今日はまた秋晴れに戻った。良い天気である。
先週から障子の張替えを少しずつ行っている。なにしろ、家を建てて25年この方、張り替えたことがなかったし、孫たちが破いたところは部分的に補修して使用していた。

ここにきて、紙自体の劣化が進み、触っただけで破れるのも出てきたために張り替えることにした。
先週、金曜日は2階の4張りと1階の天窓の小さいのを4張りの張替えを行ったが、今日は1階の北側の4張りと天窓の4張りを行う予定である。

そして、残りの雪見障子の4張りも近日中には行わなくてはと思っている。



自民党の高村副総裁、上辺だけを取り繕い自分流の考えを構築するのが得意な人であるが、集団的自衛権行使容認については

総裁の直属機関である自民党安全保障法制整備推進本部の初会合において、

集団的自衛権のあり方について講演した高村副総裁は
「自国の存立に必要な自衛措置は認められる」とした砂川事件の最高裁判決を引き合いに、「政府はこの法理に基づいて必要最小限度の自衛権はあると言っているが、集団的自衛権はできない、個別的自衛権はできるというのは大分論理の飛躍がある」と指摘し、

「自国の存立を全うするために必要なことには、集団的自衛権の範疇に入るものもあるということを検討すべきだ」と述べた。

しかしながら、この砂川事件に対する見解には憲法改正論者も含めた多くの学者が否定的で、個別的自衛権の話であることで一致している。
論理的飛躍があるのはどちらの方かは明らかだろう。

ところがここにきて、新たな発言がなされたようだ。
おそらくは集団的自衛権行使容認に批判的な世論が多くなってきていることに対する警戒の表れだろう。

朝日デジタルの昨日の記事である。

集団的自衛権「必ずや理解してくれる」 自民・高村氏

「今までの日米関係と何ら変わりませんよ」と言いいたいのでしょうが、全く違う次元の問題を含んでいて紛争に巻き込まれるというよりは紛争地に赴くのだから、必然的に危険が伴うことには触れずじまいである。

自衛隊員も自国の防衛は任務であるし、使命感を持って事に当たるだろうが、他国に行って、地球の裏側まで行って相手を殺す、あるいは殺されることが任務なのかという問題だと思う。



佐世保の高校生殺傷事件について、新たな問題が発生した。加害者高校生の精神鑑定を行っていた精神科医が佐世保の児相に相談したという話はご存じだろうが、児相の幹部が「医者からの相談には取り合うな」という趣旨の発言をしており、対応を取らなかったのはそれが一因になっているのではという疑問も。

そして、パワハラ問題が起きたために明るみになったのだろうが、長崎県は殺人事件との因果関係は否定しているが、その理由には疑問?  責任逃れなのか。