日本国内でノロウイルスの猛威が吹き荒れています。友人や知人、同僚や家族、そして自身も感染した方が多いのではないでしょうか。医療関係者によると、マスクやうがいは必須、調理器具は85度以上の温水で1分以上消毒することで発症の可能性を逓減させることができるようです。当面は生ものの摂取を控えた方がよさそうですね。

 ところでこのノロウイルスの感染者が出た主な国が、各大手メディアから発表されました。日本をはじめ中国やアメリカ、オーストラリア、ヨーロッパなど世界中で感染者が確認されているようです。偶然あたしは昨朝、テレビを観ていました。ぐるぐるとチャンネルを回していると、不思議な画面が飛び込んできました。フジテレビの得ダネ!における「感染者が出た主な国」の世界地図です。

 そう、お隣の国・韓国では感染者が出ていないことになっています。気になってインターネットで調べていると、各大手メディアでは同様の表示となっており、韓国では感染者が出ていないと受け取れます。ところが、先月のはじめ頃、韓国ではノロウイルスに汚染された疑いのあるキムチや調味料が流通していることが判明しました。事態を重く見た韓国の食品医薬品安全庁が回収令を出しました。

 とはいっても、韓国では感染者が出ていないのかと思い調べを進めているとつい先日もソウルや浦項の高校で感染者が出たとありました。またアメリカの食品医療品局は、韓国産の貝類の販売を禁止にしました。もちろん、これらの経過を踏まえても、日本国内の感染は韓国から入ってきたものだとは断言できません。

 ですが事実を隠蔽し、ねじ曲げるのであれば別です。冒頭の韓国内での回収令については、日本の厚生労働省も認知しており、12月6日に該当食品の積み戻しを通達しております。ではなぜ、このような事態に見舞われたのでしょうか。それは多くの方がご存知ある通り、時の管政権において、韓国産キムチ等食品に対する3年間、衛生検査を免除されました。ノーチェックで食品が輸入されているという事態になりました。

 厚生労働省の通達がある以上、現在国内で猛威を振るっているノロウイルスと関連がないと言い切ることができません。にも関わらず、大手メディアは知らぬ存ぜぬを押し通し、国民の健康を、生命を危険に晒しています。既存メディアは衰退し、その信用度は日付にしかないと思われます。

 あたしは同食品の危険性を友人に以前から話していました。こんなこと、少し調べれば随分前から指摘されていたことです。新政権に想いを馳せるのもよいですが、現状の環境から言えば、自衛しか手段はありません。ただし、1つだけ光明をみるとすれば、自衛という能力が多くの方に備わるということです。今現在、大手メディアの情報を鵜呑みにしている方は皆無だと思います。

 ですがこれら大手メディアをけなしたところで、なんの意味もないと思います。相手にしなければ、頼らなければよいだけです。犬を叱る時、犬と同じように吠えても何ら改善されることはありません。大手メディアと同じレベルに降りてまで諭す必要など、微塵もありません。すべての方の健康と生命が危険に晒されるような環境ということを認識し、情報を精査しましょう。
 先生は絶対だった。子どもの頃、親と同じほど怖い存在で、間違えを犯さない人種だと思っていた。友だちは、クラブをさぼっただけでみかん入れのような網にビー玉がしこたま入ったそれで、頭を殴られていた(その名は梅田君)。それでも行為自体も間違いとは思わなかった。教育とはそのようなものだと思っていた。
 先生の言うことは絶対で、間違いのないものだと考えていた。おかしいと感じても、総合的にみて間違いはないという見解を持っていた。だがその見解は現代において、適用することができないものだと感じる。

 識者というか、一部の大人はどうなっているのでしょうか。左翼というよりも、国家転覆を夢見る連中が息を吹き返しはじめました。特に教育に関わっている人間の思考に如実にみられ、教育することにふさわしくないと思われる人が教壇に立っている現実。



 言葉というものはもっとも身近な呪でもある。言霊という言葉があるように、言葉には人知を超える力があると考えられています。また、流行語大賞なるものや、今年の漢字といったもの。言葉が世相を表す。ですが大半の場合、ご都合主義で使用されている場面が多いことも1つの事実だ。

 戦後レジームからの脱却という言葉が突然メディアから消え失せ、劣悪なイメージを植えつけるための言葉が踊りはじめました。これこそ民主党が、メディアに対して言論統制を計っていた裏返しです。戦後レジームから脱却できていないのは、冒頭にあるような人種たちです。敗戦国となり、生まれた思考。
 こういった人種にとっての利益は戦後レジームからの脱却をしないことに他なく、脱却できればそれこそ自身の居場所を失うからです。脱却できないという現状を前提として、主張していただけです。可能性が見えた瞬間に言葉を消失させる。あわれな隙間産業に過ぎない。隙間産業で利益を出すためには、目立ってはいけない。目立てばそれは隙間産業ではなくなり、市場が荒らされる。質素なビジネスモデルに合掌。



 何よりも、終わった選挙にケチをつけはじめた。もちろん想定通りですが、この行為自体、国民を愚弄しているに等しい。投票率は、比例では、あげくの果てに、選挙制度そのものが違憲だ。分かった上で、国民は選択したのにも関わらず。自身の描いた通りに物事が進まなければ、だだをこねる。年齢による成人という制度をやめにしませんか。いっそ大人と小人の間に、中人という区分でもつくったらどうだろうか。

 選挙前はねじれに対して文句を言い、選挙後は国会がいかにもスムーズに進むことへの懸念から唾棄する。てめえの舌は何枚ついているんだバカやろう、コマネチ。議席数上で圧勝だからといって浮かれていてはいけない、そんな発言を聞かされる前に、自民党の議員たちは自身の口から先に発した。カードを読まれていた人種はまた、いらだち地団駄を踏む。

 でも、1つ言いたい。希望が叶った時にうかれては駄目なのでしょうか。勝って兜の緒を締める、という言葉がありますが、いつ何時うかれていいのでしょうか。この国の人は、常にうかれずに冷静でいることが求められているのでしょうか。喜ばしいことがあれば喜び、つらいことがあれば歯を食いしばる。感情を持ったヒトという生き物は、喜びや悲しみといった表現ができるようになったことに感謝するためにも、すなおであるべきだと思います。望んでいたことが叶った方は、すなおに喜び笑いましょう。
12月16日、いつも行く立ち飲み屋さんで餅つき大会が催されました。朝七時からということでしたが、諸々の事情で昼前に到着。店の前は人だかりで街頭演説でもやっているのかと言わんばかり。あたしは週に2~3回は行くいわゆる常連組。立ち飲みながらも、いつも席が決められています。

 お客さんばかりだろうなと思っていましたが、見たことのない方が多く、小さなお子さんを連れて来ている人も多数。子どもたちはついたばかりの餅を丸めたり、大人に混じって杵で餅を打ったり、と活気に包まれていました。どうも、近所の方が大勢参加しているようでした。確かに、あたしのような飲み屋の客ばかりでは年寄りだらけで、譲り合いの餅つきになりそう。

 餅つき大会ですが、オヤジたちは酒飲みが目当て。ビールから酎ハイ、焼酎、ウイスキーと、ふんだんに用意されており、それらは自由に飲み放題。ばら寿司をはじめとしたアテになるものも用意されており、もちろん無料。至れり尽くせり。

 総選挙も終え、今後の景気回復を期待する声も高まっていますが、当然すぐにどうにかなるものではありません。そして実際にどれだけ不景気なのかは、疑問がもたれる箇所もあります。特に大手企業の貯蓄している利益はどれほどのものか、想像を超えるでしょう。
 
 大手企業ではないにしろ、立ち飲み屋さんは、いつも満席で所有物件でもあり利益はしっかりと確保できているのは火を見るよりあきらか。ですが、得た利益を地域の住民の方や、飲み屋のお客さんに対して、このような形でちゃんと分配する姿勢には頭が下がる思いです。それぞれやり方はあるでしょうが、過剰な利益をボーナスや社員旅行として、社員とその家族に分配する。少し前までは当たり前であったこのような慣習が消失しつつあります。
 どんなに巨額な利益を上げていても、立ち飲み屋のお母さんに勝る経営者はほとんど見られない昨今。ありがたさと謙虚さを学び、日曜日の昼前には足下がおぼつかなくなりました。