(一)
これは、約五十年も前の話です。
尋常高等小学校一年生の沖田三郎は学校からの命令で、横浜市の郊外にある、遠藤さんと云う一軒の農家に、四日間の予定で勤労奉仕に来ていた。
学友も一~二名の割合で各農家に配属されていたが、山間で畑も家も離れていたので、誰がどの農家にいるのか知る由も無かった。
当時は、太平洋戦争が始まって約半年が過ぎた頃で、真珠湾攻撃の大戦果や、マレー半島沖でのイギリス艦隊の爆沈等があり、世間は戦勝気分に溢れていた。
とは云っても、四月十八日の昼には、アメリカのB-25爆撃機が一機襲来して焼夷弾を落とし、二三軒の民家を燃やした事件があり、些か緊張もした。
爆撃の翌日、三郎も物見見たさに現場に行ったが、既に憲兵隊や警察が来ていて近付けず、近所の子供から、真鍮製の三十糎程の燃え殻を見せて貰った事がある。
(二)
三郎が配属されていた遠藤さん宅の家族構成は、小父さんと小母さん、それに小学四年生の梅子と、小学一年生の進一との四人家族だった。
朝八時、熱い太陽が照りつける下、(背負い子)を肩に小父さんと小母さんの後をついて行くと、丘の上の畑に着く。
そして、三郎の仕事は、小父さん達が掘り出した薩摩芋や、その蔓を袋に詰めて(背負い子)で家にまで運ぶものだった。
芋は納屋に入れるが、蔓は庭に敷いた筵に空け、梅子と進一がそれを広げる役目だった。
日頃力仕事をしていない三郎にとって、家と畑の間を二十回以上も往復するその作業は重労働で、一日が終ると、肩や腰がガタガタとなった。
しかし、男子の面目、弱音は吐けない。
だが、或る楽しみもあった。晩飯前に入る風呂の事だ。
町の銭湯とは違って、一人で伸び伸びと入る農家の内風呂は、まるで天国であり、昔の殿様気分さえも味わえる貴重な一時だった。
例え、薄暗い土間の片隅で、妙なぬめりを背中に感じても、それはそれ、内風呂の楽しさは猶特別であった。
一方、お世話になっているのに云い辛いが、困った事もあった。
夜は進一と一緒に寝るんだが、布団が小さいのは仕方ないとしても、何しろ進一の寝相が悪い。
頭の上に足を乗せるわ、腹は蹴るわと散々で、これには大弱りだった。
尤もそんな時は、半分起き上がって押し返しはしていたが・・・
さて、勤労奉仕も残すところ明日一日となり、今夜はそんな苦労もせずにゆっくりと眠れそうであった。
と云うのも、やっと小母さんが気を利かせ、寝相が悪い進一を梅子と一緒に寝かす事にしたのである。
それで、三郎が安心して布団に入っていると・・・
「進一と寝るのは嫌だから、私こっちに寝る」
と、梅子が寝巻き姿で枕元に立った。
何の事は無い、弟が姉に代わっただけの元の木阿弥で、又、窮屈を我慢しなければならなかった。
(三)
明日は午前中で作業は終わり、皆と一緒の昼飯の後は、一人のんびりと内風呂に入って溜まった疲れを取り、さっぱりとした気分で家に帰る予定である。
帰ったら母親にどんな話をしようか、麦ご飯の事、内風呂の事、(背負い子)の事等々と、三郎はそんな事を頭に描きながら眠りに入った。
ところが・・・暫くして三郎は、脇腹をゴツンと押されて目を覚ました。
「進一の奴・・・」
三郎は仰向けのまま、右手をひねってその背中を押し返した。
だが、指先が滑って、親指が襟元に引っ掛かり寝巻きをずり下げただけで、背中が開いた進一は未だ三郎の脇にいた。
それで、止む無く起き直って、今度は両手で裸になったその背中を押し返した。
左様、正に、その通り。
三郎は進一の背中を押し返したんだが・・・
押している手の平に「??」変な違和感を覚え、其処を見て、三郎はびっくりした!
何とそれは、進一の背中では無く、何と何と、梅子の丸いお尻だった。
その上、ズロースが下がって丸裸だった。
三郎は心臓が止まる程驚き、慌てて両手を引っ込めた!
そして、やや経って気が落ち着くと共に、寝る前の姉弟の交代を思い出し、現在の状況が分かって来た。
初めは、進一だと思って、その背中を押したんだけど・・・
既にその時点で、寝巻きが肌蹴た梅子が其処にいて、三郎が滑った親指で引っ掛けたのが、進一が着た寝巻きの襟ではなく、梅子が穿いていたズロースであった事である。
従って、ズロースは押し下げられ、梅子の丸いお尻が現われたのである。
案の定、お尻の下に、真っ白いズロースの端が垣間みえた。
さあ、大変だ!何とかしなければならない。
三郎は急ぎ中腰になって体勢を立て直すと、両手でズロースの端を掴み、ゆっくりと引き揚げ、それをそれらしき定位置に戻した。
そして、乱れた寝巻きの裾を直し、これでやっと一安心。
何とか気持ちも落ち着いて来た。
ズロースを引き揚げていた途中、指先が梅子のお尻に触れ、其処で二三本の糸屑を擦った様な気がしたが・・・
全てが終った今ともなれば、その様な助兵衛な場所に付着していた糸屑に、滑稽と云うか笑いと云うか、そんな気持ちの余裕さえも出て、三郎は再び眠りに入った。
(続く)