法友へのメール(サティとは)1 | やすみやすみの「色即是空即是色」

やすみやすみの「色即是空即是色」

「仏教の空と 非二元と 岸見アドラー学の現実世界の生き方」の三つを なんとか統合して、真理に近づきたい・語りたいと思って記事を書き始めた。
「色即是空即是色」という造語に、「非二元(空)の視点を持って 二元(色)の現実世界を生きていく」という意味を込めた。

  Nさん、Eさん、
  以下は、前回いただいたNさんのメールからの抜粋です。
  気づき(サティ)の力は高まっているのか 自信は無いが、怒りなどのネガティブなエネルギーを 癒やしや愛のエネルギーに変容させることはよく体験している。
  でも、そもそも気づき(サティ)の力が無ければ 怒りなどのネガティブなエネルギーを 癒やしや愛のエネルギーに変容させることは出来ないのでは?と思いました。
  私が怒りを変容させるときは、もちろん、怒りを否定して、無理矢理変えようとするのではありません。タイ(ティクナットハン師)のように、穏やかな呼吸と共に、今 自分に怒りがあることを認めて、優しく微笑み、抱きしめることによって 自然と変容されていきます。この一連の流れが気づき(サティ)だと言われれば、そうなのかも知れません。
「気づき」  「サティ」  「マインドフルネス」という言葉は、もしかしたら 同じことを指しているのかも知れませんが、それぞれの指導者で 解釈の言葉や、重視するポイントが違っているために、私の中で 言葉の定義があいまいになっているのだと思います。
  私にとって「気づき(サティ)の力が高まっている状態」は、どのような感情が現れても、瞬時にパッと気づいて、パッと手放して、常に平静を保っている、と言ったイメージがあるので …(以上、Nさん)

  私のブログを読んでもらえれば、その文章の中で「サティ」という言葉を多用しているのに気づいたと思います。
  Nさんは、「気づき」  「サティ」  「マインドフルネス」は 同じことを指しているのかも知れない、と言っています。私にとっても、それらは同じです。「ヴィパッサナー」も同じ意味です。
「サティ」は私にとって、とても重要な意味を持っています。
  瞑想とはなにか? そしてサティとはなにか? 
  この問いは、とてもとても大切なことだと思っています。が、なかなか言葉にすることができないのです。ブログの中でも、サティについては一切説明していません。というか、できない、難しいのです。
  そこで、NさんとEさんへの このメールの中で、少しずつ整理して考えてみようと思いました。

  私がキチンと瞑想を始めたのは、2014年の8月からです。テーラワーダ仏教を基本とするCさんのやり方を本で読んで、独学で始めました。その後 直接指導してもらい、正しくできていたことを確認しました。
  毎朝 歩く瞑想と座る瞑想を1時間以上していましたが、それをほぼ1年間続けた後、やめることにしました。
  2015年7月の、Eさんと一緒になった三泊の瞑想会の後の懇親会では、私は「C先生を指導者とすることに決めました」と宣言したのですが、その後いろいろと考えて、1か月くらいで、やはりCさんは違う、テーラワーダも違う、という結論になりました。それと同時にこの瞑想もなにか違う、と思われるようになって、やめてしまいました。

  私は瞑想を始めた最初の頃から、瞑想は日常生活の中で使えなければ意味がない と考えていました。日常の中でほんの一瞬、意識的(サティ)になれるようになったのは、たぶん瞑想を始めて3〜4か月経った頃だったと思います。その後も しばらくは1日のうちでサティしていられる(「いまここ」に留まれる)のは、一瞬だけでした。
  2015年5月の五泊のティクナットハンの(お弟子さんたちによる)富士山麓リトリートで、「悟りとはマインドフルネスを24時間保つことだ」  「テーラワーダ仏教は 集中力を強調し過ぎている」と聴き、強く印象に残りました。「やはりそうなんだ」と思いました。歩く瞑想も ゆったりとした緊張感のないものでしたし、座ったり横たわる瞑想も ガイド誘導つきで、まったく違うものでした。
  たぶん この時の経験が自分の中で徐々に熟成し、その結果 Cさんのやり方が続けられなくなったのだと思います。
  Cさんやスマナサーラ長老のやり方では、日常生活に瞑想をつなげることができません。彼らはそれがヴィパッサナーだと主張していますが、私には サマタにしか思えませんでした。もしくは、サマタ(集中)の要素が強すぎる ように思えました。
  おそらく歴史的には、修行の始めのころからサマタにヴィパッサナーの要素を取り入れるようにしたのが(スマナサーラ長老が日本に紹介した)マハーシ長老のメソッドで、パオ・メソッドのような伝統的なものよりはマシに(よりヴィパッサナーに近く)なったのでしょうが、やはり まだまだサマタの要素が強すぎると思います。

  そんな風に感じていたときにプラユキさんに出会って、手動瞑想を教えてもらったのが2015年の11月でした。そこでEさんに再開し、Nさんとも知り合うことができました。
  そのとき、まさにこれこそ自分のイメージしていたヴィパッサナーだ と思いました。手動瞑想だと集中し過ぎることがなく、日常生活に容易に落とし込むことができるだろうというのが、すぐに分かりました。プラユキさんもタイのテーラワーダの僧侶ですが、これはミャンマーやタイで行われている伝統的なものとはまったく違うものでした。
  この後 半年くらいは、(日常生活での瞑想を意識しながら)テレビを見ながら手を動かしたりして、比較的熱心に手動瞑想を練習していました。さらに半年くらいしてからヨガを始め、「なんだ、ヨガも手動瞑想と同じじゃないか」と思いました。ヨガもヴィパッサナーそのものだ、と思われたのです。ハタ・ヨーガのアーサナは、伝統的なヨガの修行とは異なると言われているようですが、私にはアーサナの維持や その動きを呼吸とともに意識的に行うことは、ヴィパッサナーと同じ意識の在り方に思えました。
  ヨガから瞑想に入る人も多いようですが、この人たちは 自分たちのしているヨガがそのまま瞑想であるということを、分かっていないのだと思いました。たぶん、サマタ(的な要素の強い 座る瞑想)こそが瞑想だと思い込んでいるのでしょう。
  私は、日常生活での瞑想をトライしつつ、集中系の瞑想を1年ほどやってから、手動瞑想やヨガに移行したのですが、結果的には これがとても良かったと思っています。日常のサティのためには、やはり ある程度の集中力が必要だからです。
  そんなことをしているうちに、一瞬しか留まれなかった日常でのサティに数分・数十分と 少しずつ長く留まることができるようになっていきました。

  そして2016年9月のことです。いくつかのことがキッカケとなって、自分のありのままの姿が実にヒドいものであることに気づかされました。
  それは、今までもときどき感じては軽いウツ的状態になり、でも数日で ムリやり元通りに戻していたのと同じものでした。しかし今度は、そこから逃げ出してはいけないのだ と強く感じていました。徹底的にそれを観続けて 解明した後に光が現れる、観続けて 心の底からシッカリと理解した後にしか光は現れないのだ、と思いました。でも なかなか光は見えません。1か月・2か月と日が経っていきます。
  その途中、半年前に読んで 非常に感動したアドラー心理学の「嫌われる勇気」 と 「幸せになる勇気」を読み返すことにしました。そこでビックリです。なんと その本に書かれていることは、すべて自分のことでした。そこに登場する青年は、自分自身でした。半年前に あれほど感動して読んだハズなのに、どこか他人事で 自分自身の問題だとはちゃんと捉えられていなかったのです。
  自分のライフスタイルが、何だったのか。いかに承認欲求に囚われ、いかに縦の関係で他者と関わっていたのか、他者と比べることでしか自分を見ていなかった、ということがハッキリと理解できました。直視(できないのでなく)したくなかった ヒドい自分自身の姿とは、それでした。
  それが分かり、もはや「縦の関係というOS」では生きて行くことはできないと思いましたが、でも新しい「横の関係のOS」をどう使いこなせばいいのか、まったく分かりません。途方に暮れました。でもまずは「嫌われる勇気」をマニュアルとして「横の関係のOS」の使い方を学ぼうと思いました。そのために、それを何度も読み返すために、その本のサマリーを自分のために作ることにしました。
  この過程で少しずつ「新しいOS」の使い方が、そして 光の兆しが見えてきたような気がして、徐々に復活することができました。12月には気分も快調となり、何かとても大事なものを手に入れたような気がしていました。
  それまでの3か月の間は、気を緩めるとすぐにウツに陥りそうになりました。ウツにならないで済む方法は、サティを保つことでした。どうやってそうしていたのかは、よく覚えていません。が、とにかく意識を「いまここ」に置いておかなければ、気持ちがどんどん落ち込んでしまいます。そうやって朝から晩まで、ウツにならないために、必死でサティしてました。

  12月からは、状況が一変しました。「自分は自分の嫌なところ・酷いところを見つくした。エゴを捕まえた。エゴをハッキリと見つけたなら、(悟りにつながる)エゴでないものが理解できるハズだ」などと考え、大きなブレークスルーを経験したように思いました。そして、だんだんとハイになっていったのです。
  このハイの状態が2〜3か月続きました。しかしこのハイの状態の中で、再び 自分が元と同じ傲慢さの中にあることに気づくことになります。
  そうです、「自分はエゴを捕まえた、もうエゴに惑わされることはない」と思ったのも、実は これもエゴの仕業でした。エゴがどれだけ巧妙か、そう聞かされていたことの意味を確認することになりました。それとともに再び絶望し、またウツに落ち込みそうになります。以前の状況に逆戻りです。必死にサティを保ち、ウツに落ち込まないようにするのが精一杯の日々の再開でした。

  今度は前のときより、さらに深刻な状況です。あれだけ苦労して、アドラー心理学も助けにして、なんとか方向が見えたように思えたのに、それが全部ダメだったのです。しっかりとウツにはまり込むことはなかったものの、苦しい日々が続きました。何をどうしていいか分からず、とにかく目を逸らさないこと、「いまここ」から逃げないこと、自分を、すべてを 観続けることだけを考えていました。
  そして、もうジタバタしても仕方ない、この状況を受け入れるしかない、受け入れるというよりそんな風に諦めたときに、また何かが変わったようです。本も読んでいたし、いろいろな考えを整理してもいました。そして、たまたまある本が直接のキッカケになって、突然苦しくなくなったのです。一瞬のうちにではないのですが、2〜3日のうちにそれまでの苦しさ・辛さが、跡形もなく消えてしまいました。どうなったのか分からないのですが、とにかく抜けたんだと思いました。

  それが今年(2017年)の6月のことでした。そして この6か月後、実は今まさに 3回目の落ち込みがやって来たところです。落ち込みを繰り返すたびに、どんどん辛いものへと変化していきます。さらに苦しいのだけれど、もう後戻りはできない。絶対に帰ってはいけないし、そもそももう帰れるとも思えない。進むしかないけど、一体いつまで この状態が続くのか? 数か月単位でないとすると、数年か。それとも今生ではムリなのか。そんな思いを抱えて、サティが何だかよく分からないまま、サティだけを頼りに過ごす日々です。


  私がブログの中で使っているサティという言葉は、以上の文脈の中から生まれた言葉です。必死にサティしているうちに、かなり日常生活でのサティが身についてきたように感じています。サティが日常化するとともに、瞑想しているという感覚がどんどん緩くなっています。逆に、日常の意識が サティに少しずつ近づいているという感じです。サティが途切れているときも、もちろんしばしばです。ハッと気づいて、サティできていなかったと思うことも度々です。でも何かあって「いまここ」を意識しようとすると、比較的容易にサティに入れます。「気の感覚」 や 「ナーダ音」を利用することもできます。
  心が動かされているときも「ああそうなんだな〜」と、比較的冷静に観えている気がします。そういうときは、わざわざ手放すこともなく、たぶん それに捉われていないので、ただ観ているだけでいい感じです。
  これからも気づきを高めていきたいと思っています。それが 一生続くんだと思います。
  ですが、サティがすべてではありません。サティによって どんな智慧を得るのかということが、大事なんだと思います。
  サティは強力な助っ人です。サティとともにありたいと思います。

  これが私のサティのイメージです。サティとともにあるとき「エゴのOS」は作動していません。サティにあるときは、ティクナットハン師の言う「私は着いた、我が家に着いた」という感じがします。すべてがそのままで良かったんだ、愛されているんだ、許されているんだ、という感じがします。もちろん「いつも」ではありません。まだまだです。でも 方向はハッキリ見えている気がします。それだけでも、心は安らぎます。
  サティは、いつでも一瞬で帰れる「ふるさと」です。いつでも帰れることが分かったなら、何処へでも出かけて行くことができます。
  大切なのは エゴを決して否定しないことだと思います。「サティのOS」を手にしても、それだけで この世界を生き抜いていくことはできないでしょう。
  エゴを大切にすること、実はそれこそが「慈悲の瞑想」の指し示していること、だと思います。Cさんやスマナサーラ長老のテーラワーダで、「慈悲の瞑想」が取ってつけたように不自然なのは、その大きな体系の中から 慈悲がすっぽりと抜け落ちているからではないでしょうか。  
  そんなに勉強したわけではないですが、テーラワーダの中からは、このようなサティのイメージは出てこないと思います。

  私のサティが、ブッダのヴィパッサナーと同じかどうかは分かりません。でもそれが分かる人は、この世に一人としていないハズです。みんなそれぞれ、自分のサティを創りあげるしかないのだと思います。
[2017年12月5日]



(最終改訂:2019年10月8日)