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山本祥一朗の酒情報

山本祥一朗の酒情報

やれ忘年会だ新年会だといえば、景気よく抜かれるのがシャンパン。正式にはシャンパーニュと呼ばれるが、そのシャンパーニュの産地を訪ねたことがあった。

写真は左上が俗にドン・ペリとも呼ばれるドン・ペリニョンの銅像で、この人の手によって造られた。会社のあるモエエ・シャンドンの玄関口にある。下の写真がその地下に貯蔵されているボトルの群れ。この工場から車で北へ30分ほどのところに記念館があり、そこに飾ってあるのが写真右上のドン・ペリニオン人形である。

このシャンパーニュ地方に同行した一人が沢の鶴の小さい紙パックを持っていたので、昼食をとった記念館のある村の近くの「トュリボウ」という小メーカーのレストランで女主人にテイスティングしてもらうと、「日本のお酒ってはじめてだけど、とても柔らかいのね。私の知っているアジアのお酒といえば、ベトナム料理の店で出されたのがあったけど、とっても強かった。これは香りは気持ちいいし、アルコールも強くないのね。フランス料理にも合うんじゃないの」となかなかの好評だった。

堤清二さんこと辻井喬さんが平成25年11月25日に亡くなった。86歳だった。

西武百貨店が池袋にあった時、堤さんはなんとしても銀座へ出てみたい、と思っていたのが実現して、有楽町に百貨店を構えた。何かにつけて新しいスタイルを求める人である。地下に酒売場を置いて「酒蔵」と名付けた。私がアドバイザーを委託されたのは昭和50年代の終わりだった。銀座のどのデパートよりも注目されて話題になる商品構成を、という堤さんの依頼で、売場の担当者を連れてその頃から注目されるであろう有望な蔵元を訪ねた。島根県あたりの酒が都心に出るきっかけなどもその一つではなかったか。

クリスマスの夜には全館が閉鎖されてパーティーが催された。全員がタキシードか正式のイブニングドレスでの参加である。堤さんはご機嫌に応対してくれた。

辻井喬のペンネームでの活躍も目覚ましく、『父の肖像』では父を反面教師とした内面の苦悩を徹底的に書き込んでいる。そのことでは『親と闘った文豪――昭和の名作はこうして誕生した』(実業之日本社)という同じようなテーマの拙著があり、それをお贈りしたところ丁寧なご返事を頂いた。


12月3日からサントリーでは「プレミアム角瓶」「響12年」「山崎」のギフトパックを発売する。(写真はプレミアム角瓶)

サントリーではウイスキー市場の拡大に向けて、需要期の高まる年末年始のギフトも考慮してのキャンペーンも進めている。プレミアム角瓶では、スタイルBOOKを内包したアイデアも好評である。

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