子どもは親を選べない。
私は今から7年前、インターネットに携わるようになった時に自分で自分に、ある約束事を作りました。それは、
① 宗教、政治、殺人事件について自分の思想や意見を述べない。
② 人の批判をしない。また何かを茶化してしまったときには必ずフォーローを入れるようにする。
③ 一旦始めたHPやブログをほったらかしにしない。
曲がりなりにも今まで、自分なりにその約束事を守って来たつもりです。がしかし、今日という今日はその約束事を破らさせて頂きます。
今月に入ってから起きた西淀川区の女児殺人事件。最初の報道では9歳になる女児が家を出たまま帰らず、事件に巻き込まれた可能性があるとのことでした。
私はその週に行われた稽古で子どもたちに月並みではありますが「知らない人に付いて行かない」「お母さんと喧嘩しても家を出て行かない」ようにと話したのです。
早く女児が帰ってきますように・・・
私は本気でそう思い祈りました。
がしかし、事態は最悪の結果になってしまったのは、みなさんもご存知の通りです。日常的に虐待が行われていて、顔にアザを作って登校したこともあったという。
容疑者の男が車で連行されるとき、車内で笑みを浮かべていました。
許せない!いや絶対に許してはいけません。
この事件にはもう1人の容疑者がいます。それは亡くなった子の実の母親、自分がお腹を痛めて生んだ子どもを、この母親は見殺しにしたのです。
これは言葉が悪く適切な表現ではないかもしれませんが、犬畜生でも自分の子が危険にさらされたとき、命を張って我が子を守ろうとします。
事件の後に「たられば」は禁物ですが、犠牲になった女の子を救う手立てはなかったのでしょうか? まだ9歳、「無念」という言葉の意味さえ分からない幼い命が、親の手によって奪われてしまいました。
子どもは親を選ぶ事が出来ません。だから精一杯の愛情をもって親は子を育てなければならないのです。
長い子育ての間、子どもに手をあげてしまうことがあるかもしれません。でもそこに愛情がある限り、子どもから恨まれたり、また、大事に至ることは決してないのです。
双子としてこの世に生を受け、これから楽しい事がたくさんあったはずなのに・・・
お母さん助けて、その声が聞こえていたはずなのに・・・
亡くなった女の子のご冥福を、
心よりお祈り申し上げます。