さて、
また私は何かしらの記事であるものを書いていくことにしたわけですが
という現在は10時07分のこと。
そしてなぜこの画像を乗せるのかもわからないなと私自身は思っているわけだよ🤔

これは何らかの自己アピールなのか、
レゾンデートル的な何かなのか、
まぁ何にせよ確かなことは1つ。
それがなぜ選ばれ体験されるのが相応しいものとして差し出されているのか?
という部分がわからないのであれば、
唯々諾々ではないにしても、
ソレに付き合ってやる→従ってやる→そこにある意志や意図を知る努力をする→そこに神のシナリオや最高最善を見出だす→自らが真に望むに相応しい可能と知る
ための赦しや癒しの機会と知って予め神の恩寵であろうと予期しながらであれば、
それを自らの意志として引き受けることはやぶさかではないのである。
回りくどい表現だなって思うよね(笑)
でもそういうことなんだよ、
私はいつもいつでもそこに自己意識を置いているわけじゃないから、原理的な説明をするならそうやって自分の中で時間を省くに近いようなプロセスを必要とするということなんだよ。
それらは理解できないものではないけど、
しかし放っておいて認識できるほど甘くも簡単でもない神聖性の自己の領域にあるものだから。
それなら当然、
ズレる度にそこに戻してやるというプロセスが必要になるのだし、私やこのブログで最近流行ってる奇跡のコースの世界観に沿っていうのならそれこそが「何度でも選び直しなさい」と表現されているものなのだろうから。
もちろん例のワークブックな動画は起きた時に一度は見ました。そして思うんだね、
たぶん今のタイミングだからそれを抵抗少なく受け入れられるけれど、本当に初期の2018年時点にワークブックに取り組んだとしても混乱する気持ちや忌避感があまりに強くてとてもじゃないけれど形式的なもの以上にはならなかったのだろうなって。
なお今日はレッスン76、
「私は神の法則のもとにのみあります」
というものでした。
コレが、まさにそうだよね。
今ならソレを自らの意志として受け入れる方がよほど幸福でしかも建設的で正しいものだってわかるようになってるわけだよ(*´ Δ ˋ*)
だから私は少し疑問に感じてるんだろうね。
『……いや、あんなの奇跡のコースを知って頼り始めたばかり=一年目の初心者状態の時に取り組むのってほぼ無理なんじゃないのか?』
というようなことを!!
いやだってさぁ、
やったことある人間ならわかるでしょ?
それがどれほどに心理的に難しく苦痛を伴うような「練習」を日々当然の営みのように示され続けているのかって!!
逆に見るなら、
アレは徹頭徹尾実践を前提としたものだからそうしていない者には意味を成さないという可能性があるというか、そういうものだとわかる。
いやだからさぁ?
私は本当に実感してるんだろうね。
コレ結局やっぱり男性性先行でも女性性先行型だったとしても、それが高次の霊的な学びである以上は同じだけしんどくて苦しくて困難さを感じられるものなんだよなぁって、
なんかその真理を理解させられたようなそんな気持ちになってるんだね┐(´∀`)┌
だって奇跡のコースはエゴである個としての自分の意志を置き去りにしておきながらも、それでも自分の思考に伴う感覚感情に呑み込まれないためにそれを眺められるだけの訓練された心であるコンシャスネスを獲得しろって示してるし、
それに対して例えば引き寄せの法則論でも私が知るエイブラハムのソレでは最終的にはすべての自分の感覚感情を受け入れる段階にまで達することが必要になっているとわかるわけで。
だからもうこうなってくると、
ソレは単に順番の違いなだけで、
どっちも全く簡単じゃない鬼畜難度。
ということがわかっちゃうわけだよね💥
そしてそれはポップカルチャーみたいに語られるような表層的スピリチュアルの枠組みでは全く流行らずに必要ともされないものだから、やっぱりビジネス論とか仕事として成立する形としては表面的な要素ばっかりになっちゃうんだろなって。
それはそう、
まさに私個人のエゴ的な偏見の見本ってやつなのかもしれないけど、
やっぱりラブソングみたいなのばっか歌ってるようなアーティストって物足りないじゃん。
私はそれだと薄っぺらいなぁって感じちゃうような人間らしいんだよ?
だからそういうの、嫌だなって感じてる。
だからこの考え方がでてくるわけだしさ?
だからこそ高次元の現実感へと自分を導きものであればそれが男性性原理特化のものでも反対に女性性原理特化の教えや方法論だったとしても結局はどちらも扱えるように訓練されなければならないと知ってるんだろなって。
私はそう考えるタイプの人間だから……。
「それを使うかどうかじゃなくて、必要になった時には可能な状態にしておくことが重要で必要な処世術というものなのだ」
くらいに感じてるらしいから、中身は生来のスピリチュアリティーゆえに非常識さの塊みたいなものだったとしても、それでも地上の理に理由も無く反したり抵抗するような真似はするべきではないと知っているんだよ。
だってそんなことしたら「神の仕事」の邪魔になっちゃうでしょ?(笑)
人の世の理が憎くても構わない、
誰か他者が憎くても構わない、
しかしそれが自分にとっての真の真意と呼べるようなものでないとたった一度でも知ったのだとしたら、その自分に相応しい自分を求めなくてはそれこそが真の自己否定になってしまうでしょう?
だからもうきっとそれは単純にバランス感の問題と呼べるようなものなのかもしれないなって。
それは全くエゴとスピリットのパワーゲームではないものだけど、それでも一人の人間としてエゴとしての心も持つ自分であれば片方だけを否定して消し去ってしまえばいいということにはならないでしょう?
たとえそれがどれほど正しいとしても、
それでは感覚感情はどうにもならない。
感じることを止めさせることはできないし、それこそが自己否定になってしまうから。

いつかはそこから踏み出せる。
コレほど言うは易く行うは難しという言葉に相応しいものを私は他に知らないかもしれない。だってたぶん霊的な学びの道においてコレが一番困難であるがゆえに多くの人間はその先に進むことのない【ブロック】=越えるべき聖約の正体の1つであり自らの最高の可能性を恐れとして封じられたソレだと私は知っているのだから。
そしてコレこそが男女性性の2つに切り分けた時には必ず女性性原理の学びの核心であるがゆえにどうやっても逃げられないいつかは挑み勝利しなければならない神の試練性を非常~に強く持っているものだと私は確かに理解したらしい。
だから私は知っている。
たとえ他のどれだけの部分で女性性の学びが進もうとこの深淵部分を置き去りにしてはそれこそ私の言う女神様の神託などの女性性の女神パワーみたいなそれは必ず封じられているのだと。
……そこに聖なる二元性のようなものが見えるのかもしれない。もし見えなかったとしてもそれは確かにあるということは間違いないんだけどね?
何しろ私は明確に理解しつつある。
その絶対に受け入れたくないと無条件に感じさせる言ってみれば無条件の愛の反対側にある根源的な恐れを受け入れ制することこそが、それら神の愛を否定すると信じられたものこそが癒しと赦しと救いの機会として与えられた神の恩寵そのものだったと理解することになるはずのものなのだから。
それが「コース」で言われる意識の転換というものなのだろうし、私の言う「内なる錬金術」としてすべての重みや恐れを持ち上げ掬い上げられるようになるほどの無限の無条件の愛として真の女性性が持ち得る神のごとし「ディバインラブ」と呼んでも許されるかもしれないと思えるくらいの力となる愛なのだろうから。
だからここに二元性の統合としての光と闇のようにわかりやすく良いもの悪いもの好ましいもの気持ちいいもの不快なもの恐ろしいに分割されているそれらを1つのものと知る深淵なる学びの機会というのがあるのだと私は理解してるし、
『最低限でもそれが統合基礎履修済みの証のようなツインソウルの愛として学びその段階を卒業されるために必要なレベルなんだろうなぁー』
とか思ってるってことですね😋
明確な段階ごとの学びのラインとかテーマとかってあるっぽいんですよやっぱり。
そしてここにこそ、
私が一定周期くらいで「ツインレイ」というような言葉や概念を実際にこの場で使ったり書いたりしている=必要なものとして活用している理由やら意図があるんだろうなと?
そんなことを感じ取るわけですな🤔
そしてそれはもしかしたら想像以上に簡単に説明できるものなのかもしれなくって。
例えば、
霊的なマスターを目指すのって基本的に完全な自己統合による神への道なのですが、
それを理解するより前の、
より分離的な認識下での自己統合の学び。
というものを考えた時には、
やっぱり「ツインレイ」ってのはすんごく人間的な二元意識下では形としても精神的なものとしてもそして恋愛的要素を含むからすごく魅力的で受け入れやすいものなうえに
超自然な形でボディマインド以上のスピリットな霊性の学び要素さえ恋愛的パートナー論と錯覚させることで、まだエゴの意識の強い者にも受け入れさせることができる!!
という特筆すべき利点があるわけですよ(笑)
それはまさに一定レベルまでは非常に効率的な霊的な学びのツールになりえるもの
→それを
「ツインレイシステム」
による学び。
と理解するのが一般的かなって(笑)
だからそうなんですよね。
私もその段階は基本的に過ぎてるんですよ。
なぜならそのような超合理的かつ超自然な気持ちでエゴ分離意識の強く残ったままの人格でも霊性の学びを可能とさせる優秀な学びのツールとして見た時のツインレイシステムの基本的な構造や意図というものを知っているから!!
種を理解してるわけですよ、
実際に体験してるから!!
だからそう、
以後の私はソレのことを
【ツインレイシステム】
と自身の理解を含めた言葉や概念として取り扱うことになるとわかるのですよ。
……なに?
じゃああなたはかつては自分もツインレイシステムに夢中になってツインレイを追い求めたり恋焦がれたりしていたけれど、今ではそれらは卒業してるから特に興味なかったり、それらがただ効率的に霊的な学びを可能とさせるためのツールの1つに過ぎないと知っている者だっていうの???
→『ハイ。その通りでございます。』
って感じの立ち位置なんだね、今の私は☆
そしてだからこそ、
ツインレイとして見ていたものの先に必然としてやっぱりマスター論的な、よりダイレクトに自己統合論としての男女性性な学びというものが与えられていると理解してるってことなんだよ。
だって完全に対応してるってわかるもん。
それがいつも私が書いてるやつ、
『霊的な世界観のソレってのは、下から上は全く見えなくてもその反対の上から下はガラス越しってくらいに丸見えなんだよ☆』
という法則性みたいなのがあるわけだよ。
だから【原理】として理解できるんだよ、
かつてはツインレイシステムの中で語り示され体験してきたソレが、例えばマスター論やより直接的な自己統合の学びの道ではどのような要素として表れ求められる体験やどのような学びに対応しているのかって部分がね🙆✨
なぜならコレこそが私の言う【一般化】という概念であり、それが宇宙の法則だとか神聖性に由来するがゆえの完全な知識=KNOWLEDGEとして既に内側にあったものとして認識可能になることは必然で超自然な実相世界的な性質であり実在性を根拠として説明だけは簡単なものだから、
だよ👌✨
だからそう、本当に。
わかってしまえば簡単なんだなって!
そう思わずには居られないんだねぇ(*´ Δ ˋ*)🍵
そしてコレもまた封じられてた女性性パワーというやつだとわかるわけだよ。
その性質は内在化と呼べるかもしれない。
それを正確に説明することは困難で今の私には不可能に思えるけれど、どのような質のものであるかだけなら簡単に説明できるものにも思えてる。
それはそう、
自分の中に神聖性を宿す
という言葉で十分伝わるものなのだろう。
そしてその言葉選びからもわかるように、
やっぱり非常~に女性的な質のものなので、
私の言う「エネルギー的性自認」→どのくらい男女性性のエネルギーバランスが取れているか活性化されているか?
というような部分が悪いとたぶん、
無条件に気持ち悪さを感じる類のやつ
だと感じられるんだね?
それは言ってみれば、
女性性を拒否しているから感じるというより、
女性性によって自らが非常に強く拒絶されているとわかるがゆえの不快感
とでも表現できるものなんだろなって。
だってそう……前回の記事にも書いてあるけど、
あの、変質し歪められた女性性の集積地みたいなものであるもはや地獄の様相というか地獄そのものとしか言いようのないソレに自ら飛び込んでそこにある感覚感情のすべてを受け入れ回収することでそこにあったはずの霊的な叡知や神の恩寵を得るための取り組みとしての内なる錬金術を私は水面下で繰り返しているわけだからさ?
いい加減にその基本性質や女性性に相対する際に守るべき一定のルールみたいなものもあることがわかってくるわけだよ?👁️
何しろ私は男性性側のソレなら既に知っているわけだから、その反対側であると理解した上でなら相応に通じる知識もあるわけだよ。それはまさに二元性の叡知としての統合論的知識で、感覚的に前回の記事で出てきたディープスマートというセンスに近いものに思えるんだよ。
もちろん形としては全く違うよ?
基本的に反対側のものだからそれは当然。
でも「通じるもの」だとか、見た目的な違いという知覚を超えて直感的にダイレクトに認識することができる同じ部分ってのがわかるんだよ。
それこそ長年(体感15年)スピリチュアリティだとか男女性の統合論だとかに興味関心を持って、それが直接的に恋愛的幸福論にも通じる本質部分だと信じられたからこそ自分事な個人的願望や野望のためにもそれはそれは真剣に学んできたわたしにとってはね(笑)
エゴの功罪ってやつだよね、本当に😌
その構図は2つの神の恩寵と呼んだそれにとてもよく似ているなって……二元性だからそれを理解した上でなら当然だってわかる程度のことなのかもだけどさ?
ディープスマートの話は前回の記事を参照してね☆
そうだね、
この記事は夜中に例の女性性の癒しのワークと言えば綺麗な表現になるけど実際はアレ↑って感じの取り組みを進めていた結果、また何かしら急激に閃いたりする感じで、
『……この感覚は「ツインレイ」だな?
なんかよくわからんが急激にツインレイを認識できる意識状態になったらしいぞ!?
コレは一体なんなんだ???』
というような状態に変化したので、
久しぶり~に、
それとな~く、
ツインレイ的な情報をユーチューブとかで調べたりしたんですね、
それとな~くなやり方で!!
いやだって、困惑するじゃん。
その感覚はまさに前回の記事で書いたダブルバインドってやつなんだよ!!😂
私の内心はまさにこんな感じ
『な、なんだこの感覚はっ!?
なぜ今になって「ツインレイ」の波動的体感みたいなリアリティーが思い出されるのだ!?
コレはなんなのだ、
私はまた「ツインレイ」をしたくなったということなのか!?』
という気持ちになりました\(^o^)/
だから、
それとな~く
調べたんですよ。
なぜなら「ツインレイ」というのは、今の私にとっては何年も前に(奇跡のコースな世界観的表現としてこの言葉→)既に取り消された「高位の幻想」の1つだと理解して納得しているから。
もし仮に今の私がその「ツインレイ」としてかつての自分が見ていたリアリティーを認識するのだとしたらたぶんそのアンチテーゼ(=取り消すための聖なる幻想)として使った【ディバインレイ】なる言葉をせめて選ぶと感じられるから!!
……なぜ「ツインレイ」なのだ?
私はまたツインレイが(以下略)
せめて【ディバインレイ】だろうに……?
と思ったわけですよ。
それは一言(?)で表すと、
『うわっ、マジかよ、』
という感覚で、
→『この期におよんでまだツインレイとかいう甘い幻想に溺れていたいとでも心の奥底では思っているということなのか私は!?』
というような焦りや苛立ちや失望感が混ざった感覚が沸き起こってきたということです/(^o^)\
だからダブルバインドするんですね。
①パターン
ツインレイ!!
いいですよね!!
恋愛的パートナーシップにおける究極的な幻想として最高ですよね!!
という気持ちと↕
②パターン
ツインレイ!?
なんで今さら!!
まさか私はまだツインレイなどという偶像の1つに未練を残しているとでもいうのか!!
……情けないなっ!!
という、相反する2つの思考やらそれに伴う感覚感情に翻弄されたわけですよ\(^o^)/
そしてコレは「感覚感情」の話だから、
対処法としては1つ、
無くなるまで感じきってやる!!
という道しかないわけで。
覚悟を決めるがよけれ。
男性性でも女性性でも構わないからなんでもいいからその怨嗟の声の中で救いを求める声に耳を傾け、そして自らが掬われるという体験を進めることなくしてその先には進めないのだから。
(ex.そしてそれは時が満ちるまでは決して通ることのできない霊的なイニシエーションな儀式として精神世界的には認識されるものなんだろなってこともわかる。
その場合には『今のあなたがここに来るにはまだ早いし通すわけにはいかない。帰りなさい』とか言われるようなものなんだろうなぁって★)
ハイ。
その結果として私は無事にお目当ての情報
→今回知るべき辿るべきシナリオとして用意されていた体験や情報を得ることができたということなんですね😃✨
そこで私は1つの可能性を見たわけです。
『……コレは私も配信者になるしかないということなのでは?』
というような!!
そしてその理由は極めて明快である。
→『コレぞ!!』と思えるようなスピリチュアリティな男性配信者である人物を数人だけでも見つけることができたから!!
私はたぶん、その立場ゆえに「女性性の癒し」とかそういうものを直接的には全く求めていないしそのやり方は私に相応しくないと理解してる。
それはそうなんだけど、
だとしてもスピリチュアルの原理やら性質ゆえに明らかに男性性の霊性要素が不足することは避けられないし実際にそうなっていると感じられるような現状ってのは、まさに【マスター】としての私の立ち位置や視点から見たら放っておくべきものではない何かしら対処される必要のあることだと非常に強く使命感を呼び覚まされるようなものであることも確からしいんだね?
そもそも、
【男性はスピリチュアルな現実感というものを真実実際に必要とはしていない。】
ということを真の意味で認識できるのはその性質上たぶん男だけなんだよ。
それ自体は正しいんだけど、
それはわかってるんだけど!!
でもその原理的正しさによってスピリチュアルな現実感や人々の中には本当に【男性性】と呼べるものが不足することは一定レベルで避けられないという、たとえ原理的には必然だったとしても不調和でバランスの悪い状態が実現されてしまうこともまた当然のように認められるべき事実だとわかるわけだよ。
だからどうしたもんかな~って、
私はたぶん使命感的にはそれに勘づいた3年くらい前からず~っと模索してる状態なんだなって自覚してるという状況というか、スピリチュアルなワーカーでありマスターを自称する男性である私の立ち位置からは見えているものなんだよ🤔
それは明らかに必要だと思うけど、
ただソレについてどのように働きかけたり介入したり自分を使っていけばいいのか?
という部分がずっとわからなかったわけで。
そして例の心の地獄な女性性の癒しを進める恩恵として、そこら辺の高次のブロックみたいにも思える私の持つ潜在的な可能性というものが見えるようになってくるわけで、
その結果として見えてきたりそういえばそんなことを考えていたこともあったなと思い出されるようになったのが配信的な方面の話なんだね?
ここまでがこの記事が書かれるまでの背景の話ということになる。つまりソレが恐らく私の女性性の癒しが進むことによって呼び覚まされた霊的な叡知の還元のような質としての豊かさの共有やシェアとしてのこの記事の本質や意図されている部分なのだとわかるんだよ👌✨
なにしろ嘘かホントか私は、
『聖者はビジネスしない』
とか告げられているかのように地上の枠組みとして認識することができる「仕事」やら個人としての収入が得られるような「収益化」みたいなものを未だに果たせずにいるわけで😂
そしてそれは当然私にとっては
非常~に悔しいこと
だというのもいい加減に理解してるし、
いわゆる「忸怩たる想い」と私が呼んでいるような例の女性性ワークな地獄化してる心の中をただひたすら眺め受け入れていくような取り組みも進めているわけだよ、
何しろ私は思っている。
なぜだ、なぜなのだ……
もう明らかに私の方がワーカーとしての能力も経験もセンスも潜在能力としての才能すら上で有り得るということはただの傲慢な思い過ごしではないはずの段階に達しているはずなのに……
なぜ私は認められない!!
なぜ私は上手くいかない!!
なんで私じゃダメなんだ!?
というもはや【いつもの】と呼ぶべきものの1つにすらなりつつあるように思えるソレらもエンブレイスしていて理解しつつあるのは、
もしかしたらこの【人生の汚点】にしか思えないようなモノこそを神の恩寵として正しく完全に捉え直すことで、それこそが【私が求める豊かさ】へと辿り着かせその可能性を開くための探し求め続けた【神なる鍵】と呼ばれるべきものなんじゃないだろうか???
というような例の意識の転換のようなものが起こりつつあると感じているのですね。
そして、
そしてよ?
今日のワークブックのレッスンは?
「私は神の法則のもとにのみあります。」
…………もうこんなの仕組まれてるだろ。
って言いたくなるくらいに、
今の私が考えていること感じ取っていることとそれに対応している人生状況のためにあるかのような言葉だとわかるわけですよ!!(っ'ヮ'c)
もうこんなの仕組まれてるだろ。
これが神の最高最善のタイミングなのか……
とか感じないわけにはいかんですよなぁ?
……で?
それをどうやるかって???
ハハハ、
それが今のワシにはわからんのですな!!
って感じなんだね(笑)
そしてそれを知るためには、
また延々と沸き上がってくる呪いの類にしか思えない実際に心身に超不調感を呼び覚ましてくれるような深淵な女性性の癒しのワークみたいなのを進めればいいということがわかるのです。
何しろ面白いくらいに進んだり新たな理解が得られるようになるからね!!
アレはもう良薬は口に苦しってレベルじゃない気もするけど、でも幸いなことに私はそこら辺を非常~に長く男性性意識と原理の中で挑み続け実践してきた後だから、
もうそんなにも苦痛ではないんだよ。
ただ原理的に、
いつになってもこの感覚には慣れないな……
と思わせられるような類の体感や感覚感情を抱き締めることは相応に痛くて苦しいわけで。
だから私もずっと理解できなかったのかもしれないんだけど、
たぶんそのうちその地獄なたいな心の中の怨嗟の声だとか、その内側の想いを写し出すような外側の体験に思えていたソレらとかも、
本当にそのどちらもですべてが真なる神の恩寵だったものとして見え始める時が訪れつつあるということもわかっているんだね?
何しろ私は思ってる。
『内なる錬金術なんてのは自ら地獄に飛び込む究極の自己否定にすら思えるものなのに、実際にはその一番探したくなかった場所にこそ自分がこの世界で探し求めても見つからなかったすべてがあると知って行く体験は、その不可避の苦痛と差し引いても【挑む価値】がありそれらこそが【聖なる豊かさ】として知ることができるのはまさに神の奇跡を目撃する感動的な体験で、それらがすべて自分のために用意されたすべてであると同時にたった1つの賜物だと知ることができたなら、もはや何の不満も無くなるし心から感謝することができるとわかるソレは既に究極的な愛や救いとなるものだよなぁ』
みたいなことを!!
だから私はそれを続けるのだろうし、
その副産物としてのこれらの表現は続けられることになるのだろう。
果たして私が本当に欲しかった【豊か】と共にあるものとしての【救い】とはどのようなものだったのだろうか?
……もしかしすると本当に私はそれをまだ知らなかっただけなのかもしれない。。。
それなら私は、今度こそ神の恩寵として示され続けていた、まさに奇跡の道を生きるというようなコースが示す自己の在り方の中でも何一つ失うことなく完全に取り戻し保ち続けた真の自分としての記憶とそれを写し出すに相応しい最高の可能性を見ることができるかもしれない……
それを知る時、
きっと私は喜んで「コース」を学ぶと共にそれこそが自分にとっての人生の汚点であり絶望するべき罪業の証そのものと信じたすべてが与えられていた真の意味を悟ることができる者となるのかもしれない……
とか思うんだね😋✨
だからそういう意味ではツインレイもマスターも等しく同じ機能で役割なんだよ。
そして実相世界にまで自らの心=意識を連れていくことができたなら、

っていう、
サンシップとか豊かさの力学として語られる神の子としての神聖な自己の性質と実相世界としての高次の現実感に入って行けるんだなーって!
それがわかるから嬉しいんだね!!
だからもう確かに本当にそう思い始めてる。
あらゆる罪業の証と私が信じたソレも、
恐れから隠すことなく聖霊に捧げ実在性の光に照らし出される時に、その真なる意図や神のシナリオで最高最善として与えられていた神からの私だけへの贈り物としての自分と人生のすべてを受け入れ愛することは本当に可能なんだって!!
だってそれはただ私が隠していたから罪業の証として温存され闇の中で守られていた幻想に過ぎないのだから。
それも「コース」は語ってた。
神の愛と光はあらゆる所に届くけれど、
たった1つ分離を信じる意識の作り上げた闇の神殿としての心とその証明たる身体の中だけには届かないものになってるって。
……神があなた方を愛するあまり、神の愛や記憶を自ら封印し忘れ恐れに満ちた悪夢の夢の中に留まりたいと望む限りはそっと見守って時の終わりまでずっと待っていてくれる
というような話を思い出すよね(笑)
まさに、愛。
自ら悪夢を求めるならその願いを叶えてやろうというその無条件の愛こそが愛!!
だからさ?
ソレを理解した私は思ったんだよ。
エゴとして未熟な心を持つ私たちってのは、
本当~に冗談抜きで【神の子】って呼ばれるくらいに本来は純粋で無垢な幼子だと捉え直した方がよっぽど正しくて幸せなんじゃないかなって。
それならさ?
私たち個々人に多少でも多分の落ち度があったとしても全く大差ないよなって思うし、
もしも私が真に完全に無条件に赦され救われることがあるのだとしたら、同じくらいにそれは赦されず有り得ないと私が思ったり自らもそう信じていたであろう彼らも等しく救われるのはあまりにも当然のことなんじゃないかなって?
いわんや悪人をや
↓
(善人なおもて往生を遂ぐ、
いわんや悪人をや)
の聖者マインドがわかるんだなって。
不思議な気持ちになるんだよね、コレ。
わかるようになったらわかるんだもん(笑)
だから聖性って凄いなって思うし、
本当に信じられるんだよ。
私一個人の意思や思惑なんてものは完全に越えたものとしてそれが自らの真の意志と認めるに相応しいとわかってしまうから!!
そう、だからきっとコレが私の知る「ツインレ イの学びの先にあるもの」として語り示すことができるものなんだろうなって思うよ。
多くの人間には(まだ)必要ないかもだけど、
その先を知っておくことは価値あることだよ?
なぜならそこではいくらでも自由意思が認められているんだからさ☆
だからこそ私はソレをペナルティー無しで表現できるかもしれないんだよ。
あなたの感覚を信じればいいじゃない。
あなたがそうだと感じるのならそれこそが正解なのでしょう?
(でももしも、それでも何かしらの違和感や不信感や何かに自分が騙されたり操られている感覚を無視できなくなったりその絶望感に耐えきれなくなった時には、その時にはこっち側に来るといいよ。歓迎するから☆)
って語るのが私らしいんだなって🌠
それは超自然な道筋で時間の問題でしかないんだから私がわざわざ勧誘するまでもないでしょ?
もちろんあなたが望むのなら必要なだけその道を示してあげようね☆
っていうスタンスなんだなって。
「私は神の法則のもとにのみあります。」
さて、その言葉が本物だとして、
私にも通用するかどうか見物だよね!!
私にも見せてもらおうか、
「コース」が語る神の奇跡とやらの救いを!!
って本当に思うもんね😆💥
それはまさにアレ。
『できるというならやってみせるがいい!』
↕内情
『……本当にできるならやってほしいもん。』
っていうね、
あんまり必要外では情けない真似はできないし自らの立ち位置や役割を明確に語ることは許されていないってのも自称マスターとしての私の立ち位置の厄介さではあるんだよ。
……まぁそれをこうして語れるってことはもう制限されてないのかもしれない、私に神のシナリオ上で必要とされた特定の立ち回りや一定の表現様式とか=聖約も今となってはただの過去の幻想の話なのかもだけどね🌠✨
