ファイナル・カットを観ました。
例の如く記憶だけで書いておりますので、名前などいい加減なところがあります。
近未来、Zoe と呼ばれるチップを産まれた直後(?)に体内に埋め込むことにより、以降のその人物の記憶(見ていた映像・聞いた音声)を全て記憶することができる。
記憶メモリー Zoe はインプラントされた人物の死後に取り出すことができ、人生の最後、にリメモリーと呼ばれる上映会が開催され、その記憶を映画のように上映し個人を偲ぶことが流行していた。
そして、その個人の記憶のメモリーを2時間ほどに編集する仕事人がカッターと呼ばれている。
このカッターには特別な法令があり、カッター自身インプラントしてはいけないのだ。
赤の他人の人生を編集するカッター。
編集にはその人物のすべての記憶を観るため、対象となる人物の人生そのものすべてを観ることになる。
故人の身内である多くの依頼人は、いい思い出だけに修出することを望み、過去の人生を美化するものでもある。
また、過去を美化することは故人を冒涜することこだと、反対の人権派のデモが盛んに行われてもいた。
中年の男性アランは、腕利きのカッター。
彼の元には常に依頼が殺到しており、2年先までスケジュールが埋まっている。
まさにカッター界のカリスマ的存在となっていた。
人の人生を観るカッターの彼には、思い出したくない過去があったのだ。
それは幼い時の友人ルイスを遊び半分で危険な場所で見殺しにしてしまったことだった。
以来、この記憶に悩まされ続けている。
そんな時、大手会社バニスター社の社長のリメモリー上映のための編集を依頼される。
だが、この社長には会社を大きくするために幾度となく不正行為を働いていた。
その不正行為をなんとか暴こうとする、アランの友人で元カッターの経歴をもつ人物に、アランは彼からバニター社の社長の記憶メモリーを500万ドル譲ってくれと頼まれる。
だがアランは、カッターとしてのしっかりとした責任感、依頼者への誠意を持っており、そんな誘惑に負けることはなかった。
こうして、なんとかバニスター社の記憶メモリーを奪う彼らとアランとの巡って争いが起こるのだった。
人の人生を覗く仕事とはいったいどんなもので、どんな苦労があるのか。
そしてもしも自分がインプラントされていて、死後、誰かに自分の人生を覗き見されたら。ひとりの時間を暴露される、そんな恐怖によって、正しく人生を送るということも狙いの記憶メモリー Zoe 。
この作品を通じて感じたのは人の記憶は曖昧で、記憶の中で美化されていること、また、誤解したまま記憶していること、人間の脳とは記憶においてどんな補正がかかるのでしょうか。
また、どこかからいつも覗かれているという宗教観に触れていることも重要だと思います。
われわれ日本人の多くは見えない神に怯え、できるだけ善行を行おうとしています。
クリスチャンならイエスであり、仏教ならブッダであり。
前例のように、社会的なモラルというのは、人の死後と引き換えに守られている、という絶対的な見えない存在というものがまさにこの記憶メモリー Zoe なのでしょう。
では、なにかを引き換えにしないとモラルというものは守られないのでしょうか。
人は誰かが見ている時にしか、正しい行動ができないのでしょうか。
現代、モラルとはいったいどのような存在なのでしょうか。
モラルというものが絶対ではいけないような気がします。
その言葉の持つ力は、いつの間にかあまりにお巨大になり過ぎたと思うからです。
例の如く記憶だけで書いておりますので、名前などいい加減なところがあります。
近未来、Zoe と呼ばれるチップを産まれた直後(?)に体内に埋め込むことにより、以降のその人物の記憶(見ていた映像・聞いた音声)を全て記憶することができる。
記憶メモリー Zoe はインプラントされた人物の死後に取り出すことができ、人生の最後、にリメモリーと呼ばれる上映会が開催され、その記憶を映画のように上映し個人を偲ぶことが流行していた。
そして、その個人の記憶のメモリーを2時間ほどに編集する仕事人がカッターと呼ばれている。
このカッターには特別な法令があり、カッター自身インプラントしてはいけないのだ。
赤の他人の人生を編集するカッター。
編集にはその人物のすべての記憶を観るため、対象となる人物の人生そのものすべてを観ることになる。
故人の身内である多くの依頼人は、いい思い出だけに修出することを望み、過去の人生を美化するものでもある。
また、過去を美化することは故人を冒涜することこだと、反対の人権派のデモが盛んに行われてもいた。
中年の男性アランは、腕利きのカッター。
彼の元には常に依頼が殺到しており、2年先までスケジュールが埋まっている。
まさにカッター界のカリスマ的存在となっていた。
人の人生を観るカッターの彼には、思い出したくない過去があったのだ。
それは幼い時の友人ルイスを遊び半分で危険な場所で見殺しにしてしまったことだった。
以来、この記憶に悩まされ続けている。
そんな時、大手会社バニスター社の社長のリメモリー上映のための編集を依頼される。
だが、この社長には会社を大きくするために幾度となく不正行為を働いていた。
その不正行為をなんとか暴こうとする、アランの友人で元カッターの経歴をもつ人物に、アランは彼からバニター社の社長の記憶メモリーを500万ドル譲ってくれと頼まれる。
だがアランは、カッターとしてのしっかりとした責任感、依頼者への誠意を持っており、そんな誘惑に負けることはなかった。
こうして、なんとかバニスター社の記憶メモリーを奪う彼らとアランとの巡って争いが起こるのだった。
人の人生を覗く仕事とはいったいどんなもので、どんな苦労があるのか。
そしてもしも自分がインプラントされていて、死後、誰かに自分の人生を覗き見されたら。ひとりの時間を暴露される、そんな恐怖によって、正しく人生を送るということも狙いの記憶メモリー Zoe 。
この作品を通じて感じたのは人の記憶は曖昧で、記憶の中で美化されていること、また、誤解したまま記憶していること、人間の脳とは記憶においてどんな補正がかかるのでしょうか。
また、どこかからいつも覗かれているという宗教観に触れていることも重要だと思います。
われわれ日本人の多くは見えない神に怯え、できるだけ善行を行おうとしています。
クリスチャンならイエスであり、仏教ならブッダであり。
前例のように、社会的なモラルというのは、人の死後と引き換えに守られている、という絶対的な見えない存在というものがまさにこの記憶メモリー Zoe なのでしょう。
では、なにかを引き換えにしないとモラルというものは守られないのでしょうか。
人は誰かが見ている時にしか、正しい行動ができないのでしょうか。
現代、モラルとはいったいどのような存在なのでしょうか。
モラルというものが絶対ではいけないような気がします。
その言葉の持つ力は、いつの間にかあまりにお巨大になり過ぎたと思うからです。