林諒翔
僕が野球を始めたきっかけは、小学3年生のときに周りの友達がやり始めたことだった。それまでいろんなことをやってきたけど野球だけはなんか違った。楽しいしすごく自分に刺さった、ピンと来たそんな感じだった。
小学生の時はとにかく下手くそでそれでも野球が楽しくて毎日毎日練習していた。その甲斐あってか一つか二つ上の試合に出ることがたびたびあった。そして小学5年生で転校した。新しいチームに入ってすぐにキャプテンになった。
びっくりした。まさか僕になると思ってなかったから最初の方は少し子供の間で揉めた。というよりもからかわれたり意地悪された。そこからなんとなく「ミスしたら周りに迷惑をかける」なんて考え始めたのかもしれない。でもそのおかげで目配りだったりとか責任感だったりとか人として成長できたと思う。キャプテンをやってよかったと思う。
中学生になってボーイズに入団した。どこか辞める理由がないからという気持ちがあった。続ける勇気よりも辞める勇気がなかったんだと思う。入団したてはコロナで活動できなくて「毎日5キロ走れ」とチームから言われた。毎日した。そしたら膝を怪我した。人生で初めての大きめの怪我だった。歩くのもきつく、何もできない日々が続いた。そしたらチームから「太れ」と言われた。一ヶ月で10キロ近く太った。その影響もあってかだいぶ出遅れた。もともと足が速く、細かい動きが得意なタイプだったから速く動けない、なにも取り柄のない選手だった。ただただチームメイトに置いてけぼりにされる日々だった。だから野球が楽しいなんか忘れて練習もしなくなった。
高校も続けるかどうか迷っていた。
近くの公立高校でも受けようかななんて思っていた。だけど、チームメイトがどんどん強豪校に入学が決まっていくのを見て「なんか悔しいな」なんて思った。もっとできたんじゃないか。不完全燃焼だった。
そしてたまたま母が見つけてくれた淑徳高校、誰も自分を知らないところでやり直そう、そう思って決めた。
そして高校。
中学のときの実力は下の下、底辺だった。だからついていけるか心配していた。しかし、周りの先輩方から「一番うまい!」なんて言われた。そんなはずない。そう思いながら野球をしてた。嬉しかったけど慢心はしていなかったと思う。しかし、Aチームの試合で盛大にやらかした(ひかるさんごめんなさい)。全部自分のせいなのに自分が試合を壊したのにやさしい言葉をかけてもらったのはものすごく覚えている。その後の試合もずるずるエラーしていた。大して結果を残せていなかったけど木暮さんが僕をゴリ押ししてくださり、たくさんの経験を僕に与えてくれました。
木暮さん本当にありがとうございます。
一年生の中でAチームに多く帯同していた方なので、絶対先輩たちと試合に出たいとめちゃくちゃ思ってた。木暮さんが僕のためにたくさんのことをしてくれたんだから結果で恩返ししようとめちゃくちゃ思っていた。
そして秋大。
同じポジションの余越さんが怪我をして大チャンスだったのにまたまたエラー、自分の不甲斐なさにイライラしていた。結局秋も外れた。早く終われなんて思っていた。
結局上の代でベンチ入りできたのは春大の予選の2試合だけだった。出番もなかった。
自分たちの代になって秋は結局バントという役割のみ、しかも決められなかった。秋での快進撃、嬉しさ以上に悔しかった。あの舞台に立ちたい、どうすれば立てる?ずっとベンチで自問自答していた。冬ではなるべき自分をイメージして噛み砕いて練習した。練習でも手応えがあった。そしてオフが明けての試合。2試合目だったがほとんど秋と同じスタメンだったが、僕もスタメンに含まれていた。チャンスだと思った。しかしながらエラーですぐに交代、試合中、流石に消えてしまいたい、爆発したい、爆発してしまえなんてずっと考えていた。自分の積み上げたものを自分で台無しにした。次こんなチャンスは滅多にないなんてわかっていた。
しかも次の試合でもエラー、ベンチは入ったが温情だと思っていた。
最後の夏のベンチ入りをかけた期間、僕が1年生だった頃より出番が少ないと感じた。自分が監督だったらこんな選手使わないなと納得しながらも、こんなんで終わっていいわけがない。まずは自分を納得させないといけないと思いプレーし続けた。だがもう全部空回り、頑張ることしかできなかった、結局中学の時と同じ、積み重ならない、逆境に弱い人間だと痛感した。最後の最後で自分を信じることができなかった。
何も成し遂げられなかった、
これが僕の高校野球の感想です。でもそれ以上にたくさんの経験、失敗、大切な時間、人、自分の良い点、弱点、将来、いろんなことが得られて幸せ者だなって感じています。
自分で自分のことは許せないし、認められないけどそれ以上に野球が楽しかった。
先生方へ
試合に出してもミスするし扱いづらかったと思いますが、めいいっぱい野球をやらせていただきありがとうございます。昔は野球観戦なんてつまんないと思っていたけれど先生方の野球観のおかげで野球観戦好きです。野球を全部深く好きになれました。
先輩方へ
僕の話とか質問とかたくさん聞いてくださりありがとうございました。ありがたい言葉をたくさんかけてくださったのに不甲斐ない結果で終わってしまいました。野球も引退してからの勉強も一つのことをやり切る、成し遂げる先輩方を尊敬してます。
飯島さんには「指でも咥えて待っとけ」なんて言ったけど土下座して撤回させて頂きます。
ごめんなさい、何もできませんでした😞
1.2年生へ
何かに打ち込める、何か目標を持って生活するのってとっても貴重なんだなって最近とっても感じてます。頑張れ。とにかく頑張れ。
3年生へ
たくさんの楽しいをありがとう。この仲間でこの学校でよかったなって心のそこから思います。きっと僕の渾身のボケはこれから先は通用しないと思うので助けてほしい
夏大頑張ろう!僕も自分がすべきだと思うことベンチの外からやり切ります!!
お父さん・お母さんへ
最後くらいかっこいい姿を見せたかった、自慢できる息子になりたかったとずっと思っています。
約10年間僕のわがままを聞いてくれてありがとう。
お母さんは特に頑張りすぎて寿命短くなったんじゃないか心配です。
お父さんも平日仕事があって貴重な土日だったと思うけど文句言わずに支えてくれてありがとう。
本当に感謝しきれない。
普段からうるさくて、気持ち悪い不快な集団ですが、やる時はやる、かますことができる集団なので期待して応援してほしいです!!!