はい。

 

昔「専決処分について」という記事を書いたとき

「これ」もあるけどどうなったのかなぁと、少し触れました。

 

 

忘れたころに…出ましたね!

知事が申し立てを棄却ですって。

 

法律好きとしてはできればさらに争って裁判所の判断を見たいところですが(不謹慎)、

市はこれを受け入れるとのことです。

 

 

 

さて、これは法的には一体何の話をしているのでしょうか?

 

地方自治法はなんか条文が入り組んでいてまとめるのが難しいのですが、

とりあえずお話しすることを思いついた順番に紹介していきたいと思います。

 

まず参照すべき条文は第97条です。

 

第九十七条 普通地方公共団体の議会は、法律又はこれに基く政令によりその権限に属する選挙を行わなければならない。

② 議会は、予算について、増額してこれを議決することを妨げない。但し、普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない。

 

 

いきなり余談なんですけど、

1項に選挙の話、2項に予算の話ってなんかすごく不自然と言うか変な条文だなキモいなって感じますね。

あ…選挙って議会の中の話か。

なるほど。

 

 

気を取り直しまして。

さて、

普通地方公共団体…というかまぁめんどいので市と言うとして…市の予算というのは、

まず市長が調製(作成)し、それを市議会が承認することで成立します。

(同法第211条、第96条第2号参照)

 

しかし、「執行の市長」、「承認の議会」と完全に色分けされているわけではなく、

市民に選ばれた市議会も、定数の1/12の賛同があれば、議案を提案することができます。

(議案と言うのは、議会で決めると定められている事項に関する議題のこと)

 

しかし、それを示す同法第112条第1項においては、

「普通地方公共団体の議会の議員は、議会の議決すべき事件につき、議会に議案を提出することができる。

但し、予算については、この限りでない。」

と、但し書きをつけられているのです。

 

これと先に紹介した第97条のことを踏まえると、

市議会も市の代表者として重要なことについての発案権を一定の制限がありながら有するが、

カネに関しては市長側にイニシアチブがある、と想定しており、

しかしまた他方で、市長の提案に沿ったものであれば、議会が修正を加えることも可能である、

 

…と、そういう建付けになっていると解せられます。

(ちなみに減額は当然に可能と解されています。否決と言う選択肢すらあるからです。)

 

 

 

 

で、問題となった事案の概要はどんなもんかと言いますと…

 

 

あ。

ちょっと問題を語る上で問題がありまして。

 

まず、詳しい内容が分からないと言う点です。

元市長は「議会だよりに虚偽の事実が載せられている」と主張しておりましたが、

多分その紙面とかはネットでは確認できないので、分かりません。

 

事案について語る上で最も重要な、把握しておくべき情報と言えますが、

まぁ仕方ありません…。

動画全部確認するのは流石にめんどいし…。

 

 

そして主張の趣旨がよく分からないと言うのも少し問題です。

元市長はお話しの合間合間に中国新聞が偏向報道を行っていると指摘しており、

 

なんかもうどっちの話をしてるかよく分からんという感じになっています。

というか、最終的には「中国新聞が偏向報道するから県に審査を申し立てる」とおっしゃっていて

法的な論理から離れてしまって、ちょっと何言ってるか分からない状態です。

 

 

 

まーこういうことなんだろうという概略を申し上げますと、

 

①(元市長曰く)議会だよりに虚偽が記載されている(要約が不適当である)。

②是正を求めていたが改善が見られないので、議会だよりの経費を削除した形で翌年度当初予算案を調製した。

③市議会側がこれに反発し、当初予算案に議会だよりの印刷製本費約200万円を加え、

 同額について予備費を減額する(※)修正案を発議した。

④元市長からの抗議もある中で、市議会側曰く委員会で虚偽の事実があるかどうかなども議論しながら、

 修正案について可決することとなった。

⑤元市長がこれについて再議に付した。

⑥再度、修正案について可決された。

⑦元市長がこれを不服とし、県知事に審査を申し立てた。

 

※余談

 市の歳入歳出予算は、歳入予算と歳出予算を同一の金額にして予算案を調製します。

 つまり、「この歳入がいくらで、あの歳入がいくら来るから…同額分の事業執行できるよ!」

 という意味になるわけです。

 

 ここで市議会側が特定の事業費を増やそうとすると、じゃあその歳入はどこから来るのよってことになってしまいます。

 ぶっちゃけ同額って時点でもう帳尻合わせなんだけれども、それはそれで理論上成立はしているのでね。

 

 どこかの歳入がやっぱり増えるよって言っても理論的な正当性を帯びさせるのが難しいわけです。

 やっぱ市税収入もっと来るっぽいわとか言っても説得力がないわけです。

 

 こういった事情から、歳出予算のうち唯一と言っていい、まだ事業費としての色を帯びていない予備費を

 減額することにより、予算案の形を整えているのです。

 

 全体でみれば増額修正じゃないじゃんプラマイゼロ修正じゃんという感じですが、

 まぁ…これも増額修正に当たる、というのが話の当然の前提になっているようです。

 

 

 

話を戻します。

この手続きのバックには、同法第176条があります。

いや…この話ですよね?うん(正直自信ない)。

 

 

どういった内容でしょうか?

 

赤太字は私によります)

第百七十六条 普通地方公共団体の議会の議決について異議があるときは、

当該普通地方公共団体の長は、この法律に特別の定めがあるものを除くほか、

その議決の日(条例の制定若しくは改廃又は予算に関する議決については、その送付を受けた日)

から十日以内に理由を示してこれを再議に付することができる。

② 前項の規定による議会の議決が再議に付された議決と同じ議決であるときは、その議決は、確定する。

③ 前項の規定による議決のうち条例の制定若しくは改廃又は予算に関するものについては、

出席議員の三分の二以上の者の同意がなければならない。

④ 普通地方公共団体の議会の議決又は選挙がその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、

当該普通地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付し又は再選挙を行わせなければならない。

⑤ 前項の規定による議会の議決又は選挙がなおその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、

都道府県知事にあつては総務大臣、市町村長にあつては都道府県知事に対し

当該議決又は選挙があつた日から二十一日以内に、審査を申し立てることができる

⑥ 前項の規定による申立てがあつた場合において、総務大臣又は都道府県知事は、審査の結果、

議会の議決又は選挙がその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、

当該議決又は選挙を取り消す旨の裁定をすることができる

⑦ 前項の裁定に不服があるときは、普通地方公共団体の議会又は長は、裁定のあつた日から六十日以内に、

裁判所に出訴することができる

⑧ 前項の訴えのうち第四項の規定による議会の議決又は選挙の取消しを求めるものは、

当該議会を被告として提起しなければならない。

 

 

正直私にとってはニッチすぎて、

こんな手続きあったんだ…と感じました。

 

 

 

つまり、まずは修正議案についての議会の議決に対して、第4項に基づき再議に付す。

その後再度可決(臨時議会を開いたようです)されてしまったので、第5項に基づき審査を申し立てる。

 

となると、県知事としては第6項に基づき、

「法令若しくは会議規則に違反する」かどうかを判断し、裁定しなければなりません。

 

 

市がどのような主張をしたのか…

ざっとニュースを見た限りではそれは誰も興味ないのか明らかでなく、

情報公開請求でもしないと駄目かなという感じですが、

元市長の説明を聞いていると、第97条第2項違反としたのであろうと思います。

 

 

では、第97条第2項にいう「提出の権限を侵す」とは何なのか?

これには行政実例があります。

※行政実例:行政って普通こうするべきよって言う助言みたいなもので、法的拘束力はありません。

 

いわく、「予算の趣旨を損なうような増額修正をすることは、長の発案権の侵害になると解する。

予算の趣旨を損なうような増額修正に当たるかどうかを判定するに当たっては、

当該増額修正をしようとする内容、規模、当該予算全体との関連、

当該地方公共団体の行財政運営における影響度等を総合的に勘案して、

個々の具体の事案に即して判断することが必要である」

 

とのこと。

少し具体度を上げて言い換えますと、

増額はできるんだけど、全然予算に現れていないような事業だったり(内容、関連)、

クッソ高額だったり(規模、影響度)な場合は

ちょっと提案権者無視しすぎだよねってことで、場合によっちゃ駄目っていうことですね。

 

 

 

で、

ニッチすぎるからかあんまりこの論点に関する文献と言うか、解説がなく、

とりあえず財務実務提要という、行政機関同士の質問回答にあるものを紹介しよう、と思ったんですが…

 

思いっきり「公衆送信禁止」って書いてあるのでそのままは書けないんですね。

公的な見解に著作権あるんだ…(自称法律好きの無知っぷり)。

 

まぁ、いずれにしても、「あーなるほど!」というような解説はありません。

個々の具体的事情に基づいて判断しようね。ということです。

 


で、広島県知事が具体的にどのような判断過程によりその結論を導き出したかですが、

これまたニュースをざっと見た限りでは、あまり明らかではありません。

 

 

 

全体的にヒントが少ない。

いやぁ、難しいですね。

じゃ、一つずつ見ていきましょう。

 

 

①内容

 議会だよりの発行です。

 これ自体は従来予算がつけられていたことから明白ですが、公が実施して相当と考えられる事業です。

 目的としては、市の代表である市議会議員からも行政について発信して、

 知る権利に資そうというところでしょうか。

 人による好みはともかく、一般論としては重要な事業でしょう。

 しかしながら他方で、厳密に言うと「削除したものの復活増額」であることから、

 殊更提案権者の意図を無視したものである、と言う点も重要になり得るでしょう。

 

②規模

 約200万円。

 当初予算の規模が約200億円ですので、0.01%というところです。

 (どうでもいいですが思ったより高いですね…年4回で…)

 

③当該予算全体との関連

 行政の広報は、全てに関連していると言えるでしょう。

 

④行財政運営における影響度

 正直0.01%でも経常経費が減ればウレシイですが、元々あったものと言う意味では

 プラマイゼロでしょう。

 

 

こうしてみると、元市長側に有利な事情は少ないと思えます。

 

 

しかし…

 

 

私が気になっているのは、「①内容」で少し語りました、

修正内容が明らかに「元市長のこだわり部分」というところです。

元市長としても、「これを抜くことが予算の趣旨(の一つ)だ、それを損ねる修正だ」、と言いたいでしょう。

 

例えばどっかの団体に補助金を交付する事業があったとして、財政も厳しいしそれを切る、と判断したところ、

それはけしからんとして市議会側が復活させ、結局切れなかったら

政治的な決断をフイにしてしまうことになります。

 

ちょっと抽象的すぎる例題ではありますが、そういったケースでは取り消しになる可能性が

十分あるのではないでしょうか。

 

 

何か突飛なものでも、市長側がこういうことをやりたいんだっていうカラーによる減額については、

それが金額として些少であっても

実質それを否定するような修正は基本的に控えるべきだろうと思います。

 

 

 

 

 

…が。

今回のケースは棄却が妥当であると私は最終的に考えます。

なぜか?

 

それは本件が…まぁ、言ってしまえば、ちょっと異常だからです。

対象が先の例題とは異なり、本件は議会だよりだからです。

 

再議などの制度は、市長と市議会とが互いに対等な関係にある中で、

相互に牽制しあって調整していくことを目的とする制度です。

 

議会だよりの削除は言ってみれば一方から他方への…他方の言論の抑圧です。

確かに形式上その手続きに乗せられはするけど、本来想定されているのは政策的な対立であって、

このように弾圧と抵抗みたいなシチュエーションはそぐわないと思うんですよね。

 

もっと言うと、その中身もね。

元市長は虚偽が含まれているという話をしましたが、

一般論として、言論の世界で一方が他方に虚偽であると指摘するのはよくあることであって、

名誉棄損など社会規範を逸脱しない限り、基本的にはそれは言論の世界の中で決着をつけるべきことです。

その元を断つというのは方向性としては憲法が厳に禁ずる検閲であり、適当とは思えません。

 

もちろん、議会だよりなんてなくても発信はできるだろうとは思います。

つまり検閲には当たりませんし、なくてはならないものではありません。

 

しかし、従来発行してきたことからすると、

それによって情報を得ていた方々もいるわけで、

その情報の流れが多かれ少なかれ滞ることは明白でしょう。

また、元市長のいう「虚偽」を書かなかった市議の表現行為も制限されてしまいます。

 

民主政国家は、各々が表現の自由を謳歌することにより実現されていくのです。

手段の限定に過ぎないいわゆる表現内容中立規制とはいえ、これを遮るものは社会的に好ましくありません。

 

 

以上より、地方自治法第97条第2項の但し書きにかかる解釈論からの

私の見解は、

「類型的に捉えると、従来つけていた予算であり、また些少である点を考慮してもなお、

予算の趣旨(提案権者のこだわり)に鑑みて取り消すべき議決と言えるが、

削除内容があまりに不適当であるため、その復活による増額修正を認めざるを得ない」、です。

 

 

 

ところで、広島県知事は…

まぁなんというかこれ言ったら結構失礼なんですが、

取り消しなんてしたくないですよね。

 

だってもう新市長になって、この論点において不毛な争いをしないことが明白ですから。

今更議決取り消しなんて言ったら無駄に市職員の仕事増えるだけですからね。

ぶっちゃけ真剣に考える意味ないですよね。

こういった点は判断材料ではないにせよ、問題の異常性を物語っていると思います。

 

 

 

あー、裁判所の判断見たかったなぁ。

第176条第7項。これは、誰かが損害被ったとかではなくて、行政事件訴訟法でいう機関(客観)訴訟ですね。

どういった判断になるんだろう…。

 

国地方係争処理委員会の案件は1審が実質2審として高裁になりますが、

この件も行くとしたら最初が高裁なのかなぁ?

行政法の本捨てちゃったから分からん…。