「変化するのは、怖くて苦しい」
その通りだと思う。
たとえ一部分であろうと
自分が変わるというのは、
「自我が死んでいく」もしくは
「自我の一部が死んでいく」ことだから。
大前さんは、
交通事故で膝下を失ったために
変わらざるを得なかった。
でも 同じような経験をしても、
変わらない人もいるだろう。
もちろん 変わらなくともよい。
人それぞれだ。
それがイケナイ などということはない。
でも、
変化しなければ その先の進化はない。
進化に伴う 自信も生まれない。
「苦しみ」 が、 「変化」 を連れてきてくれる。
「苦しみ」だけが、 「変化」をもたらす。
人は、変わろうとしても 変われない。
表面では変わろうと「思って」いるが、
心の底では変わることを「怖れて」いる。
「苦しみ」は「変化」の入り口だが、
誰もがそこを通り抜けれるわけではない。
「苦しみ」を感じている
「わたしの世界」 には、 「わたししかいない」
だから、「わたし」が始めるしかない。
「勇気」 を持って、「わたし」 が
一歩 前に踏みだすしかない。
これは、勇気の問題です。
1か月ほど後の道新コラムに
また大前さんの記事が載っていました。