星が滅びようと、生命の残り香を後世に伝える必要がある。
未来を創ることと、過去を語り伝えることは、同じなんだ。
故上原美優のblogが閉鎖するとありファンが悲しんでいるらしい。同じく故人の飯島愛のblogは今だこのネットの世界に在り続けているそうだ。
デジタルが身近になり、ネットが当たり前になったこの時代。自分という存在を社会に刻み遺すことはそれほど難しいことではないのだろう。
だが、それが真実に自分の遺したいものなのか。見知らぬ誰かが本当に遺したいと思ったものなのか。
デジタルは劣化しない。人の噂のように風化せずに、意図して消滅させない限り、この先何十年とネット上に存在し続ける。道具や技術に善悪はなく、扱う人間次第でどちらにもなる。
改めてデジタル技術について考えさせられた午後の始まりだ。てか寒いな、今日(´Д`)。
人は遺伝子では伝達出来ないものを伝えることが出来る。言葉や文字や音楽や映像を通して、見たもの、聞いたこと、怒り、悲しみ、喜び。
俺はそれを伝える。伝えるために生きる。
俺達は伝えなければならない、俺達の愚かで切ない歴史を。そのためにデジタルという魔法がある。人類が滅びようと、次の種が地球に生まれようと、この星が滅びようと、生命の残り香を後世に伝える必要がある。
未来を創ることと、過去を語り伝えることは、同じなんだ。
故上原美優のblogが閉鎖するとありファンが悲しんでいるらしい。同じく故人の飯島愛のblogは今だこのネットの世界に在り続けているそうだ。
デジタルが身近になり、ネットが当たり前になったこの時代。自分という存在を社会に刻み遺すことはそれほど難しいことではないのだろう。
だが、それが真実に自分の遺したいものなのか。見知らぬ誰かが本当に遺したいと思ったものなのか。
デジタルは劣化しない。人の噂のように風化せずに、意図して消滅させない限り、この先何十年とネット上に存在し続ける。道具や技術に善悪はなく、扱う人間次第でどちらにもなる。
改めてデジタル技術について考えさせられた午後の始まりだ。てか寒いな、今日(´Д`)。
