楽山の現実離れ2
大川隆法と高橋信次
2021年12月19日
幸福の科学とは何だろう?ブログ by 楽山
http://mmknky21.blog.jp/archives/12501176.html
を再録・加筆・批判。
(隔日投稿になるかもしれません。)
現実の問題を認識せず、自覚も病識もなく、自らの罪と悪と偽善に全く無反省で無責任な楽山が、他者の現実離れを批判しています。自らの嘘と詭弁と悪と偽善と無理解について何の反省もないまま、また、批判者を気取って、自己顕示してきます。そのような資格は、楽山にはないのです。
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*まえおき
大川隆法と高橋信次について他所で書いたので、それを再構成して以下にまとめました。
*まとめ①
思うに、大川隆法は高橋信次の教えをそのまま流用しているといっていいでしょう。
具体例を書くと、まず高橋信次は次のことを説いていました。
霊界は、四次元、五次元、六次元…と区分されるとしていた。
霊界には仙人天狗などの住む裏側があるとした。
九次元は、仏陀、救世主のいるところで、釈迦、キリスト、モーゼらがいるとしていた。カンターレ、リエントアールクラウドの存在も説いてた。
太古の昔に、宇宙人が地球に移住してきたとした。
波長同通と憑依の関係も説いてた。
本体1、分身5の魂の兄弟が生まれ変わりつつ魂修行してるとした。
大川隆法はこれらの教えをそのまま流用していることは、HS初期を知っている者であれば周知の事実です。
また枝葉を取り払った本質論でみれば、さらに両者の教えは同じことが明らかになります。高橋信次と大川隆法、どちらの教えも、人の本体は霊であり、輪廻転生をしながら霊性を進化向上させているという霊性進化論に根ざしてることは完全に一致してるので…。
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宗教の話として、超常を語るのは、大方、絵空事です。宗教と信仰は、現実を生きるためにあります。超常をいくら詳しく語っても、それは現実を怒ることにはなりません。空想の、いい気分が信仰ではありません。むしろ現実逃避になって、さらに変人になって、実生活において通用しなくなるでしょう。
楽山は、正すために書いてはいません。正す人は、反省もするはずです。楽山は、無反省に、他者を責めることに快感を覚えて、その偽善の立場を通そうとして、正義の味方の客観的な批判に見せかけた嘘芝居と詭弁をインテリ気取りで書いているだけです。楽山は、インテリ気取りのインチキ雑言です。
「霊性進化論」は、恐らく、空論~せいぜい仮説でしょう。しかし、楽山は、真に受けて、真に受ける資質があることを空しくアピールしたいのです。理屈の葉っぱを見せて、理路の根っこを何も持たない楽山の、出まかせの空論に、誰も惑わされることのないように願っています。
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*まとめ②
思い出したけれど、初期HSに、元GLAの人たちが多く集まった理由の一つは、大川隆法が高橋信次と同じことを説いていたからでした。
今のHSでは、高橋信次は低評価されているし、現HS信者が大川隆法は高橋信次と違うと言いたい気持ちは理解できます。でも自身の信仰や願望に埋もれて現実を見失ってはいけません。現実は現実として認めなければならないのです。現実が分からなければ、現実と信仰の差異が分からず、結局は信仰さえも分からなくなるからです。
余談ながら、HS信者が議論に弱いのは、現実は現実として認めることができていないからだと思います。
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楽山は何も「理解」など出来ないと思います。楽山は、無反省、無責任、無学習のために「見失って」いるもので出来ていて、何も新たに受け取れない精神の病質で、現実検討能力がありません。今までの経緯から、自己愛性人格障害の楽山は、正当な評論も議論もしたことはないと思います。
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*まとめ③
大川隆法は高橋信次の教えをほぼ流用したから、元GLAの人たちが集まってきたのでしたが、その後、大川隆法はその部分を改変、否定したため、それらの人たちは去ってゆくことになりました。
大川隆法が改変、否定した高橋信次の教えは、こういうものです。
心の調和が大事。それなくしてペンダント、法具、儀式など意味無し。
疑問追求。疑って疑って疑いきれぬものを信じる。
人につかず、組織につかず、法につけ。組織の歯車になるな。
教祖崇拝はだめ。嘘のつけない自分の心、内なる神を信じよ。
ただ大川隆法はこれらの教えを改変、否定しても、次元論という世界観は変えていません。次元論を否定したら、大川隆法はは高次元の存在だという自らの権威の拠り所を失うことになるので、それはできないのでしょう。
その結果、大川隆法は高橋信次を否定しながらも、高橋信次の世界観、霊界観からは一歩も出られないということになっています。大川隆法は昔はもちろん、今現在も高橋信次の掌の上にあるということです。
(画像省略)
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ごちゃごちゃと書いて、偉そうに見せるのは、楽山の、嘘っぱちの生業(なりわい)であります。楽山が、何かを分かって言っているなどと思わないでください。読書も作文も、だますための実感の無い詭弁であり、説得力は皆無です。楽山は、語るだけの根拠を、学習していないのです。
楽山が文章の中で使っている用語は、それ自体が説明を要するテーマとなることで、その用語だけでは意味不明なことが多く、説明の出来ない楽山は、そういう用語を並べて、文章の体裁だけ専門家であるかのように見せかけているだけなのです。「内なる神」について楽山は何も分かっていません。
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*おまけ
山内氏のツイートによれば、『黄金の法』(旧版)において、大川隆法本人が、「私は、人間・高橋信次の遺した心の教えを土台として、さらに、これから五十年近い年月の間、正法神理を説いてゆこうと思っております」と書いていたようです。大川隆法は高橋信次の教えを流用しているというのは、私が言うまでもなく、本人がそのように宣言していたということです。
(画像)
ちなみに、この辺りの流れを整理すればこうなるでしょう。
大川隆法は、高橋信次の教えを引き継いだ。
その後、大川隆法は高橋信次を批判、否定した。
けれども、自らの教えの土台となっている高橋信次の教え(霊界観、心の法則など)までは排除できなかった。
大川隆法は、今現在も、高橋信次の霊界観、世界観によって立っていて、その影響から脱しきれていない。
こう見ると、大川隆法は他宗教を凌ぐ独自の教えを説いたわけではなく、高橋信次の教えを流用したにすぎず、その実態は高橋信次の没後弟子であり、分派にすぎないことがよく理解できるのではないかと思います。
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(ネットより)
高橋 信次(たかはし しんじ、1927年9月21日 - 1976年6月25日)は、日本の宗教家で宗教団体GLAの創立者[1]。ハードウェアエンジニアとして会社を設立し経営者を務めた。
高橋によれば、人間はその内側に次元の異なる心や魂の世界があり[2]、その中心に「仏性神性を持っている」[3]。人間は「神の子として(中略)人々の心と心を調和させ、地上に(中略)ユートピアの実現を志すとともに(中略)盲目の人生での修行を通して、豊かな神の心を完成させることが大切である」[4]という。また、自然において安定した環境が保たれているのは「神の大慈悲であり、大いなる神の愛」[5]であるという。
ウィキペディア
楽山は、ORを批判する根拠に、ORが、別の、神仏への信仰を真似ていることを指摘しています。ならば、この、別の超常信仰を肯定しているのでしょうか。どちらも超常を規定する信仰ですから、結局、楽山は、小児期からの、霊が分かるっぽい自覚からの高慢を表しているだけです。
だとすれば、楽山は、他者を利用して、結局は、自分が教祖にでもなりたいのだろうという推測が可能です。今までの経過から、実際の楽山は、反省も学習もしない嘘吐きの詭弁屋ですから、その薄汚れた精神から浅ましい欲望を貪っているに過ぎません。
楽山を受け入れないでください。楽山の理路めいた言説は、楽山と同じような自己愛性パーソナリティ障害NPDへ通じて誘導するだけの、嘘と詭弁以外何もない空虚な精神崩壊への誘導の入り口なのです。楽山に関わらないでください。楽山を相手にしないでください。お願いします。
ちんどんは、神を知ってるつもりで、人を知らない
(2021年)
(2023年01月03日、再録+加筆)
消滅のベクトル
味方も仲間もいないことが
自分というものなのだと
細くなり薄くなり掠(かす)れるように
座標から消え失(う)せるベクトルの先を
何によって見ようとしている
贅沢病だと言われれば
そうでないことを証明するには
死んでみせなければならないだろうか
遠ざかるものが
遠ざかることによって
殺しにかかるなら
黙って殺されてあげようか
しかし何の土産(みやげ)もない
天に
何の宝も
未だ積んではいないというに
荒廃から崩壊へ
喪失から消滅への
方向しか持たないベクトルに
長さを問う儚(はかな)さよ
崩壊
荒れた道沿いの丘を走っていく
両手で抱えているのは黒い棒切れ
迷彩服は朝日に照らされて
丘の上これ以上狙いやすい的はあるまい
墨でも塗っているのか
黒人なのか
それとも焼け焦げているのか
黒い顔は眼だけがむき出しの形相で
崩れるように走っていく
わからない
よっぽどつらいことがあったんだろう
昼の光の陰の通り
近寄って来て声をかけてくる
「@×~※〇÷#&▽=∞+?・・・」
何か尋ねているように聞こえるが
内容が聞き取れない
崩れるように近づいて
崩れるように何度も声を向ける
恥も外聞もないかのように
自らを投げ出している
わからない
よっぽどつらいことがあったんだろう
いっそ崩れてしまえば
本当は赤ん坊になって
胎児になって
宇宙か天空へでも帰りたいのだが
もうこんなに歳を経てしまった
黄昏の地平に砕かれて
粉々になってしまえば
黒い顔のまま倒れて
丘の下の草原へ転げ落ちてしまえば
@×~※〇÷#&▽=∞+?
投げ尽くしてしまえば
声が音になって
引き裂かれたあとの沈黙が
静けさになって引き裂かれたあとの
地獄が天国に・・・
そんなにも虚無を
求めるかのようでありながら
引き金のない銃に
空(から)の薬きょうを込めて
崩れかけた顔に
水の化粧をして
崩れかけた声に
塩素の泡を流して
目覚めれば今日も
自らに迷彩を施している
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
http://mn266z.blog.jp/archives/19971376.html
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら 誤ったら 素直に詫びて 自分 正さなくちゃいけない」「それが出来て 初めて人間だと それ出来ないなら 人ではないと」「嘘ばかり 重ねる君よ 保身だけの 卑怯者の君よ そんな君は 魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと 最大限の反省と共に 開いた出店を 畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
嘘ばかり重ねる楽山に、だまされないように、楽山がネットに開いている嘘吐きそして高等感情鈍麻養成の出店を畳むしかなくなるように、誰も楽山を受け入れないように、祈り願っています。楽山の気取りは、異常であり、病気であり、不治なのかもしれません。被害は小さくないと思います。
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★こも/楽山日記3
@komo266
あけましておめでとうございます✨
本年もよろしくお願い申し上げます🤗🎍
午後0:58 · 2023年1月1日
https://twitter.com/komo266/status/1609398727479005189
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楽山のツイッターです。白々しい新年の挨拶です。誰も関わらないでください。12月31日のウイルスか荒らしの悪戯に関わっている疑いがあります。平気で嘘を吐く人です。無反省そして無責任の自己愛性パーソナリティ障害NPDです。新年を祝っていい人物ではありません。関わらないでください。
2023年元日コメントが付きました。解除方法が書いてありました。しかし、それ以前に、どこを押したかは忘れましたが、試行錯誤で、ウイルスか荒らしの広告は消すことが出来ました。コメント者は謹賀新年というリンクのないHNです。楽山かもしれません。楽山に関わらないでください。
サーバー
「
ブロックされています
@taka84156681さんのフォローやツイートの表示はできません。
https://twitter.com/taka84156681
」
楽山と思われる taka のツイッターは、だいぶ前にブロックされているようです。楽山が、何か、ルール違反でも、やらかしたのでしょうか。原因は不明です。楽山のネットにおける前科なのでしょう。
楽山の害毒メモ:
今までに表れてきたこと。これは、楽山に限らず、聖書においてキリストの敵となった宗教指導者や、世に数多いる偽善者の特徴でもあります。この世で最も迷惑な人の特徴です。楽山は無責任です。決して信用しないでください。しかも犯罪行為に及ばなければ強制的に抑制は出来ません。
楽山は、1つのことを書いて、別の時には、それに反することを平気で書いてきます。そこで、反省、修正、というステップを置かず、あたかも最初から思っていたことのように書いてきます。自分に誤りを認めない自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)だからです。
偽善者の特徴でもあります。
人格:
自己愛が強く自己中である。
笑いと怒りしかなく、悲しみの情がない。
共感がなく、罪悪感がなく、反省しない。
自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)と思われる。
平気で嘘を吐く。様々な詭弁を弄して誘導し、柔和に見せかける。
深い情感がなく、共感性がない。相手が疲れるのを見て快感を得る。
後悔、反省、修正ができない。学習による成長がない。
罪悪感、羞恥心が見られない。サイコパスと思われる。
アドラー心理学の宣伝をしていた。自己中心である。
中身や実質のない形骸的精神機能しか持たない。
奇怪な単細胞。
議論:
議論や交流が、表面的で、整わないし、できないし、元々する気もない。
相手の意見を受け取っていないので、反論、弁明が成り立っていない。
理路が常識的にも浅く、基本的に訂正不能である。理解力がない。
自分なりの堅実な理路を組み立てられない。
読書自慢。感想は平板で、独創性や深みがない。
様々な気取り。読書家気取り、評論家気取り、インテリ気取りなど。
分かっているという我執から離れられない。
非を指摘されると、逆に、こちらに当てはめて被害者面をする。
人を批判~誹謗中傷するが、その言葉で自分が斬られるブーメラン現象。
真面目に応答~議論すればするほど、病的な徒労感と疲労のみをもたらす。
ボンヤリ言語:語尾を濁し曖昧で婉曲的な言い方で、印象を刷り込もうとする。
トホホ言語:謙虚で弱いと思わせて悪意を隠すための嘘の芝居。
しばしば、自身への同意を期待して、見え透いた世辞を言う。
「反省。とほほ」などと書くが、不自然であり、前後で何も変わらないので嘘です。
騙して、言い分を詭弁や嘘で通そうとする、通っていると思い込む。
訂正不能の偏執。
宗教:
反キリスト、反宗教。聖書およびキリスト信仰を、貶めてくる。
精神構造はカルトに似ているので、無神教カルトと呼んでいる。
キリスト教とキリスト信仰を字面だけで云々し、理解していると思い込む。
HSを脱会したと言っているが、真実かどうか、疑わしい。
霊能者のつもりだが、それに見合う直観的洞察は皆無である。
慢心して中身の無い形骸。
楽山の書いた文章を、3年数か月のあいだ見てきた結果ですから、大きく変わることはないでしょう。これらについては、新しい情報によって、必要なら加筆し、繰り返し載せることになるでしょう。
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
https://ameblo.jp/st5402jp/
https://stdsts.hatenablog.com/
(古い記事は載っていません)
https://st5402jp.blog.fc2.com/
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(古い記事もインポート済み)
ツイッター:
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