滝 元暢
親に野球を勧められたことが、僕が野球を始めたきっかけだった。幼稚園の頃まではサッカーをしていたが、新しく「野球」という選択肢ができ、親もやっていたことから、北原少年野球クラブというチームに入った。当時は僕が一番最初に入ったこともあり、キャプテンをやることになった。高学年になるにつれて責任感も高まっていき、自分がキャプテンとしてチームを引っ張っていかなければ、という気持ちになった。小4まではチームとしてもあまり結果を出せず、強いチームという印象はなかったが、2019年のジャビットカップ争奪春季大会で、長年のライバルチームであるヤングジャイアンツを倒し、優勝することができた。その試合では、自分たちは6回まで無得点で、相手は4回に2点を取り、迎えた7回最終回で、僕たちは先攻だったので、ここで2点を取らなければ負けるという状況だったが、2アウトから3点取ることができた。さらに、2アウト2・3塁で自分の打席が回ってきた。その日はヒットがなかったが、左中間に同点打となるツーベースを打つことができた。僕の野球人生の中で、上位に食い込むほど印象深い打席だった。その後もヒットが続き、合計5点取ることができた。後攻の守備では2点を取られてしまったが、なんとか守りきり、その試合は5−4で勝ち、優勝することができた。これがチームで初めての優勝となり、言葉では表せないくらい嬉しかった。そして、表彰式の時に最優秀選手賞を取ることができ、大きなジャビット人形をもらったことも、深い思い出となった。
中学の進路は地元の中学校に進み、野球はシニアでやることにした。シニア選びの際にいくつかのチームを体験したが、環境が良く、その時は厳しいチームがいいと思い、東練馬リトルシニアへ入団した。最初の全体ノックの時、受験勉強によるブランクがあったが、ずっと守っていた内野から外野へ飛ばされたことが、僕の野球人生の転機となった。今になって考えれば、自分の一番の武器は内野の守備だったのに、それを失ってしまったことがとても大きかった。慣れない外野の守備に加えて、地獄の階段ダッシュや土手ラン、そして周りとの実力差など、シニアでの野球は本当にきつかった。行くことがだんだんストレスに感じるようになり、月曜日になると野球が休みなのでとても嬉しかった。逆に、金曜日の夜になると次の日の練習のことを考えて、寝たくないと思うこともあった。土日の練習も、ただ「いつ終わるんだろう」とばかり考えてしまい、淡々と中学の野球生活が過ぎていった。この時にもっと練習していれば良かったと、高校生になった今、本気で後悔している。中学3年生になった時には受験勉強のため、最後の大会が終わった後は練習に参加しなくなり、勉強に専念した。
高校では淑徳高校に入り、野球部に入部した。最初の数ヶ月は新しい環境に慣れなくて、忘れ物も多かったし、確認不足もあって、周りからは「抜けてるやつ」みたいな立ち位置になってた。でも、初めてやったトレーニングがすごく楽しくて、1年の頃はオフの木曜日にもトレーニングルームに通ってた。中倉先生が言ってた「この部活は考えて動くやつはとことん伸びるし、考えないやつは全然伸びない」って言葉、その意味がだんだんわかってきた。1、2年の頃は中学の時の感覚が残ってて、「先輩の代ではベンチ入れなくて当然」ってどこかで思ってた。でも、本気で変わろうって思ったのは、一つ上の坪田さんたちの最後の夏の大会、神宮で帝京と戦ったあの日。あの試合を見て、「自分もこの舞台で戦いたい!」って本気で思った。先輩たちはプレーだけじゃなく、周りに影響を与える存在だった。自分もその一人で、あの日から意識も行動も全部変わった。
それからはオフの日も練習に出たり、チームをまとめることを意識したり、ベンチ入りするために自分にできることをひたすらやった。そして迎えた秋大会、小学生以来のベンチ入りが決まって、めちゃくちゃ嬉しかった。試合ではスタメンが本当に頑張ってくれて、格上の國學院久我山や明大八王子に勝てた。でも、早稲田実業との試合では大きな壁を感じた。相手の体格、球速、すべてが一段上で、越えなきゃいけない課題がはっきりしたいい試合だった。
でも、その大会では出場できなかった。ベンチの中で目立ったのも10人くらいで、自分はそこに入れなかったのが本当に悔しかった。だから冬は「次こそは絶対に試合に出る」って決めて練習に打ち込んだ。春の大会も秋とほぼ同じメンバーで挑んだけど、初戦の法政高校に敗退した。秋の成功があったから、どこかに「今回もいける」っていう甘さがあったと思う。あの試合で、うちのチームはまだ挑戦者なんだって再認識させられた。
そして夏。1年生が入ってきて、自分の立場がますます危うくなった。とにかく実力が高くて、心から焦った。「このままじゃベンチにも入れない」ってわかってた。でも、自分には代打で打てる力も、守備のうまさも、足の速さもなかった。何が自分の強みなんだろうって悩んだ。
でも一つだけ、自信があることがあった。それがベンチワークと声出し、チームをまとめる力。これだけは誰にも負けないと思ってた。だから「自分はこれでベンチ入りする」って決めた。試合に出るだけが役割じゃない。チームには、戦わない場所で戦える人も必要だと思った。
メンバー発表までの期間、Bチームにいることも多かったけど、キャプテンを任されて、声を出して、全力でチームを引っ張った。そして発表の日。中倉先生に「19番」と呼ばれたとき、今までで一番うれしかった。実力で勝ち取ったわけじゃない。でも、自分の役割を認めてもらえたことが、本当に嬉しかった。
最後の夏、絶対に優勝して、後輩たちに「こんな先輩になりたい」って思ってもらえるような姿を見せたい。自分にしかできないことを、全力でやりきるつもりだ。
両親へ
約10年間、僕を支えてくれてありがとうございました。2人がいてくれたおかげでここまで野球を続けることができました。野球用具を買ってくれたり、大変な洗濯をしてくれたり、朝早くから起きて弁当などの準備をしてくれて本当に感謝してます。夏はプレーはしないかもしれないけどもチーム一丸となって本気で優勝狙いにいき、最高の夏にします。今までありがとう。そして引退までこれからもよろしくお願いします。
3年生へ
頭のいかれてる人たちが多かったこの代で学校生活や野球を一緒にできてすごく楽しかったです!まだまだこのメンバーで野球を続けたいので勝って勝って勝ちまくろう!!
後輩達へ
後輩達もほんとに面白い人しかいなくて全員個性が強く、野球も上手くてすごくいい代だと思います。自分から特に伝えてたいのは今スタメンじゃなかったり、ベンチ入りにまず入れるかという人たちに伝えたいです。自分は正直、野球の技術ではみんなに勝てなかったけど、誰にも負けないくらい声を出したり、ベンチで誰よりもチームのために動くことを意識してきました。実際に、それが評価されてベンチ入りすることができました。野球の技術だけじゃなくて、チームを盛り上げたりサポートする姿勢も大事なんだと実感しています。みんなも自分にできることを全力で取り組めば、必ずチャンスが巡ってくると思うので、諦めずにがんばってください。