【4年生の想い】主将 加藤陽介『加藤陽介という主将』 | 立教大学体育会サッカー部日記

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立教大学体育会サッカー部のマネージャー日記です☆
2013.3~


《4年生引退企画〜4年生の想い〜》

 
4年生引退企画、トリを飾るのは主将加藤陽介(DF/仙台育英高校)です!

主将という立場だからこその悩みや葛藤があったことでしょう。その思いを赤裸々に綴ってくれました。


☆Vol.32 加藤陽介☆
『加藤陽介という主将』



150人を超える大所帯の立教大学体育会サッカー部の主将。
「身長でっか。髪型いかつっ。肌黒過ぎっ。怖い。」彼を見た人は皆そう思うだろう。だが、その見た目に反して物腰が柔らかでめちゃくちゃ優しい性格の陽介。

ピッチ内では恵まれたフィジカルと統率力を活かしてチームをまとめる。ピッチ外ではその優しい性格から部内外で多くの友人から信頼を得ている。
4年間で多くの成功と挫折を経験しながらも、41年振りの関東リーグを主将として牽引し続けた彼が今何を思うのか。必見だ。」(4年岡本凌汰より)

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主務のしんじ(4年・主務堀川)から、引き継ぎました、立教大学サッカー部主将の加藤陽介です。最後ということで非常に緊張してます笑。黒くて、彫りが深くてハーフみたいな顔立ちですが、父も母も日本人。生粋の日本人です笑。掴みはこの辺にしておいて、、、




同期のサッカーへの素晴らしい想いを綴った日記の最後に文章力のない私が来てしまいました(笑)。ただ、自分なりに一生懸命書いた文章なので、これまで私と関わってきた、できるだけ多くの人に読んでもらいたいです。



これまでたくさんの同期がチームの問題点や

、立教大サッカー部のあり方について良いことを書いてくれているので、私は主将という立場、自分という人間についてフィーチャーして書こうと思います。


(ここからはですますなしでいきます。)



私はもともと大学でサッカー部に入ろうと思っていなかった。高校サッカーである程度目標を達成し、燃え尽きて、大学は部活なんかやらないでのんびりとサークルにでも入ろうかと思っていた(我が家の厳しい父にはもちろん反対された笑)。

しかし、なんとなく参加したサッカー部のBチームでの練習中、先輩方のサッカーへの熱意に圧倒され、凄くカッコよく思えた。

その様子を眺めていると当時の主務の方(OB・2016年卒業・隅野樹さん)が寄ってきた。


「俺たちは今、本気で関東リーグ昇格を目指してるんだ。」


この言葉に私自身、とても心を動かされた。この人たちは目標があるから、キラキラと輝いてカッコよく見えるのか。自分も本気で目標に向かって頑張りたい。こういう先輩方ののようになりたい。そう思える集団だった。


その2年後、主務の方の言葉が現実となる。立教大学サッカー部は41年ぶりに関東リーグに昇格したのだ。




41年ぶりの関東リーグ参入。

右も左もわからない状態でチームの主将を任されたのは、自分だった。41年間、偉大な先輩方はこのために頑張ってきた。そのことを考えるだけで、プレッシャーで押しつぶされそうになったこともあった。



みなさんは主将というと、どんな人を想像するだろうか。主将ならチームの中で1番上手い人でしょ!とか、主将は試合に出て当然でしょ!とか色々思う人もいるかもしれないが、私はそうではない。

今シーズンの公式戦は、ほんの数試合にしか出場できていない。つまりベンチにいるキャプテンだ(165人いる中でベンチに入れていただいてるだけ、ありがたいのだが)。



大学2年生までは試合に出ていたのだが、3年生の時に大怪我をしてしまって、8ヶ月以上リハビリに励んだ。復帰した時には、今までのサッカー人生で積み上げてきた経験値がほとんどなくなった様に感じたほど体が動かなかった。

またそれと並行して、自分が出ていたポジションでは、後輩が台頭していた。自分のポジションを空けて待ってくれている程甘いチームではなかった。




私が入学してから、サッカー部の主将は皆、素晴らしいリーダーシップを取っていた。

プレーや言動で引っ張っていける三浦さん、誰よりも努力していた森田さん。真面目で立教史上最高の右サイドバック陸さん。

リーダーとしての形は様々だったが、この3人は共通して、皆スタメンだった。

主将がスタメンではないことは、大学時代に関わらず、私のサッカー人生の中では前例のないことだ。私はAチームに在籍しているが、今現在はスタメンでもない。

高校時代も部員数130人の高校で主将を務めていたが、当時から言動ではなく、どちらかといえば試合中に背中で引っ張っていくタイプだった。背中で引っ張るタイプの自分が試合に出れずに、どのようにチームを引っ張っていけば良いか、模索し続けてきた。



試合に出ていないので、試合中の華やかなリーダーシップを取ることができない(試合中や練習中の瑠寧のリーダーシップ、キャプテンシーに関しては本当に頭が下がる思い)。

試合に出れない自分が悔しくて、人や物に厳しく当たってしまうこともしばしばあった。主将としても、選手としても、とてもきつくて、練習に行きたくないと思った日は一度や二度ではない。周りの親しい友人に何度相談したことだろう。

しかし主将に就任して少し経ったくらいから、物事を多角的に捉えられるようになってきた。主将としての活動に慣れが出てきていたからかもしれない。この時ふと思ったことがある。


「主将としてリーダーシップを取っていくというのは、試合に出ることだけが全てか?」


もちろん試合に出たい気持ちはある。しかし、私が任されているのは、チームとしてリーダーシップをとっていくという役割である。リーダーシップを期待されている自分が、試合に出れないだけで、怖気づいてどうする。

それを境に自分自身物凄く変わった。練習では人一倍声を張り、試合では、チームが勝つためにベンチからでも、常にチームを盛り上げる声を出せるようになった。私はもともと周りに厳しいことを言うことが苦手だったが、後輩や同期にも厳しい指摘をできるようになった。



この立教大学サッカー部では試合に出られない選手の方が圧倒的に多数だ。大学サッカーは、高校まではチームの中心選手、核となっていた選手がほとんどだ。その選手たちはAチームでの公式戦に出れないとなると、少なからず挫折を経験することになる。

しかし、人生経験といった意味で考えると、どうだろう。挫折を経験している選手の方が、今後、社会に出てからの生き抜く力が強いと思う。人間的な成長といった面では、BチームやCチームの選手の方が、Aチームの選手よりも遥かに上回っているのではないかと思う。



ただ、チームというのは、試合に出ている選手が花だ。それ以外のチームメイトはその花を咲かせるため、輝かせるために一生懸命良い土を耕し、栄養を与え続ける。一人一人が貴重な栄養分だ。花の選手はそのように自分たちを支えてくれる選手を疎かにしてはいけない。

いつも試合の準備、運営、応援してくれている選手に感謝し、結果や態度でチームに還元していき、相互扶助の形にしていくべきだと思う。これが私の考えるチームのあり方だ。



最後にこの場をお借りして、この1年間支えてくれた幹部をはじめとする同期、後輩、コーチやスタッフ、偉大な歴史を作ってきたOBOGの皆様、たくさん相談に乗ってくれた大学の体育会の友人、高校までのチームメイト、家族に感謝の気持ちを述べたいと思う。本当にありがとうございました。(特に22年間私を大事に育ててくれた両親には本当に感謝しても、しきれません。)



明日は私たち4年生が中心となり、1年間かけて作ってきたチームを、みんなに見に来て欲しい。私自身も試合に出ようが出まいが、今持ってる全てのエネルギーを明日に注ぎたいと思っている。最後は部員全員が、笑顔で終われるように。



自撮りチャレンジを横から

お気に入りの一枚

若かりし頃(1年生)



4年加藤陽介




『4年生引退企画〜4年生の想い〜』
いかがでしたでしょうか。

皆それぞれの思いを抱きながら、明日、4年生はついに引退を迎えます。

相手は強豪、中央大学。

最強の相手から勝利を挙げ、最高の笑顔で終われるようチーム一丸となって闘います。

応援よろしくお願い致します!