子どもの探し物を一緒に探すとき
井上揚水さんの歌が頭の中で流れます。
探し物はなんですか~
見つかりにくいものですか~
(中略)
夢の中へ
夢の中へ
行ってみたいと思いませんか~ふ~ふっふ~さぁ~
(うろ覚えなので間違ってたらすみません)
完全に現実逃避だろって
突っ込みを頭の中で入れつつ
あわてて探す子どもを
あわてない私が一つひとつ丁寧に
鞄の中から全部出して
確認する。
大体それで見つかるのですが
時折見つからない時もある。
さらに外や教室に探すときもあるけど
そういう場合でも
あわてないで他の人に判断を仰いだり
子どもにどうしたら良いか考えさせる。
困ってる時
怒ってる時
それは本人が何かを学ぶ良い機会だと思ってるので
基本手助けはするけど代わりにするということはしません。
どういしても、とか要望があったり、は別ですけど。
本人がそこで感情が動いたり
困らないことにならない限りは
本人の問題にならないし
同じ問題が繰り返されるようになると思うから。
だから、子どもに聞くのは
「どうしたの?
次、明日どうしたらいいと思う?」
と考えて貰い繰り返さないように行動を振り返って貰うこと。
でも、子どもって反省はしないんですけどね。
「ごめんなさい」って言えば良いと思ってる子がいたりするから
そういう子にも疑問を投げかけます。
もしくは「ごめん」って言うことは
「次しないように努力したり頑張ることなんだよ、それは出来そう?」と。
言葉に重みを持たせる声掛けを添えるように
私ができる声掛けをします。
大人ができることなんて
本人がすることに比べたら少ないことだし
本人が努力したり頑張らない限りは
学習はしないんだよな~
なんて思います。
もちろん、一連の会話から
この子はこういう子なんだ~とか
探したって言い張っても
譲らないことが大事なこともあるんだ~
なんてこちらが学ぶことはあるんですけどね。
荒れてる現場に居たときに
その現場の上の方から問いかけられたのが
「あなたは現場で色々あったと思いますが
何を学びましたか?」
と言わて
たいして答えられなかった私。
確かに現場の現状を収めることに
注意が行き過ぎて
学びまでに意識がいってないことが感じられ
その言葉は今の現場に移っても
変わらず心の中にこだましています。
そして、私は子どもに問いかけるのです。
「あなたはこの事から何を学んでますか?」と。
困難な状況に置かれている方
感情に振り回されてどうしようもない方
色々な環境にあって
色々な関係があって
私が助言するなんておこがましいし
大抵は的外れなことが多いと思います。
時には問題に向き合わず
距離を置いたり
心落ち着くまで待つことも大切かもしれません。
でも、どんな困難な状況にあろうと
むしろ困難な状況であればあるほど
考えることというのは
感情が揺り動かされているのを素直に出すのと
同じように大事なのだと勝手ながら思います。
感じて考える、考えてから感じて動き出す
最初は難しいとは思いますが
バランスを取ることが大事なように思います。
そんなことを書きながら
私もいろいろあって乱れてるかもしれないです。
ヨガをして少し深呼吸をすることがあって
まず落ち着いて
物事を考えることに集中していきたいと思います。
人は人なので
自分ができることに集中して
自分を変えることに意識を向けたいなと。
つい相手を変えることに意識を向けがちですけどね。
重複する内容の日記を書いてたらすみません。
同じところをぐるぐる回るのも私なのです。
これほどの長文を読んで頂きありがとうございました。