佐古優奈
私が初めて野球を見たのは、小学校低学年の頃に巨人ファンの祖父母に連れられて行った東京ドームでの試合でした。
ただ高一の秋頃までルールを理解していなかった 私は、野球がテレビで流れていても何もわかっていませんでした。
習い事は水泳とピアノなどありきたりなものしかしてきませんでした。
小学生の頃は自分は中高で水泳部に入るのだと漠然と思い込んでいました。
小学4年生の時に周りの友人に影響を受けて中学受験をしようと決めました。
中学に入って、声優さんに夢中だったので、
演劇部に入りました。
コロナもあってあまり活動した記憶もなく、
サボって帰っていたことも多かったので本当に何もしていませんでした。
そして、中二の秋に演劇部を辞めました。
この年の夏に野球部が初めてベスト8になって、
教室で見ていた記憶があります。
中三になって、担任が加来先生だったので
野球部が身近だったと思います。
高校では何かしたいと漠然と思っていました。
淑徳の部活一覧を見て、自分は運動はできないし、
演劇部に戻る気もなかったので、
野球部に入ろうと思い始めました。
野球部に体験に行くようになって、初めての坂戸で見た夕日は今でも覚えています。もう1人のマネだったこはると過ごした時間も大切な思い出の一つです。
28期の夏は初めてちゃんとできた先輩が引退してしまうことがとても悲しくて
泣いていたことしか思い出せません。
秋も遠くから見ていて、気がついたら終わっていました。
応援してた定岡さん、ひかるさん、對馬さんの姿しか覚えていません。
その後一個上の先輩達が沖縄に行ったりインフルで学年閉鎖になって
何回かあった私たちしかいない練習試合や坂戸練が凄く楽しくてこの代大好きだなって思い始めました。
私が初めて書いたスコアは埼玉平成の試合で、勝ったことを凄く覚えています。
そこからはずっと動画を撮り続けていたと思います。
送るのはなんだか楽しくて好きでした。ただ撮りながら半分くらい寝てたと思います。冬の坂戸のバックネット裏は寒すぎました。
紅白戦のスコア、私の時はすごくボロボロで本当に申し訳なかったです。
すぐ春が来て、29期の先輩達が冬していたことの成果を実感しました。
ただ春の記憶も本戦を決めた予選を休んでしまったことと、高島の最後のプレーと
応援がまとまっていなくて怒られたことくらいしか覚えていません。
気がついたら夏になっていました。
でもその時初めて部活に行きたくないと思う出来事がありました。
自分の代になるまで休部しようかと考えるようになりました。
勉強もろくにしないのに試験期間一度も部活に行きませんでした。
毎日毎日嫌すぎて泣いたことを覚えています。
嫌だと感じながら夏が始まって、母にカメラを買ってもらってレンズ越しに
グラウンドにいる先輩、同級生、後輩を追いかけ続けるのは楽しかったです。
快進撃を続けて神宮の景色を見せてくれてありがとうございました。
帝京に負けた瞬間、その前から負けちゃうなって思ってました。
終わっちゃうなって、信じていられなくて本当に申し訳ありませんでした。
自分たちの30期が始まりました。
ずっと自分の存在意義とできることについて考えていました。
初めの練習試合は熱中症になって関駿が最後の2人分くらいの打席スコアを書いてくれて、本当に感謝しかないです。
やっぱり自分には何もできないなと思いました。
そのあとはひたすらスコアを書き、動画を上げて、フォーム入力をしてボールを拾って1人だからこそのやることに追われる充実感と、ある程度手伝ってもらわないと食器の片付けとかはやりきれなくて悔しかったし、申し訳なかったです。
大好きな2、3年生達の一番側にいられたこと。
それは私の人生にとって贅沢すぎました。
その中でも特に秋大会は贅沢な経験だと思います。
私は、1人で、全部ベンチの中から見させてもらえました。
予選の二試合、本戦の五試合。合計七試合。
淑徳初のベスト4。校歌を歌ったこと。
五年通って来た淑徳で初めて、校歌に思い入れをもつ出来事でした。
行事で歌う度に、あの景色を思い出します。
厳しい場面になった時も本当に野球を楽しんでいて、沢山の景色を見せてくれました。
みんなと一緒に拳をあげて、ハイタッチをして、
ベンチワークの役割確認も混ぜてもらえて凄く嬉しかったです。
いいことばかりではなく、早実には負けてしまいました。
下居の防具のヘルメットを積み忘れてしまいました。
その後神宮に決勝を見に行って、
この舞台に立っているみんなを見たいと思いました。
高一の頃にものすごく長く感じていた冬もあっけなく終わってしまいました。
ひたすらボールを拾って、コンテナの中でボールを巻き直して、食器を洗いました。
1人ではやりきれずに、色んな迷惑をかけながら、ずっとここまで来ました。
すぐ冬が終わって、春季大会が近づいてきました。
私は春が終わればすぐ夏が来るよと聞いていたので
日に日に焦りを感じるようになっていました。
選手たちは練習でエラーが続いたり、直前になって焦り始めたりして、
また下居は泣いていて、私も泣いて。
法政に負けました。
一学期の予定表が出て、この予定表が最後だと
思ったら悲しくて教室で泣いてしまいました。
淑徳高校野球部30期が、
ずっと今まで好きだった他のものでも
それ以外の何でも変えられないくらいに
大好きな場所で、私にとっての光です。
この場所を失うことがずっと怖くてたまりませんでした。
それでも、今の私はなんとか乗り越えていけそうな予感がしています。
ずっと夏休みとか何回かは坂戸行きたいなとか思っていましたが、
もう大会の応援以外顔を出さないことに決めました。
きっと顔を出してしまえば、またやりたくなってしまうし、
何より3人にこれからを任せられると思うので、
そこに私はいなくて大丈夫だと思えたことがこの決心のきっかけでした。
大会ではきっと沢山泣いてしまうと思うけれど、
最後までみんなにたくさんの大好きをぶつけて
全力で頑張っていきたいと思います。
この一年で何度も1人で大変だねって言ってもらうことがありました。
個人的には1人で良かったと思っています。
こんな素敵な場所を独り占めできたこともそうですし、
何より1人だったからここまで成長することができたし、強くなれたんじゃないかなと思います。
二年三ヶ月あっという間に過ぎてしまいました。
本当に野球部が私の高校生活の全てです。
みんななら、勝ってくれるって信じています。
最後まで全力で応援します。
そして、最後まで一緒に戦わせてください。
三年生へ
ずっと後ろをついてまわってごめんなさい。
みんなが楽しそうにしているのを見るだけで
本当に幸せです。もう少し見させてください。
本当に毎日感謝しかないです。
この代でマネージャーをすることができたことが
一番良かったことだと心の底から思います。
二年生へ
意味のわからない先輩だったと思います。
なんだかんだ、頼んだらやってくれるけどやってくれないことも多かったり
できるのはわかってるのに逃げたりするから、
言い過ぎてしまったと反省しています。
でも、なんだかんだ大丈夫なのも分かってます。
二年も自分の代くらい大事に思っています。
頑張れ。
一年生へ
ほとんど関われなかったけど、
これからの二年は本当に一瞬で終わっちゃうので
全力で色々なことに向き合ってね。
頑張ってください。
きき、うけん、ひまりへ
まず、野球部に入ってくれてありがとう。
2ヶ月くらいしか一緒に居られなかったけど、
色んなことを一緒にできてすごく楽しかった!
3人ともやる気に満ち溢れてるから安心して引退できます。
ここからが大変だと思うけど、最後には楽しかったって思えるはずだから頑張って!!
3人には私しかマネージャーの先輩がいないことが
本当に申し訳ないけど、
あと二年もあるし無限大の可能性しかないから
絶対大丈夫!ずっと3人の味方です。
ゆずかさん、あかりさん、あやねさんへ
3人が一番心配していた私は最後までやり切ることが出来そうです。
沢山かっこいい背中を見せていただきありがとうございました。
まだまだ敵わない面ばかりですが、
私なりにやれました。
3人の後輩でよかったです。
家族や先生たち、ほかにも沢山感謝を伝えたい人達がいるので、直接伝えます!
ちゃんとやりきれたら、自分がここにいる理由をやっと理解できる気がします。