私は美容師になろうと学校へ通いましたが、のっぴきならない事情で、全く関係のない、ホテルのフロント業に従事する事となりました。
いや、ただスッチーみたいな制服とヒールで、固い床をこっこっこって歩きたかっただけです。
そんな不順な動機で、お腹いっぱい胸いっぱいのわたしの行き先は決まっていました。
ひもののニオイを嗅ぎながら、
夕飯には父親と一緒にもぐってとった貝を食べながら、
美味い魚を特にありがたみも感じずに食い散らかしながら育った、
伊豆です。
わたしが海が無いと生きていけないのは、
海と一緒に育ったからであります。
そしてあの空気。
観光シーズンの終わりに魅せる虚無感。
全て海に流してしまえばなんとかなりそうな。
つぶれたパチンコ屋。
幼い頃は賑わいを見せていたが今は人っこひとりかふたりの商店街。
坂道。路地裏。
山から見下ろす悲しくて美しい光の粒たち。
その地の景色がどう映るかなんて、気の持ちようで全く違う。
わたしは、どこか寂し気な感じが、自分の根暗さとマッチして、大好きでした。
一人暮らし初日は、
暗闇の中外にいるおじさんが悪い人に見えて、ジュースが買えませんでした。
二日目から出勤し、
館内をまわり、
窓から見える海の美しさに、
そこにいることを実感し、嬉しさのあまりつい長居し、戻るのが遅いと怒られました。
二日目で怒られるってあなた。
とにかく早く、一人前いや八割人前にでもなりたくて、がむしゃらに何でもかぶりつきました。
割って入り仕事を覚えました。
朝食前からフロントに立ち、
夕食後赤ら顔のお客様が部屋へ戻るまでぶっ通しで仕事をしました。
ハードなあまり、仕事を教えてくれていた仲良しの先輩が、ものすっっごい美人である事実に気付くのに、かなりの時間を要しました。
そんな、自分が誰かも忘れるラリホーな生活です。
きれいに輪が二つ並ぶ脱ぎっ放しのストッキングが、
ひとつ、ふたつ、みっ…
制服のまま意識がぶっ飛び寝落ちした朝、洗濯が間に合っていない事に気付いたあの焦りは、一体どう表現したらよいでしょう。
洗濯しろよ。
そして仕事に慣れ、ほんの少し余裕を持てるようになり、先輩の顔の毛穴までちゃんと見えるようになった頃、
この仕事の素晴らしさに気付いては、
震えが止まらず、
裏の山の杉でくしゃみと涙と鼻水も止まらず、
美人の先輩と飲みに言っては鼻水をたらしながら仕事の事を朝まで語り合いました。
九割恋ばなでした。
激務な為、仕事終わって朝まで~したとか先輩方が話すのを耳にしては、
んなわけねーだろ。
と半笑いでしたが、
慣れって、恐ろしいです。
朝6時まで海と戯れ、7時に出勤
とかアホな生活も、こなすようになりました。
若さとは、本当に素晴らしいものですね。
休みには、
無人駅で佇み、無人の駅の写真を撮りたい人の妨害をします。
飽きたら市役所のガラス張りエレベーターで上がったり下りたりしながら景色を楽しみます。
そして看板も出てない日用品の店で、ようかんを買い、かじりながら店のおばあちゃんと会話をします。
夜は星を食べながら大室山と会話しました。
職場では毎日、たくさんのお別れ、
そして、新しい出会いがあります。
たった一日、触れ合えるだけの出会いですが、
時には仕事の枠をこえ、
思い出づくりのお手伝いをさせていただいた…つもりでおります。
鍵を渡すだけじゃつまらない。
お姉さん、笑顔がいーねーなんて言っていただくだけで、
この方を少しハッピーにできたと
恐ろしいほど前向きになれました。ほうれい線なんて気にするお年頃じゃない為、いらないって言われたって笑顔の押し売りをしました。
ロビーの真ん中ですっ転んでコーヒーじゅうたんにぶちまけたって、
エレベーターに挟まれたって、
寝ゲロの片付け頼まれたって、
おまえの月給位の宿泊費を一日で払うんだからもっとこれ何とかしろ!なんて怒られたって、全然平気。お客様、わたしの月給、もっと少ないの!てへ。
新品の靴は、すぐにヘタレでした。
毎日、毎日、
何かを求めて訪れる、
たくさんの人。人。人人人。
毎日、毎日、違う顔。
それぞれの背中に、
見えない荷物。
よくお客様がおっしゃったのが、
「こんなとこに来ると帰りたくなくなるよ~」
でした。
帰る場所、やるべき事があるから、ここが息抜きの場所となる。
もっと言ってしまえば、
その方にとって現実を忘れる場所。
しかしわたしにとっても現実を忘れられる場所…
…いかんいかん。
みたいな、あまりに楽しくて、
なんだか、、
何かの途中みたいな、
ゴール前にだいぶ休憩してるみたいな感覚で、日々を送るようになりました。
青も、
緑も、
星も、
旅の途中だと、
いわんばかり。
激務でしたが、
どこか、夢を見ている感覚は拭い切れませんでした。
そんな中、美人の先輩は、有名ホテルに就職が決まりました。
もちろんその就職先ではフロント業に就くまで何年かかるかわからずラウンジからのスタート。
ただ、真っ直ぐな目で、いつか必ずフロントマンになると言い、
伊豆を後にしました。
そう。お互いの結婚式には、いちばん前の席を用意しようとも言っていました。
まだお互い若く、全く現実味の無い約束でしたが、あの涙の別れの瞬間は、未だに色褪せません。
彼女が去り、わたしも、まだ見ぬゴールを目指して進みたくなりました。
幼少期に暮らした家に立ち寄ると、わたしが産まれた時に両親が植えてくれた木が、なくなっていました。
よし。進もう。
亀石峠から見た最後の夜景は、
霞みがかっていました。
あれから数え切れない季節を律儀に数え、徹夜は肌に容赦しない年齢に達し、忙しい毎日を送る中、
ふと、思い出し空想に身を置くその景色は、
あの短い時間で出会った景色です。
少し、休憩したい時、
あの景色に会いにゆくのです。
スタートラインに立ち、
未来がキラキラして仕方なかった頃の自分に、
会いにゆくのです。
ゴールのない変態日記、読んでいただき感謝致します。
書き殴り、蹴り、読み返すのが恐ろしいのでおやすみなさい。
ぷう
