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GOOOOD
EVENEEEEING
TOKYO🌈
「皆さま、右手をご覧下さい」って言われたら、ボクは左を見たい。それはだれも見たことのない世界のように思えるからだ。他人と同じことやってたらダメだ。
世界一のソムリエ田崎真也は、嗅覚を鍛えるには匂いを意識することだと言っていた。筋肉もそうで、今、自分の上腕二頭筋が動いてるって意識するのとしないのとでは、同じ運動でもその上腕二頭筋の発達が違ってくるそうだ。だから、ボクの母さんの魔法のような手料理は、毎回違う味だったけれど、その多様性と食卓で交わされたその料理に関する様々な会話は、ボクの宝物だ。
母さんは言った。あなたには形あるものはなにも残せなかったけど、私は、なによりもあなたに品を遺したのよ。ボクは、この顔と名前とiPhoneで勝負する。May I buy the something? 好吧好吧
GOOOOD
EVENEEEEING
TOKYO🌈
ボクには、常日頃自分に言い聞かせている言葉がある。あきらめるわけにいかないじゃないか、あきらめたら首吊って死ぬしかないじゃないか!って。ボクはたぶん両目が見えなくなってもあきらめはしない。だって、あきらめたら首吊って死ぬしかないじゃないか。
それはともかく、最近、消費について考える。フェラーリやエネルギー、食料、時間、コスト、贅沢、そういったあたり。マーケットにおいて、おそらくボクも消費される。というか、消費されかけてる。昔、かかりつけ医にこう言われた。前田さんのカウントダウンももう始まってるんですからね。買ったばかりの新車というものはない。売買が成立した時点でそれは中古車だ。ボクの体なんか100万遍焼かれたって構わない。最後まであきらめるもんか。
GOOOOD
MOOOORNING
TOKYO🌈
物質的豊かさにとって替わる次世代の人類にとっての豊かさの模索は、ボクたちにとって火急の課題だ。それについての、ボクの現時点での見解は甲斐だ。やり甲斐、生き甲斐といったもの。それが豊かさじゃないかと思う。だけど、そうだとすると人類は常に行動しつづけなければならなくなる。自転車操業みたいになってくる。自転車は嫌いじゃないけど。それが進化した人類のあり方かというとどうだろう。
計画とはデザインすることだ。優れたデザインはより合理的で美しい。そのためにボクは、革新的でダイナミックでありたい。それを継続しつづけなければならないのは、次世代の価値観として問題あるように思えてならない。ボクのアタマのパラダイス思想はときどき足かせのように感じるけれど、そうじゃないのも十分理解してる。
人口問題が、全体における個々の判断の結果であるように、個々が内包するエネルギーが、全体のエンジンかどうか。内発的動機付け、すなわち夢が個々に必要なら、イマジンみたいになってしまう。結局、あなた、全然変わってないのね!みたいになってくるじゃないか。
May I buy the something? 好肥好肥
GOOOOD
MOOOORNING
TOKYO🌈
お客様は神様だという言葉がある。マイケル・ジョーダンを神様だっていう人たちもいる。今も神様かどうか知らない。神の手をもつ考古学者ってのもいた。あれは確か実刑判決かなにかでなかったっけ?
それはともかく、売る方と買う方は対等だ。どちらがえらいということはない。取引が成立すればなおさら対等だ。その上で、同じ消費者である部分を共有しているから、そのあたりで、ありがとう!Thank you!という言葉が出るんだとボクは解釈している。経済の枠組の中での共同体というわけだ。まぁ、赤の他人にやさしさを求めるわけにもいかないから、なんというか、そのあたりは、全体がいい方向に向かうように、それこそ祈るしかない。各階層でのインタラクティブな意識行動プロセスというわけですな。びっくりしてフェラーリをポチりそうだ。May I buy the something? 好肥好肥






