情報の「圧迫感」から逃げる場所。僕が今、あえてラジオを勧める理由

読者の皆様、いつも本当にありがとうございます。

 

スマホ1円の罠だの、接骨院のサプリ営業だの、最近は少し「戦う記事」が続いていたから、書いている僕自身も、正直なところ少しMP(メンタルポイント)を削られています。

 

今日はそんなデジタルの喧騒から離れて、僕が密かに愛してやまない「ラジオ」という最高のガス抜きについて話します。

■ 「見ろ!」という暴力から自由になる

スマホを開けば、SNSも動画サイトも「こっちを見ろ!」「これを買え!」「これが正解だ!」という情報のシャワー……いや、もはや情報の土砂降りだ。

 

画面に指も目も縛り付けられるあの感覚。 あれを僕は、一種の「圧迫感」だと思っている。

一方で、ラジオはどうだろう? ラジオは僕らに「正座して聞け」とは言わない。

家事をしていても、ぼーっとしていても、そこにはただ「誰かの声」が流れている。 情報を強制的に受け取る姿勢ではない、圧迫感のない行動。

 この「ながら聞き」こそが、現代人にとって最大の贅沢なんじゃないかな。

 

 

■ 世界から「1分遅れ」て生きる贅沢

ちなみに、僕は今、部屋のアマゾンエコーに「アレクサ、ラジオをかけて」と頼んで、ラジコを流しながらこれを書いている。

知っている人も多いと思うけど、ネット経由のラジオは、実際の放送から1分くらいのタイムラグ(遅延)が出るんだ。

 

「今、まさに起きていること」から1分遅れて届く声。 でも、その1分の遅れが、僕には妙に心地いい。

世界がどんなに秒単位で急いでいても、僕の部屋には「1分前」の、少しだけ穏やかな空気が流れている気がする。 

最新情報を1秒でも早く掴もうとスマホに噛みつく生活とは、真逆のところにいたいんだ。

 

 

 

■ こだわりの「道具」で聴くという悦び

最近はスマホアプリで何でも聴ける時代だけど、あえて「声」で操作できるスマートスピーカーや、専用のラジオ機で聴くのも、ガジェット好きとしてはたまらない瞬間だ。

 

自分が本当に気に入った道具を一つ手に入れて、長く愛でる。そういうのって健康的で、豊かな生活だと思わない?

 

 

 

■ 最後に

情報を「追いかける」のに疲れたら、一度スマホを置いて、ラジオを点けてみてほしい。 

そこには、あなたを縛り付けない、優しい時間が流れているはずだから。

 

さて、今日はどの番組を聴きながら、ゆっくりコーヒーでも飲もうかな。