疲れたなぁ………………
現在私はそういうものを感じています。
前回の記事みたいなこと、
全力全霊な感じで自己浄化のためのワークみたいな記事を書いたり内なる恐れを延々と辿って吐き出させて燃焼させるというようなことを何時間かすると、
なんかこう動けなくなる(*´ Δ`* )
心とか頭が灰になるような、
なんかこう燃え尽きるような。
この赤いのがそういう意志の象徴みたいなエネルギーでもあるので、完全燃焼すると割と燃え尽きて灰になったような感覚になったりします。
……そうなった時、灰な状態から復活するというようなプロセスが必要になるわけで。
(実際に必要なのかは不明。でもそういう意識で取り組むと再構築を素早く済ませることができる気がしてる)
そこで、思い出したのがこれ。
作成されたのは去年の夏。
今になってわかるのは、
この『恩寵から祝福へシリーズ』みたいな物が表していたのは『再生』のような概念だったのだと。
たぶん始まりはこれ。
去年の3月くらいに完成したはず。
私はこのようなアイテム……
こういう色だとかエネルギーだとかを
『恩寵とか祝福のようなもの』だと認識していたのです、去年の時点では。
通称『金緑』な色と呼んでいたもの。
で、
そんな色のアンダラクリスタルもあったなということを思い出したのです💡
ついさっき!!
それがこれ
右下は同じもの。
前回の記事によって、
どうやら私はアンダラクリスタルのエネルギーだとか波動だとかを具体的には全く理解していなかったと知ったので、
当然のようにこの半緑黄色?みたいな謎の色のクリスタルのエネルギーもリアリティーも捉えられていないのだろうと感じるようになったのです。
……うん、正直わかんない(笑)
そしてそれ↑がわかるなら、
たぶんこれもわかるようになるわけで。
……たぶんさ、あの半緑黄色なクリスタルも割ってみたらこういう謎のグラデーション?みたいな色に見えると思うんだよ。
……うん、例えば背景を黒にしてスマホで撮影するとこんな感じのやべぇ色になるような感じの何かなんだよ(*゚∀゚)
超スピリチュアルカラー!! って感じ。
まず肉眼で見ることは無いような、もしオーラとかとして見えてしまったら眩しさか何かで眼が焼ける(?)気がするような光線。
……それにほら、なんかこう、
“わかっちゃいけない感”がするじゃん。↑のやべぇ色とか見続けると意識に異常を感じるようになるっていうか……
まぁつまり眠ってた内なる恐れが活性化しちゃうわけで(笑)
そういう体験を繰り返してくとさ、人間が超無意識下に恐れてるのは闇じゃなくて光だってことが理解可能になるわけで。
人間である自分にとってはものすんっごい理解しにくいことだけど実際そうなんだなぁって気付くのですね👁️✨
……っていう感じで、↑の画像を見てその色を認識して記憶に残るだけでもその波動を食らうことになるので内なる恐れは活性化してきてそれを読み取って吐き出させて解放させていくと認識がクリアになってあるがままのあのクリスタルを見ることが可能になるからその時にそのエネルギーの性質や属性みたいな物を知ることができるようになるのでしょうね。
……前回の薄紫なクリスタルも終わってないのにね。既に次の情報提供者(クリスタル)が見つかるとかいうオラクル⚡
……一体どこから手を付けたものか…………。
あ~、うん、
しかしまぁ、何か開きそうなすげぇやべぇ色だとは思うけれど、見れるようになるとすごく綺麗なものだと思うのですね😃✨
何て言えばいいんですかね、
私はたぶんあの色を自分の目で見ることはできないんだろうけど、それでもあの色を知って理解することは可能だと感じるのです。
いやもちろん“見える”よ?
形としては認識できるよ?
でもそういうことじゃなくてさ。
………………だとすれば、
(……だとすれば??
この右下のクリスタルに左のクリスタルの波動である
を、
込めたり
入れたり
宿らせたり
写し出したり
同期させたり
繋げたり
なんかそういうことをすればあのやべぇ色の光のエネルギーだとかパワーである物をあの生成クリスタルである作品に“うつす”ことができるようになる気がする!!
じゃあ、
実際にどうやって込めたり入れたり宿らせたり写し出したり同期させたり繋げたりするのか?
ってことはこれから明らかにしてゆくべき方法論なわけでそれを理解してない者にとっては秘術ってことになる(*ノ・∀・`)
それを今すぐ知りたい人は一年後くらいの私にでも聞いてください。
……って感じなんだね(笑)
(実際は一年程度じゃ理解が足りないかもしれないけど💥
私はそーゆーの無いから。
自分がそれをやらないと進まないっていう当人だから、そーゆーこと考えてる暇があったら進めてくのが正解なんだよね┐(´∀`)┌
変に中途半端に時間の観念を越えたりするとそういう微妙な表現が出てきたりするのもまた困った所だし、
結構楽しい要素でもある😃✨
それを自分以外に理解させようとか余計なことを考えなければ、超個人的な体験としては時間に縛られてない感じも味わえて楽しかったり心地よかったりするのですね( *´艸`*)
ちょっと残念(?)なのはそういう感覚を自分と上手く共有できるような人間には滅多に出会えないだろうという点。
たぶん個々には居ると思うんだけど、
自分がその人と縁があるのかっていうとまた別の話なわけで。
あんまり同業者とか同じような役回りの人間てのと関わる機会って無い気がするんだよねぇ~
基本的に他者に意識が向かないで己の道を進んで研究し続けることが基本だから(笑)
………………っというような無意識下の波動によって言葉や思考が半自動的に浮かび上がってくる点は前回と同じだとしても、
よくよく観察すると、明らかに前回の紫のクリスタルさんに共鳴した時とは何か異なる内容やテーマの話が展開されているということに気付いたりするのですね👁️✨
なんですかね、
現時点でその感覚とか気配とか予兆みたいなものを翻訳するなら、
無限の創出or無限の表出or無限の創造(性)
?
って感じがします😃💖
私は『創造』という概念に対しては基本的に黄色い色よりもかなりオレンジな色として見ているのですが、
しかしそれについてもよくよくよーくよく考え直して見るとちょっと違いがあることに気付いたのです。
(それはこの記事を書きながら無意識に脳内で考えられていたりイメージとして浮かび上がっていたもの。)
何て言うんですかね、
『オレンジ色の創造』って、
“役回り”な感じの使命なのです。
それは地上の人間社会における自分の仕事でありそういう意味での使命。そしてそのためには社会とか世界に“属する”という概念が前提として存在すると思うのです。
だいたいそれが第一チャクラとか赤色なもののテーマだと私は理解しています。
それは私が『エリミエール』という役職を自称することで表すなら、
具体的に何かしらの作品をつくって販売したりして必要とする人にとっての自分の持つ役割を仕事として果たすというような意味。
それは社会に属する者でなければ他者との関係性が前提としてなければ成り立たないような役割であり全体の一部の仕事として創造性を発揮するというようなものなのでしょう。
……たぶん、それに対して『黄色の創造性』とでも呼ぶべきものって、もっともっと超個人的で唯一無二で神聖さとか純粋さの発露みたいなものだと感じるのです。
……っていう質感のエネルギーやメッセージというものを私はあの黄色緑なクリスタルから感じられるようですね、とりあえずここまで見てきた感じだと😃💡
……そしてたぶん、
私が基本的にいつもやってることはそういう表現でいうところの黄色い活動ばっかりだから超自己完結的である意味剥き出しのスピリット的で社会とか世の中とか仕事とかとは全く関係ないようなレベルでの表現や活動になっているんじゃないかなって👁️
そりゃ仕事として成立しないわけですよ、
だって誰か相手が居ても居なくても社会があってもなくても変わらないような超自己完結的な表現なのですから。
その時点でそういう人間に対して可能な関わり方としては、
遠くから眺める
という一択なのでしょう。
だって共有するための“隙間”がないから。
なので現時点の私を認識する誰かが居たとしても眺めることしかできないのかもしれないなとわかります。だって、
外側に向かうエネルギーとか意識の流れという物をほとんど感じてないから!!
無いんですよね~。
ないんですよ、実際(ヾノ・∀・`)💔
それが“ある”時にはまた違う感覚があるからわかるのですが、基本的に私はその感覚がないことが多いので、
“ひとまず自分の成すべきこと”に集中することになります。
現実的な人間関係のレベルで言うなら、
特に直接誰かに対して自分から接触を試みたり言葉を交わす理由がない。なぜなら特に話したいことも共有したいと感じるものも今はないと知ってるから。
ある時はあるんだよ?
別にずーっとこの人生一人でやってきたってわけじゃないんだよ。
でも今は最優先はコレだから。
それに人間的にそんなに特定の何かが欲しいとか手に入れたいとも思ってないから。
私が一貫して望んでるのは、無職じゃないという示しがつくような状況か状態。
……これも妙なもの独特なもので、
目に見える現実的な状況としてそれを示すことができるか、
目に見える状況は全く関係なく、自己の認識として全く不満のない状態か、
“そのどちらかであればよい”ということなのですね❇️
そして基本的に後者が採用されます(笑)
なので私は波動認識レベルでは無職ではないエリミエールという何者かになって日々を過ごしているのが現状です(*´ Δ`* )
だってほら、
“光が足りない”から
作品が完成しないんだから仕方ないじゃないか。
それなら仕方ないだろう?
🌠
言ってみればそれは、
未だにこのクリスタルの本質を捉えられないでいる私へのヒントのようなものとしても感じられる気がするのですね👁️
言われてみれば似てる!
かもしれない、ので撮影して確認👁️✨
結果→
→全く似てないけど何かがすごく似てる!
何て言うんですかね、
“これらの違い”が正しく認識できるようになった時にはいわゆる“魂の色”みたいなのも読み取れるようになる気がしてます。
別にやろうとは思ってないけど。
たぶん、
こんな感じで見ていくと、
持ち主である者(この場合わたし)の本質的な色とか質感が浮かび上がってくるので
それをダイレクトに捉える
……みたいなことができたらたぶん魂の色とか質感みたいなものがわかると思うのです。飽くまで自分なりの正しい解釈(真実の1つ)だろうけどね?😌
……わかりそうですか?
今の私にはわかりませんね!(断定)
っていう感じで、
今の自分にはわからないものを素直にわからないと認めて純粋に1つ1つ知ってゆく。
……ってのがたぶん学習の資質なのです。
そしてそれが私の良い所であり、
たぶんそういうのも魂の資質なのです👌✨
そもそも、
“本当にわからないもの”っていうのは“認識できないもの”なのですから。
それが認識できる以上は数式のように意味や原理を理解することは可能だと思うのです。そこにリアリティーや価値を感じるかどうかは別としても(笑)
それにほら、
実は黄色は波動光線的には“知性”を表す色でもあるらしいのですよ。
(今思い出した。)
……これらの情報を無理矢理にそれらしく繋ぎ合わせて翻訳すると、
あのやべぇ半緑黄色な色は、
自己の魂が限界(必要)と定める範囲内で無限の知識と創造力を呼び覚ますようなエネルギーをしている
と推察することが可能 だと思うのです。
そしてそこに“緑が見える”という部分とか要素はまだ謎!!
“そういう色が見える”ってことは必然としてその色が象徴するエネルギーやテーマ性を帯びたり表したりするのですよ、
きっと色の法則性とかによって。
そしてこの記事は、
スピリチュアリティの視点とか知識からスピリチュアルの原理や法則性を解析するというようなことをしているように思います💡
そして完全に解析完了したら理解できるようになって内在化されるようになるから一定のレベルでそういう色とか質感なエネルギーを扱えるようになるのでしょう。
……“神聖な知識”であるものと、
なにか。
なのでしょう。
……見た目には純粋な黄色光線のように見えるけれど緑色も含んでいるように見える。
つまりそれはどういうことなの???
……それはもしかしたら、
知識はないけどオーラが色として認識できるという状態に対しての、
オーラが色として見えたりはしないけれど光と色についての知識は十分にあるからそれと同じような理解が得られる、
というようなものなのかもしれない。
形としては見えないけれど
理解することができる。
というような“知識”があるのだとしたらそれを何と表現すればいいのかまでは今の私にはまだわからないのでした……🌠
……じゃあ“理解する”って一体どこら辺でどうやって可能になってると思う?
頭で?
脳で?
心で?
ハートで???
あなたにはその違いがわからない。
だからその意味が理解できない。
……だそうな。
その可能性は高いなと思いました(*´ Δ`* )
そしてなんだろう、
ひたすらに内なる恐れを解き放っていくっていう段階にまで来ると、
なんかもうね、別になにも隠す必要がないってわかるからなのか、すごく楽で開放的でなんとなく楽しい気がしてくるんだね😃☀️
……そしてそれをまた含めると、
私があのクリスタルに見たソレってのは、
心(スピリット)の翼
ってことなんじゃないかなって。
そしてそれを理解するためには少なくとも
心=スピリットであることを知らなきゃいけないわけで。
それはハート=スピリットと置き換えてもいいのかもしれない。
そしてそうやってみると私は、目には黄色に見えて心には黄緑にも映し出される不思議なこのクリスタルのことが理解できるような気がしてくるのでした。
っていうか、私が思う自分の魂の色ってのがそういうのなんだね。
黄緑でも黄色でも金色でもない黄緑みたいな黄色みたいな金色みたいな色ってなんなの?
って懸命に探り続けた結果必然として得られた理解なのだと思える時、私はそのことが当然のように理解できるように感じられる自分になっていたのです。
あぁ、それこそスピリットの翼として象徴される霊性とハートを融合させるそんな色をした光のエネルギーなのですね!!
そしてそれを象徴するに相応しい器は既に完成しているのである。
結論、
まだまだ光が足りねぇ。
ってことだったのです🌠
内なる恐れを解き放つためにはまだまだ光が足りないのだし、光を高めてゆくためには内なる恐れを燃焼させ昇華してゆくことが必要なのですね!
(無限ループである)
だからきっとその金黄色緑なエネルギーはそういうものだったのです。