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ハーリーのCHIROCKS

カイロプラクターによるヘルスケアと音楽とその他イロイロ



このコラムにも何度が登場している高校時代からの盟友「MH」が、先日手術のため入院した。

病名は「肺がん」である。

前々から血圧の異常ともいえる数値(上が200mmHg・・・普通の人ならば高くともせいぜい130くらい)や、顔面の皮膚感覚異常、全身倦怠、眠気などの症状を訴えていて、病院にも検査入院するなどしてそれなりの対処はしていたが、別段緊急性は認められないということで様子見となっていた。


しかし、どうも体調がおもわしくなかったので再度訴えたところ、肺にカメラを入れて調べることになった。すると何と、「左肺上葉」に直径7cmもの大きさの腫瘍が認められたのであった。そして検査の結果残念ながら悪性であることが判明、幸い転移は認められないもののただちに入院、手術の必要に迫られたのだ。


すると今度は腫瘍のある場所が問題になった。極めて心臓に近いため取り除くのが容易ではないという。万事は開けてみないとわからず、カメラやCTでは判断ができなかったのだ。完全に腫瘍を切除できる確立は五分五分もしくはそれ以下という困難な手術が予想された。しかも切ってみて切除が不可能となった場合は現状を残したままでの放射線治療という道しかない。かくして何とか切除ができることを願いつつ彼は手術台へ向かったのだった。


それにしても「~タラ~レバ」の話になってしまうが、何ゆえに7cmもの大きさになるまで放置されてしまったのかである。本人に大した異物感が無かったとはいえ、様々な症状は訴えており、もっと早期の発見はできなかったものかと単純に思ってしまうのだ。検査入院までしているというのに。


すると、過去「胃がん」手術の経験者である知人「O」が言う。

「運なんですよ」

「MH」が症状を自覚し病院へ行ったときにはすでにかなり進行していたのかも知れない。医師も自分の経験から最初それを大事と捉えずにいたと考えられる。

なんとなく釈然とはしないが、本人いわく血痰がとめどなく出てきてようやく中を覗いてみたということである。


思えば「MH」は節制とは無縁の生活だったように思える。長年ショットバーを経営してきた彼は、知り合った高校生の頃から酒とタバコと音楽に囲まれた生活を送ってきた。溜まり場だった彼の部屋にはズラリとウイスキーのボトルが並び、蛍光灯はヤニでくすんでいたが、いつもフランクな仲間が集まるフリーでホットなスペースだった。社会人になってもそれと同じような空間を仕事場にし、自分はそこの住人であり続け、それが今回のような結果につながったかはさだかでないが、それにしてもあまりに突然で重すぎる現実に、自他ともども悲観にくれたのだった(本人は気丈にふるまっていたが)。


そして無事に手術は終わった。左肺をほぼ摘出した(できた)。背中の肩甲骨に沿って25cmもの傷あとが生々しい。そこから開いて肋骨を2箇所切断してスペースを作り、こじ開けるような仕方で病巣を切除した。約8時間にも及ぶ大手術。出血もかなりあったようで術後目覚めると指の爪には血の塊りがこびりついていたという。


見舞い行くと、想像以上に元気な感じだった。発熱してはいたが食欲もあるし、思ったほど呼吸も苦しくないらしい。雑談にも花が咲いたのだった。この先、お店の事をはじめ色々あるだろうが、このまま順調に回復してくれるのをまずは願うのみである。


帰りぎわ、しみじみと彼は言った。

「やっぱ健康なのが1番だわ」

実にリアルなひと言だった。



                       スーパーツリー


高校時代の溜まり場「MH」の部屋のレコードラックにはロックのアルバムがズラリ揃っていて、主要なアーティストはほぼ網羅されていたと言ってよかったのだが、なぜか「ドアーズ」のアルバムは1枚も無かった。ゆえに私もハタチを超えるまで存在は知っていたが耳にしたことがない。同級生にもう1人「ストーンズ」や「クラプトン」など骨っぽい音が好きな奴がいて、「ルー・リード」は聴かせてくれたのだが、こっちもなぜかドアーズに関してはドの字も話題にする事はなかった。


そんなわけで私は偶然にラジオだったか、映画「地獄の黙示録」において(映画冒頭で「ジ・エンド」が流れる)だったのか忘れたが、とにかく一聴するなり大ファンになった。それまでドイツロック(ジャーマン・プログレと呼んでいた)にどっぷりと浸かり、あげくヴォーカルなんて必要ないと思っていた私が「ジム・モリソン」の時に激しく、時にメロウでエロティックな素晴らしいその歌声に心をわしづかみにされたのである。バックの演奏も実に多彩でR&Bはもちろん、クラシック、ジャズなどのエッセンスを加えた独特のカラーを持っており、しかも卓越したメロディーセンスが実に魅力的であった。


本アルバム「ザ・ソフト・パレード」は彼らのリリースした6枚のスタジオ録音盤の4枚目にあたり、発売は69年である。一般的な評価として最も地味で取り上げられる事の少ない作品と言える。アルバムカバーも何だかパッとしない存在感の薄いデザインだと思う。


しかし、サウンド的には大きな特色がある。それはブラス、ストリングスアンサンブルの大幅な導入だ。それはオープニングナンバー「テル・オール・ザ・ピープル」から顕著である。親しみやすいメロディーラインをストリングスをバックに歌う「ジム・モリソン」にかつての妖しさや毒を感じる事はできないかも知れないが、どことなく涼しげな歌いまわしを聴くと何とも言えぬ吹っ切れ感というか身軽さがあるのだ。


そしてとてもキャッチーなフレーズが魅力的な「タッチ・ミー」はシングルカットされ全米で大ヒット(ビルボードチャート3位)を記録。ドアーズの新しい一面がクローズアップされる事となった。とは言え、元々の持ち味であるR&Bを根底に持つヘヴィーなナンバーも収録されており、たとえばシングルのカップリングナンバーとなった「ワイルド・チャイルド」など、ジムならではの土着的印象が強く感じられたりもする。


8分以上に及ぶラストナンバーのタイトルチューンはジムの鬼気迫るポエトリー・リーディングに始まり、次々と曲調の変化する大作。R&B、ソウル、クラシック、ラテンと色々なエッセンスが感じられるが、やっぱりブルージーでヘヴィーな所に落ち着くあたりにバンドの本質がうかがえるのだ。


ドアーズのアルバムはスタジオ盤6枚とライブ盤の2枚組と1枚もの、そしてジムの死後残されていたボエトリー・リーディングにメンバーが楽曲を加えた異色作「アメリカン・プレイヤー」とベスト盤を持っているが、一時本アルバムばかり聴いていた時期があった。特にラスト前に収録された「ウィッシフル・シンフル」が気に入っていて、やはりキャッチーなメロディーとストリングスの流麗なアレンジが良かった。