下関市長 修士論文不合格 | この世に偶然はない あるのは必然だけ

この世に偶然はない あるのは必然だけ

良いことも良くないことも
全ては自分のために起こること

全然知らないのだが、下関市長の中尾友昭さんは下関市立大学大学院に籍を置いているらしい。


私が修士だった時に、先生からは「博士は成果を評価されるが、修士はただの努力賞だからよほどのことがない限りパスだよ」と聞かされた(もちろんだからと言って手を抜いて言いわけではないが)。


なので、下関市長はその「よほどのこと」があったのだろうな。


記事にはこんなことが書かれていた。

地域内分権をテーマにA4判約550ページにまとめたが、教授らによる審査で、必要な人数の賛同が得られなかったという。

市長は「納得がいかない」として大学への情報公開請求を検討する考えも明らかにした。
現在2期目の中尾市長は2011年4月に同科に入学。社会人対象の教育プログラムで、公務後に通っていた。修士論文に代えられる「特定の課題についての研究の成果」として論文を書き、市長の仕事や自身の人生なども盛り込んだ。
だが、大学院を担当する教授と准教授の計33人でつくる研究科委員会の審査で、合格に必要な出席者の3分の2以上の賛成が得られなかったという。委員会側は審査の経緯などについて「ノーコメント」としている。
市長は単位取得退学となる。会見では「弁明の機会がないのが課題」などと大学を批判。情報公開請求など「名誉回復のためにできることを検討する」と主張した。



うん、賛同しなさそうだな。

まず、550ページも書いたのはすごいと思うが、審査員の立場だったとしてその量を読もうと思うだろうか?
ちなみに内容にもよるが、普通は50~60ページほどだ。
これだけでも落とされる要素は十分過ぎる。
無駄な努力ご苦労様

そして、論文に「市長の仕事」や「自身の人生」を盛り込む?
内容によって市長の仕事は必要かもしれないが、自身の人生なんてイントロのバックグラウンドであってもどうでもいい内容だ。
もはや、論文ではなく自伝だろう 笑


「弁明の機会がないのが課題」と大学を批判するのはいいが、これでは自分がいかにバカかを示しているようなものだ。
むしろ「ノーコメント」として市長としての威厳を守ってくれた大学に感謝すべきだろう。
市長には、中身の前に論文の書き方から勉強してもらいたい。