熊野神社/山口県光市島田台 | 沸点36℃

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他愛のない日常と歴史散策、主観

2018年9月2日散策/熊野神社

2018年夏に散策した時の記事です

光市民ホールの隣にある熊野神社
ここは神様がいっぱいヽ(・∀・)ノ


一ノ鳥居(石造・元禄10年)

伊邪那美神
速玉之男神
事解之男神
国之常立神
天照大御神
天忍穂耳命
填々杵命
火遠理命
鵜茅葺不合尊
迦具土神
埴安媛神
稚産霊神


二ノ鳥居(石造・昭和10年)

社殿によると、奈良時代の和銅3年(710)に、神主大楽家の先祖兵太夫と、宮ノ尾の彦兵衛の両人が、紀伊国熊野本宮に参向し、その神霊を島田村に勧請したことから始まるそうです

旧号は十二社権現
明治4年(1873)熊野神社に改称


彦兵衛って人は、どうもこの地域の民話に出てくる人物らしくて、通称?「鬼彦兵衛」って云われているみたい

力持ちになりたい❗と紀伊熊野の権現様で難行苦行のすえ、ついに千人力の力を授かったんだそうな


狛犬(石造・寛政5年)

それで鬼彦兵衛が島田に帰るときに、熊野権現の御神体を勧請してきたのね

その鬼彦兵衛の民話を話そうか?長いよ?

むか~しむかし、山口県は宮ノ尾というところに、とても力の強い男がいて、人々から鬼彦兵衛と呼ばれていた
彦兵衛は小さい頃から、体が他の子より大きく


え?もぉいい?笑

社殿の彫刻がとっても凝っていて素敵だったよ


でもね、改装中で見れなかった~アセアセアセアセアセアセ


松浦神社(御祇園様)

祭神
牛頭天王乃至素蓋鳴尊、櫛稲田媛命並びにその御子神八柱

慶安3年(1650)京都の八坂神社より時の代官吉原氏他地元有志により御神霊を勧請し祇園社を建立したのが始まりだそうで、明治の時に松浦神社と改めている


なんかね、松浦神社には毎年祭日に島田人形浄瑠璃芝居が必ず奉納されるらしいわ

応仁2年(1467)頃から奉納を神に誓い、悪疫退散を祈願したことから、ずっと今日まで続けているんだって


今回は玉川奈々福(浪曲師)と神田松之丞(講談師)の二人会を観に行きました


松之丞さんは、今チケットが最も取れない男
チケット取ってくれてありがとうオッパ
来年の2月には真打ち昇進❗おめでとうございます


生で講談を観るのは初めてだったんだけど、やっぱスゴいよ松ノ丞さん、ぐいぐい話に引き込まれる
「青龍刀権次」
話はこれから面白くなるところですが、ちょうどお時間がまいりました
ああ~続きが知りたい(笑)


私、浪曲はも~絶対無理だと思ってたの
それに女性の浪曲…ってあまくみてました

やっば━━━━━━━━━浪曲、超面白い
これ真面目に超ーーーーー面白いから

私、これまでも幅広く結構色々行ってるほうだと思うのね
でも、
え、たどり着くとこ浪曲かよ(´゚ω゚):;*.':;ブッ



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