なぜここまで批判されるのでしょうか。
麻薬、大麻。
 多くの人は嫌悪感を持ってます。
例えば犯罪だからでしょうか。
この場合、他人はどんな不快感や迷惑を受けるのでしょうか。
 ほとんどの人は、ここでいう犯罪者に直接関係していないのではないでしょうか。
 なぜ批判出来るのでしょうか。
それは、この国が定めた法律の範囲内での、犯罪という銘柄のついた行為だからでしょうか。
 では、犯罪に大きい小さいはあるのでしょうか。
例えば、人が犯罪者に対して過剰なまでの反応する犯罪とはなんでしょう。
振り込めサギですか。
交通事故ですか。
窃盗ですか。
はたまた老人や情報弱者をだます詐欺師でしょうか。

 それとも殺人ですか。

答えは誰の心の中にもあると思います。
 
それは個人の中でいうところの、与えたい罰の大きによって、その犯罪の大小が決まっているはずです。

 決して犯罪は助長するものではありません。
ですが、犯罪に対しての罰というものは、あまりにも個人感情が入り過ぎていると感じます。
 それが民意というならば、それは集団ストーカーと同じ犯罪です。

議論やネタとして話をするのは別にいいと思います。
あれやこれやと関係のないところの話ですから。

ただ、迷惑も被っていないのに、自分の感覚が絶対正義のように語るのは、理解が出来ないです。

 極論を言うと、あれやこれやと文句を言っている人は、なにか直接的に被害に会われたのでしょうか。

 人には人の人生、生き方があります。
その人は、人生のそのタイミングの時に、犯罪と呼ばれるそれが必要だったのでしょう。他の人は絶対に分かりません。人の人生を心底から理解することなど、不可能です。


 人間はすべてが他人です。血が繋がっていようがいまいが。
だから繋がろうと努力するのではないのでしょうか。

 普段、気にもしていない、なんの繋がりをも持とうともしなかった人。
例えば、犯罪に手を染めているのはうすうす知っていても、止めなかった人。
 今になって他人の不幸が飯美味状態。

さて、止めなかった人はその犯罪の重さをどう捉えて、止めなかったのでしょう。

薬なんて、結局のところ、司法から受ける罰以上の地獄が待っているのですから、周りがガタガタ罰を決める必要などないのです。