万有引力。
すべてのものには引力があるらしい。

その言葉をふと思い出して、
良い大人の僕が仕事をしながら考えていたこと。

歳をとると身体のいろんなところが引力に負けてくるけれど、例えば人間の平均寿命が1000歳を超えたら色んなところがびろんびろんになって、チアリーダーのポンポンみたいな見た目になるのかとか。

青春時代に感じた、ときめきとか、ズッキュンバッキュンとした感情は足を伝わって重力に引かれ地球の真ん中あたり、に今尚残っているのではないか。
もしかすると地球の真ん中あたりはそういう万物の発した感情なんかで渦巻いて大変なことになってるのかもしれない。

童貞は捨てると引力によって大地に吸収されるのかとか。

やがて来る未来に地球が割れて、
そういうトキメキとか憎しみとかいろんな感情が、
童貞とか後輩とか個人事業主みたいなステータスが、
中から飛び出してきて宇宙に飛散するみたいな。

本当のことなんかわかんないわな。
そこそこ頑張ることについて考えた方が良い。

やる気が無くなる前に頑張るのをやめた方が良いのだと思う。俺は今日もう結構頑張ったので猫の動画でも見ようかなとか思っちゃう。

なのでそこそこ頑張るが良い。力は抜きたまえよ。
好きな事なら好きなだけやれば良いんだぜ。
年齢差というのは我々若者にとっては、いつだって意識の対象になりやすいらしい。

人生の諸先輩方からすると、年齢に関してはかなり大雑把なものになってくるそうなんだけど、そうもいかないのだ。

特に10代はそうなんだと思う。

学校が3年刻みだからかもしれないけど、基本的には同じ年齢、差が出てきて1歳差。それ以上離れると大人か子供みたいな。

当時から結構この思想については静かに反骨的だったんだ。だからフラットに接していたかったんだけど、自分だけフラットだとマイノリティになってしまって、虐げられるのじゃないかとか、トイレの個室に入るとドア蹴られるんじゃないかとか、牛乳瓶投げられるんじゃないかという密かな不安から皆んなに合わせて生活していたのだ!

男子中学生はおそらく、勉強や進学の不安なんか1割も感じていないだろう。

大人からは見えない薄い絹のような心の境界線が存在していて、その向こうで男子が抱えているもやもやというのは完全に人生そのものであると言えよう!

さあ悩め!好きな女の子がどうすれば振り向いてくれるか!どうしたら周りの男子より面白いことを言えるか!そしてアダルトビデオの買い方を!!

そして、その悩みが大人になった時に解決すると思うな!!

勢いで発言をすると後で後悔するし、知らない事を知らないまま進めると後で後悔しますね。

私は小学校の時にコンドームの輪郭をした顔の絵を廊下に展示していました。
後悔はしていません。
当時は、先生や父兄の皆さんを困惑させたことでしょう。
そして中学生になり自分の犯した過ちを知った時、自分は本当に無限のエネルギーをもってして当時の自分をぶん殴ってやりたかった。
ですが、この出来事は自分だけでなく当時の大人にとって老後のショック耐性を育み、小学校とコンドームというサイケデリックな空間作りをすることが出来たという点に関して良かったのではないかと思っています。
なんとなく聞く噂だけど、
また童貞の話なんだけど。

30歳まで童貞でいると魔法が使えるようになるという噂があるよね。

魔法使いになるって。

あれは一理あると思っているんだ。
地球上で知能の発達した生物としての代表である人間。
だが、その脳みそを全て使いきれていないという話も聞いたことがある。
動物っていうのは種を残すために、あらゆる進化を遂げているけれど、厳しい環境に置かれた時も少しずつ変化していくんでしょ?

つまり童貞という、まだ種を残すための経験がない者がいて、意識の外で脳が「こいつはやばいぞ」と判断しはじめるのが30代を過ぎた頃なのではないか。
なんか脳が「進化して種を残さないと」と思いはじめるのが30代の初めなのではないか。

そして、生物の脳の中ではあまり使われずにいた”進化のトリガー”となる部分が急速に動きはじめるのではないか。

それが動き始めると人間には不可能と言われてきた魔法が使えるようになるのではないか。

もしそれが事実なのであれば、男性が魔法を使えるようになってから、子孫を残して行くほうが今後の人類の為になるのではないか。
例えば30歳まで童貞でいないと一人前の魔法使いになれないとかいうプロパガンダを日本で行って日本人の進化を促すとか。

魔女は13歳の満月の夜に旅に出るみたいな。マジカルジャパン的な。

それで何億年後かに、ネイティヴジャパニーズは魔法使いの種族として存在していて「ご先祖様たちのおかげだね」とか言われて。

その為には、あくまで強制力は無いけど、こうした方がいいみたいな雰囲気作りをしないといけない。学校卒業したら就職するみたいな。就職しないやつはマイノリティみたいな。

童貞で30歳を迎える誕生日の日に家族で赤飯を食べるみたいなお祝いをして。

成人式みたいなのを自治体でやったり。
特典を沢山つけてあげたり。毎年自治体の特産物が貰えるとか。
恐らく人生で人から言われた指摘で1番多いのはこれであろう。

にんにく臭い

にんにくに完全にハマってしまった時期が4年〜6年ほどあった。

振れ幅が大きいのは、4年以降は社会人だったので少し忘れようと禁ニクを心掛けていた期間。

あれは高校の時だったろうか。
友人が昼休みになると学校から消えるのだ。
数日間続いたので聞いてみると、とあるラーメンにハマっていると。
そのラーメン屋は高校からすぐの所にある店で、二郎から派生したらしい。
店名こそ違うものの中身は完全に二郎。
誘われたんですが初めは断ったんです。
なんだか恐いし、よく知らなかったので。
だけど「その辺のラーメンより美味しいし、臭くならないよ」など説明されてるうちに1回だけなら良いかもとか思ってきちゃって、気がついたらカウンターに座っていました。
1度行った感想としては、2度と行くことはないだろう。というのが正直なところ。

そして2回目に行ったのは翌日の昼でした。たしか土曜日に1人で。
3回目はその日の夜です。

そうして定休日以外の昼は毎日、バイトのない日は夕方も通いつめました。
通い始めて数日、母親から
「通った場所が臭い」と言われ初めて自分のにんにく臭さに気がつきました。
しかし時すでに遅し。私はにんにく、もといそのラーメンのとりこ。
そこから2年くらいはその食生活が続きました。
体重は15キロくらい増えたでしょうか。
さすがに太りすぎたと思いラーメンを断ち切り元の体重に戻しましたが、今度は食事が面倒になってしまい、にんじんにマヨネーズとチューブのにんにくをつける食生活を続けました。
臭いはそのままにして、体重はマックス時の70キロから40キロ台後半まで落ち込んでしまい骨ニンニクと化したのです。
もうむちゃくちゃの食生活。
身体はクセーし足も臭い。
親しくない人からも臭いと言われるし改めねばと思いながら社会人になっていった。
サービス業だったので、まずはそこを正されました。タバコは許すけどニンニクはマジでやめろと。
こっそり仕事帰りに先輩とすた丼を食べると、自分だけ臭いが残ってしまっているようで毎回バレました。
なんやかんやで指摘され続けてだんだん量が減り、今ではニンニクとうまく付き合っています。
薬物中毒のブログみたいになりました。立派なものです。

世の男性に伝えたい事は、臭いとマジで人が寄ってこないということです。
親に公害と言われた時に気がつくべきでした。
友達の親に消臭スプレーをかけられて気がつくべきでした。
社会に出ると困ると。
満員電車は本当に楽でした。
うまくいかない時は何度でもチャレンジすればいいというじゃん。
まさにそうだよなと思うけど、気力が捻出できない時もあるよね。
前向きな言葉って1から100の気力の時には効果あるけど0からマイナスの時は逆効果になる事もあるわけで。
マイナスに寄り添う言葉が必要な瞬間も多々あると思うんだ。
マイナス同士はプラスになる算数があるけどその理論は精神でも一理あって。

何が言いたいかというと、誰かに助言をする時は助言をする相手の、土壌というかメンタル状態を、思っている以上に意識しないとマズイという話でした。
これは幼少期からの謎なんだけど、
セミって必ず自分の家の前で死にかけてるよね。
ドアの前。
死んじゃってるなと思うと8割生きてる。
ビービー跳ね回って翌日くらいに、今度は本当に家の前で死んでる。

セミはマジで嫌いだけど、人生最後の力をなにも俺に使わなくても良かったんじゃないかとか、少し切ない気持ちになることもある。

かと言って生きてると生きてるで破天荒な動きするから気を揺さぶられるし。

まあいいや。

何年か前に祖母の通夜が、父親のかなり山奥の実家であって、間取り的にだだっ広い家の1番奥の部屋でやったんだ。
ヒモで引っ張るタイプの電気が部屋の真ん中にあって、部屋の半分より奥側は棺桶とか写真とか花とかいっぱいあって、入りきれない人は襖を外した隣の部屋に座る感じ。
父親は兄弟多いから息子でも隣の部屋から見なきゃいけないくらいで。
お坊さんが汗かきながら、お経を読んでくれていたんだけど、天井の電気のヒモにカメムシが1匹止まったんだ。
俺の場合、通夜とか葬式って優しい気持ちになるタイプだから、虫もばあちゃんの葬式来てくれたのかなって思ってた。

それから少しの間は親族の表情を眺めたり、ばあちゃんの写真見たり、正座してる座布団の模様を見たりしてた。

なんとなく顔を上げて、電気のヒモ見たらカメムシが15匹くらいになってて。
地獄の蜘蛛の糸みたいに落っこちたくねえよ状態になっていたんだ。
ヒモの真下には、坊さんの頭があるから俺からしても落っこちるなって感じだった。

カメムシは落ちずに飛ぶという選択肢を選んでくれたんだけど、止まった先は俺の2人前くらいに座っているハゲたおじさんの頭だった。
隣に座っていたおばさんが吹き出してしまって、俺の悲しみのヒモは切れ、笑いを堪えなければいけなくなった。

ハゲのおじさんはすぐ頭のカメムシを払ったんだけど、色んな人の肩とか背中を転々としてて。

電気のヒモにいたカメムシも、いよいよ坊さんの頭に落ちたりで静かな大惨事になっていた。

父親兄弟達は完全に虫慣れしててなんともない様子だった。
八重歯が歯が欠けた。
浅い眠りの中で、自分の左の八重歯が半分ないことに気がついて、がくっときていた。
この頃、身体の異変がすごく多い。
痰がめちゃめちゃ出るし、めまいがする日もある。

1週間前に乗ったばかりの体重計に、なんとなく乗ってみたところ体重が5キロ減っていた。最近食欲が無かったせいかも。

いよいよ病気を確信した俺はコップ一杯の水を飲んだ。1週間で体重がそんなに減るというのはかなりヤバい。
もう一度乗ったらやはり5キロ少ない。

体重計の下にカーペットが少し挟まっていたのでどかしたら俺の体重は5キロ増えた。
これはヤバい。今度は体重が10分で元に戻ってしまった。
俺は、なんというか、微妙なアメコミキャラ的な特殊能力を持ってしまったのか。
だとしたら、素直にアメリカに行くべきなのか。
よくよく考えると歯が欠けたのは俺を少しキャラクターっぽくするために何者かにやられたとか。
どんな見た目のキャラクターが良いだろうか、やっぱり歯がないということは主役じゃなさそうだ。下手すれば敵のかませ犬的な存在かもしれない。



違うだろー!違うだろー!!
歯は無いし、カーペット一枚を原因に一喜一憂するし、痰は出るし、金は無いし。
本当あかん。
アカンゾー!!!
一切理由のない無意味な徹夜をしてしまった。
豊田議員のド◯キホーテの動画を観たのを皮切りに、果ては知らない人んちの猫がニャーニャー鳴いてるだけの動画を夜明けまで観続けた。

日中は珈琲を沢山飲んで過ごした。
普段は気持ち控えているところ、今日は寝不足という後ろ盾があるので、浴びるように飲んだ。コーラも飲んだから、眠くはならなかったけど吐き気がすごかった。

昔アンビリバボーか何かで睡眠が必要ない身体に生まれてしまった人の話を観た。
孤独な夜を過ごす再現映像の。

あれが寿命短くなるとかじゃなければ是非志願したいところなんだけれども、病気の辛さはなった人にしかわからないと言うし、不用意な発言でしたごめんね。

ただ少ない睡眠で長時間活動できる低燃費人間になりたいとは思っている私だよ。

高校の夏休みはウイイレのマスターリーグかGTAのSAかFFシリーズを徹底的にやっていた気がする。3日くらい寝なくてもまだ少し余裕あるくらいの感じだった。

今では3日も起きてたら下手すれば入院沙汰になるんじゃないかと言うくらいの不健康体さ。
前より太った肉も落ちにくくなってるし、筋肉も無いし。
一見、若い外見をしているんだけど中身はスカスカの感じだ。
ヘチマのタワシかドライフラワーみたいな身体。
平均的な筋肉量にはしてやりたいところ。
みんなときどき嘘をつくと思ってる。
かく言う私も嘘はよく付いていたのだけど、5秒後くらいには嘘ですと言ってしまう。
嘘って大抵の場合、自分にメリットのある事を言うと思うのだけど、発言して満足しちゃうんだね。言った瞬間にどうでも良くなっちゃう。
昔は息をするように嘘をついてたけど、大概の嘘はどこかで、点と点が線になるという具合に結びついてバレてしまう。
仮にバレなかったとしても、その後超面倒になっちゃう。
自分の評価なんてどうでも良くなっちゃったというのもあって。

そんなことはどうでも良いのだけど、結婚って何故するのかという疑問。

10代だと付き合いたてのカップルは半月以内くらいに、この人と結婚しようと思って、1年以内くらいに別れるよね。
そんなどうでもいいこと考えてる暇あるならこれからあの娘とどこ行こうとか、どんなメール送ろうとか考える方がずっと建設的なのに。

20代になると妙に見栄を張り始めて交際費がかさむとか、どうしようもない問題を抱え始めて。

そういえば俺は痴漢にあったことがあります。
学生時代、通学時の満員電車の出来事。
始発駅から終点駅までの乗車だから座って通えたんだ。
隣におじさんが座ってて、妙に幅寄せをしてくる。反対側に座ってる人とは5センチくらいの隙間があるのに自分との距離はピッタンピッタンの状態で。
腹が立って押し返したらちょっと表情がほころんだ。気持ち悪いから寝ることにして、終点駅について、みんなが降りる車両の揺れで目がさめると、おじさんの手が俺の膝に乗っていた。
1秒くらい目を合わせると、おじさんは俺の膝をパシンと叩いて消えた。

あれはどうするべきだったのか今でも分からない。