今改めて伝えたいなぁって思うんだ…

宇宙やサポートやご先祖様の声を。

めちゃくちゃどでかい
をね。

私は良く
セッションで泣いてしまう。

それは、クライアントさんが今まで抱えてきた
思いを感じ取り
共鳴する場合と

宇宙やサポートやご先祖様の
クライアントさんへの
なんだかもどかしい
慈しむような
でっかい愛のすんごいあたたかさに
体がが強く反応して

思わず涙が流れてしまう。

調整する時は
宇宙に体を明け渡す。

大きな愛は
愛しそうに体を調整していく
大丈夫だよ
頑張ってるね
愛しているよ
そんなあたたかいエネルギーを
注ぎ込んでいく。

神様に会ったことがある。

とてつもない光で
何も見えなくなり
とてつもない熱で
生きも出来なくなり
体の力が抜けて
気を失ってしまった。

それぐらい強い光のエネルギー。

光が強すぎて
姿なんか解らなかった。

だから神様は
姿を表す時
雨を降らせたり曇らせたり
霧を出す。

だからね
姿を表すではなく
メッセージを電波にのせて
私に伝えてくれる。

メッセージと共に
届くエネルギーで
体が熱くなる。

あなたはこれだけのエネルギーに
守られているんだよ…

手も足も口もない
だから私が変わりに届ける。

私はメッセンジャーである自分に
誇りを持っている。

この役割をやらせていただけることが
とても嬉しく有難い。

今改めて
こんな時代だからこそ
そう思う。

今改めて
こんな時代だからこそ
伝えたいなと思う。

2026年
改めてメッセンジャーとして
愛と光を届けていこうと思う。

改めて
これがしたくて産まれてきたのだと
再確認した満月。




3/19の新月から
3/25ぐらいまで
なんだか心に嵐がやって来て
しんどかった人が
多いのではないかと思います。

そして
これから嵐が来る人もいると思います。

いや、生きていると何度も
嵐が来るものです。

今回の3/19~25は
新しい世界に向けて
変化するための
嵐だったんだけど…

3/25過ぎたぐらいから
なんだか解らないけど
その期間の気付きのお陰で
平気になってきたり
気持ちが軽くなってきたり
してきてると思う。

変化の前には
手放していくための
嵐がやってくる。

そんな時はね
大丈夫だって思い込もうと
感謝しようと思い込もうと
あると思い込もうと
愛だと思い込もうと
頑張らなくていい。

不安だ心配だ
無理だ
しんどい苦しい…

そう思っていて良いから

無理に踠こうと
嵐に向かっていかないで
嵐に立ち向かわないで

嵐が過ぎるのを
耐えて待って欲しい。
必ず過ぎていくから。

大丈夫も
感謝も
あるも
愛も
湧いてくるもの
湧かないのに無理に
思い込もうとすればする程
嵐が強くなるだけ。

素直な自分の気持ちを
ただ受け止めながら
嵐が過ぎるのを耐えて待って欲しい。

そしたら湧いてくるものがある
それを掬い上げて
忘れないように
心にいれておけば良い。

生きていると
しんどいことや辛いこともある。

どんなに心について学ぼうが
スピリチュアル深めようが
辛いは辛いし
しんどいはしんどいし
悲しいは悲しいし
腹立つは腹立つだし

何も思わない感じない
そう言うならば
それは、達観ではなく
ただの誤魔化しすぎたが故の
麻痺だ。

誤魔化すのではなく
受け止めて
そう感じる思う自分を
責めるではなく
受け止めること。

今出来ることに集中しながら
嵐が過ぎるのを耐えて待って欲しい。

私は嵐が来ると
ご先祖さん達がこう言ってくれる。
『大丈夫、困らないようにしてあるから』

ほんとかよ…なんて
言いたくなるけど
信じて嵐が過ぎるのを耐えて待つ。

なんか解らない
それでも生きるという
覚悟が芽生えた頃に

嵐が過ぎ去り
スッと光が差して
困らないようになっていく。

信じられないと思う
私も信じれなかった
でも、そうなるの。

だからね

嵐が過ぎるのを耐えて待って欲しい。

そしたら、嵐で荒らされた様に見えるけど
不要なものだけ壊れ去り
必要なものはしっかりと残り
新しい芽が芽を出そうとしていたことに
気付けるから。

心に嵐が来たら
このブログを思い出して欲しい。

これからますます
揺れて揺れて
嵐が起こる
だけどその後に残るのは
大切なものと
新しい光だから。

調整を受けてくださった
嵐を乗り越えたクライアントさん。

宇宙は大丈夫だよと
サポートやご先祖様の
愛の光を集めて
お腹に注ぎ込んだ。

調整が終わり
涙と一緒に目を開けた
クライアントさんが
『大丈夫って来ました…』って

伝えれて良かった…
本当に良かった…
大丈夫、守られてるよ
嵐を乗り越えてくれてありがとう。

人生は色々ある。
生きていると色々ある。
感じ方は人それぞれ
比べる必要はない。

体をあたためながら
嵐が過ぎるのを待とう。
いつか必ず晴れるから。








『装い病』
私が勝手につけた名前なんだけど。

無意識に装おうと無理をする
隠れた自己犠牲。

これにかかっている人は
いわゆる
アダルトチルドレンが多い。
(アダルトチルドレンじゃなくてもいる。)

良い人を装う
良い夫良い妻を装う
良い父良い母を装う

お金持ちを装う
自然体を装う
豊かさを装う

素敵な人を装う
素敵な家庭を親子を装う
素晴らしい事業を装う

自由な自分を装う
好きに生きてる自分を装う
とらわれない自分を装う

何者かになりたい
アダルトチルドレン程
この
無意識に患う厄介な病
『装い病』
に水面下で蝕まれていく。

本人は装ってる自覚はない。

むしろそうであるために
目下一心不乱に
そのために努力し
コントロールして
隠れた自己犠牲を積み重ねる。

しかし

装えば装う程に
装いきれない問題が次々顔を出す
右往左往走り回り
また装う。

許容しているふり
受容しているふり
感謝しているふり
愛しているふり

私もそうだったから
『装い病』
の人は一目でわかる。

見抜きたくなくても
見抜けてしまう。

何故ならば
『必死』
だから。

きっとここまで読んで
私のこと?なんて思ったり
(特定の人には向けてません)
なんだかとても心がざわざわして
なんだかギューっとなった人は
『装い病』
を抜け出したくなっている人
装っている自分に
限界を感じ始めてる人なはずなのだ。

『装い病』
をやめようとする時
今までの装い(その世界)を否定したくなるけど
そんなことすらしなくて良い。

『装い病』
をやめるために大切なことは

『証明すること』
をやめること。

私は素晴らしいんだって
私は正しいんだって
私は正しいことをしてるんだって
私は間違ってないんだって
私は私は私は…
そう、私を『証明すること』を
やめること。

本当に自分が自分を認めていたならば
本当に自分が自分を赦せているならば
本当に自分が自分を愛せているならば

それを『証明する』必要はない。

誰かに承認されなければ
証明されない自分
それをやめることだ。

そして、その『証明』のために
敵を産み出したり
『承認』する人を産み出さないことだ。

すごくすごく難しい
そして
すごくすごく恐いこと。

だから必死に
装って来たのだから。

でもね、もうね
装わなくても大丈夫だよ。
もう自分を証明しなくても良いんだよ。

 今が辞め時だよ。