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山本祥一朗の酒情報

山本祥一朗の酒情報

6月20日の池袋での日本酒フェアに行ってきた。一昨年は5,500人の入場で、昨年が6,400人だから、今年はさらに増えるかと思ったが、後の集計では6,400人と、前年と同様の入場だった。

例によって唎酒では東北ブロックへどっと人が集まる。手近かの四国に始まって、灘や伏見などが並ぶ隣りのブロックへと移り、ゆっくりとメモを取りながら進む。

今回からは下の図にある通りのJSSマークが入賞酒全部に貼られていて、ひと目で金賞酒かどうかが判りづらい。さて、このマークは今後どのように広がっていくだろうか。
メモの詳細に触れる紙面はないので、いずれ他の媒体でご紹介しよう。

多くの役員とも出会ったが、それにしても年齢層が若返った。……ということは当方がそれだけ年を重ねたわけで、あと半年で80歳である。

今年の日本酒で乾杯推進会議の委員会は7月22日となった。これまでは5月に行われていたが、行事が重なったためらしい。この詳細は次回にご紹介しよう。


6月11日に宮田廉吾氏(71歳)が亡くなられた。岡山の三光正宗の蔵元である。同氏とは海外取材にもよく同行されたし、醸造試験所が広島へ移った際にはいち早く同氏の車で視察に行き、「農大での同級生の蔵元へ行ってみますか?」といって、四国の桜うづまきへ案内された。

現在、中央会会長でもある篠原成行氏は留守だったが、その後お会いした時にそのことを話して、「今度はいらっしゃる折には事前に連絡を」と約束したばかりだった。

五年前に関西方面を取材した際には、ご子息の恵介氏の車で岡山の酒蔵を巡った後で、宮田氏のお宅に泊めて頂いた。岡山県北の哲西町で大正2年に創業した蔵元で、創業者の宮田重五郎氏はアメリカへと渡り、苦労の末に「アメリカンドリーム」を叶えた人物であった。

廉吾氏も研究熱心なことはご一緒の旅でつくづく感じた。まことに残念で、ご冥福を心よりお祈りする。
合掌。
(写真は蔵元と故・宮田廉吾氏)


6月5日にFBOアカデミー東京校の開校式が行われた。春日駅に近い文京区小石川である。

当日は島根県佐香神社の神主も見えての式典で、厳かに開かれた。図のRoomA、B、Cを拡げての式典である。

スタッフである全幹事の紹介の後に行われた玉串の奉納などの儀式は会員にはお馴染みだろう。
直会(なおらい)に入っての鏡開きには、蔵元を代表して玉乃光が行ったが、会場には全国の酒が寄せられて盛況となった。

ビールでも北海道から沖縄までユニークな銘柄が集い、当欄でも以前に紹介した軽井沢の「よなよなエール」など、懐かしい銘柄もあった。

なお、写真は北区の時代に北海道の総会後でのスナップ。左から木村克己、田崎真也、飯田栄介、太田英晴の諸氏。