パキエのブログ -2ページ目

パキエのブログ

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今の僕とパソコンとの相性は

記憶する中で

かなり悪いほうなのかも知れない




数日前にもブログがァップできなかった





かなり前からレコードを聴いている

みなブルーノートばかりなので他のLP盤からクレームが

僕のパソコンに来たせいなのかもしれない



やれやれ























ただ物書きでないので

書く(ブログを)度に、内容が変化する




家を出てどこかに散策したい欲望があるとき

フラリと小さな鞄に色々詰めて出かける時に



電車に乗る前の、あそこに行くか!

ていう想定が見事に変る





そよ風に漂う香りが

僕に囁くのだ




今日は夕陽が綺麗かも知れないよ



フムフム


じゃああの水辺に行こう とか


























僕の思考は


ある考えが僕を支配しようするとき

どこからか違う香りがしてきて


クーデターを起こすように

すぐに違う方向に進め時がある






散策の予定した場所が変るのも

そのせいかもしれない
























でもたまに混乱した状態になるときがある



そういう時はかなり高い確率ですべてを白紙に戻し


迷わずに美術館に行く




美術館で数分いると

自然にそこに溶けこんでいくのだ





鐘が鳴ったらすぐに教室に入らない癖が

まだ少し残っているのかもしれない

































テレビでニュースは


この数日あまりみないようにしてる





小鳥が木の枝でついばむ木の実を

木の下に捨てるように


ニュースの中身を捨てられないのだ




















秋の植物に芭蕉(ばしょう)という植物があるそうです



本にはバナナ科と書いてあります

秋の植物なのですがまだ見たことはありません



あのバナナのように実もなるそうです

でも食用にならない




風に弱く葉が破れやすいそうです

それらを見て詩人の松尾宗房は、松尾芭蕉と名を変えたそうです





我が身になぞらえて名前を変えたようですが

清い心だったのでしょうね

















でももうじき秋も終わり




あとしばらくは

夕立が化粧を落とさない秋の中に浸りたい気持ちです


































































この夏で生まれた花の側で


この夏に生まれた蝉が鳴いている




この夏で育った小枝に止まり鳴いている








日傘を差しながら歩いていく人びとの


上から蝉は、鳴いている




































僕は冷房の効いた部屋で


外に出ず、蝉の音を聴いている





なんていう暑さだ





しだれ桜の下の傷だらけの木の椅子にかけ


本を読むふりをしてうたた寝したのが


まるで夢のように感じる

































真夏のくせによく寝る





枕元には西鶴の本と,トルストイの本が置かれ


睡眠への誘いのために用意したけど




すぐに夢の中へ、、、







夏の夜は想像以上にすぐに睡魔が僕の横に来る、、、


で,呟くのだ




今夜もまたすぐ寝るのかい?


  やれやれ






















酒を呑め

それこそ永遠の命だ




   なんてオマル、ハイヤームが呟く






楽しめ

一瞬を




   うむ
























でも心配いらないさ



ベランダの花がすぐに,母音の色で


そんな事項など忘れさせてくれる



















ルソーもそう言ってる


  恋と同じで,夏の憎悪は人を信じやすくさせる





でも

夏だぜ まだ^^





















ごくたまに


集めている古い腕時計のネジを巻く






で,腕時計はよせばいいのに、忠実にまた時を刻みだす





ほとんどが手巻きの時計なので、優しくネジを巻く





そこで呟く僕の褒め言葉も

時計たちには飽きているのかもしれない



でも

秋がくれば、また変るかもしれない



































どうしても用事ができたとき


昼間の冷房が効いた電車に乗ることにしている







通勤タイムは,京の織子に似て


苦手なのだ







でごくたまに


中原中矢に似た少年が、文庫本を読んでいたり





鈴木重信が描く女性のような人が


盛んになにやらノートに何か書いている




そこにはスマホの影さえ見えない


































はやくエアコンなどかけずに


レトロな雰囲気が残る,横浜のバザーで購入した


扇風機を回して涼を得たいけど


まだまだ先になるかもしれない







せめて

心太やカキ氷を食べに出る





真夏の風が、背中を押してくれるのだ













































今の僕の住むとこには

駄菓子やがない




でも

近くの駅に行くと上野にある駄菓子やがある




若い女性や小学生に混じり


帽子で顔は半分隠し、レトロな駄菓子を買う



そういう行為は、椎名誠氏なら理解してくれるかもしれない


或いは


永六輔氏なら、、、




















でも愚痴を拙いブログに書いているうちに


もう秋が来る








































僕の気まぐれで


書棚の中の本を整理することがあります



SFはここ

推理小説はここ

純文学はここ


旅行記はここで、時代小説はここ



エッセイはここで、漫画はここ、でハードボイルドはここ


という風に



音楽を聴きながらやるのでゆるやかに時は過ぎて行きます





でその日の夜は


かなり高い確率で、空を飛ぶ夢をみます





夢の中で歓喜の声をあげているのです





























で、そういう夢を見た朝は


だいたい玄関に花を飾りたくなります





それを見て


壁にかけてある時計が

いつもより大きく,チクタクと鳴ります





僕の気まぐれに今さらながら


時計まで呆れているのでしょうね






























こう暑いと寝るのは真夜中過ぎになります




ベットのある部屋は


早く闇が夜を支配したくてうずうずしてるに


そこで寝る人は


真夜中なのにジャズを聴いたり


画用紙に漫画を描いて遊んでいるのです































さて寝ようとすると


冷蔵庫が呟くのです





ジャムも冷えてるし


トマトもレタスも冷えてるよ




昨日ワインを買わなかった?


寝るには惜しい夜だよ



     ううむ^^^^




















































冷蔵庫は基本物を冷やすためにある



しかし彼が言う言葉は


温かく、そしてとても優しいのだ




この気持ちはお気に入りのシャツに腕を通すのに



とても似ています






































そういう夜は,エアコンのありがたさに感謝します






花が咲き乱れる道を歩いているようです


外は真夏の夜なのに




舌の上に乗せた冷えたトマトは


開かない鍵が開いた気分です




で,思わず猫のように唸るのです










































寝る前にベランダの花に水を上げようと


ベランダに出たのですが



軽い衝撃がありました




凄い朝焼けを見たのです





過去にもあまりこれほどの朝焼けを見たことがないので


しばらく身体を固くして見てました



山に登る人はもしかしてこういう感動を



味あうために登るのかもしれない






































ギターのCDを聴き



残りのワインを呑み

心の中をワインとギターの旋律で満たしました



  


これからの数日のために、、、






















































急に夏です



大分前に植えたひまわりが


僕に向かい微笑んでいるように見えます




   夏が好きなんでしょう? パキエさん




当たりです



































昨日


なかなか寝付かれず


本棚の一番奥から,三島由起夫(文芸春秋版)を出し


短編 真夏の死 を,読みました


数行読んで寝るかな


と安易に考えていたのですが


つい最後まで









そこには真夏の海と

主人公(朝子)の真夏の海のような


激しい心の動きが,書かれている


      のです












































今まで見ていた空が





急にギラギラと輝き,台風の影響で

小枝が踊りだしています



風が旋律を出し小枝にワルツを教えているようです







僕もスーツに着替えなくては




小枝を見ながら踊るのもいいかもしれない





真夏の夜の夢の,準備です













































夏の長い夜は


月はどこまでも蒼く

風はとても優しく


蝉も飽きずにコンサートを続けてくれます





マイルスの音はまさに夏のようにクールで


変色しない絵のように


いつ聴いても飽きません







でもこういう夜は

ジャズでなくてはいけない




なんてつまらないこだわりがあるんです





できれば明かりも昔の電球の明かりか

欲をいえばキャンドルで・・・



気持ちだけでもNYの裏道にあるジャズバーのように^^








































でも僕の部屋には傷だらけのテーブルはない


表面はウレタン塗装されて人工的な艶があり


これも人工的な脚部がついている






ギャバンやモンローが吞むような酒には全然合わない


なんていつもテーブルを見る度に嘆いています




そこではカード占いする気にはなれないのです






































時々田山花袋がいた時代を焦がれている自分に気ずきます






気が向けば浅草のカフェに酒を吞みに行き

女給さんをからかい



油の匂いのする床の上で踊る踊子を眺め

ボロボロの詩集などを読む




タイムマシンを誰かから,借りなくては^^




























でもたまには

こういう妄想もよくないですか?

















まああとはせめて見る夢の中に出てくれれば・・・・






























僕の友人でジャズが好きなのが二人いて

よく彼等とジャズを聴きにいった




新宿 高円寺 お茶の水 青山 高円寺 ETC



今思えばいい時代だった




その中のひとりに

いつも冗談も余り言わない奴がいて


そのくせジャズを聴きだすと豹変するのだ



やたら首を振るしテーブルの上で手でリズムを取る



あるときなどテーブルの上の珈琲などを盛大にこぼし


あせったもんです



でも素敵なウエートレスがいて


またなの? と笑いながら新しい珈琲を運んでくれた


ナイスガイが3人いたせいでもなく


多分とてもいい人なのだろう



   そうに決まっている



























ある店のトイレなど壁に訳のわからない文が書かれ


ジャズメンのイラストもとてもうまく描いてあった





今でも覚えている壁のいたずら書きはたくさんあり


中には子規の文を盗んだのもあった






棺の前にて演奏すること無用に候


マイルス、シキ





































粋なその店のオーナーはそういう類いのいたずら書きは


消さず



そのかわり酷い作?はすぐ消されていたような気がする








































その時代は


金はなくてもなんとか遊べた気がする




もう一人のジャズ友は


正直危ない姿をしていた


理髪など数ヶ月行かないし食事も非常にラフで



インスタントラーメンだけで数日も過ごす強者だった






ゴミ捨て場から壊れた椅子などを部屋に運び


修理をしながら使っていた気がする





























































一度僕にブレザーとネクタイを借りにきたことがある



どこかの女性に恋したのかもしれない





でそれを僕に返しにきたとき



青ざめた顔でお礼をいってすぐ帰っていった




おそらく逢瀬はうまくいかなかったのだろう








粉雪が降り出した日だった












































僕はそのとき


何もいえなかった



良き友ではなかったのかもしれない


その年の冬は彼にとりランボウの地獄の季節だったに違いない




で数日後


ジャズ仲3人で御茶ノ水のニューポートでジャズを聴き


駅前で蕎麦を食べ


ニコライ堂を眺めながらみな無口でいた気がする




あのとき何を言えばいいのか,分らなかったのだ




















今思えば


まさに帰り来ぬ青春だった気がする








































 花と遊べる時は

ある意味、心に余裕があり

花を見れない時は,心が死んでいる時かもしれない



無機質な街中で少女が,花屋のウインドーの花を

じーと見ている光景に出会ったことがある



もしかしたら

少女は花と会話していたのかも、しれない・・・




ルナールの「にんじん」の中の少年のように

顔は楽しさを秘めていた


 
 それを知られたくないのだ



























もう7月


いつもより,長く月を見れる





キリギリスはそういう僕を見て

可笑しさを堪えているのだろうな

なんとなくわかる


その証拠に,一瞬

キリギリスの歌が止まるのだ

































この数日

雨が安ホテルの中で,詩集を読んでいる少年の

ように




降ったり,やんだり




花と雨と

そしてたまに月






ゴダールもこういう季節の中で

シナリオを読んでいたのかもしれない



で、考えがまとまらず


またワインを呑む







彼が酩酊したら


彼の頭に,アンナ、カリーナの顔が浮かび

微笑むのだろうな





羨ましい

僕が酩酊しても浮かぶのは

たまに会う野良猫の優しい顔だけだ














































旅したときに見た

公園はとても美しく,花が咲き乱れ


まるで天国を模写したようにさえ感じた





そこの中にあるベンチに腰かけていると

風も気持ちよく

花の香りを僕のやや荒んだ心に,運んでくれた




なんていう時間なんだ!


 それからそのような公園を歩いた記憶がない












































過ぎていくから


過去のそういう記憶は


リピートされない事実に、たまらない執があるののだろう




手の中のグラスの溶けていく氷のように

また新しくは入れられないのだ






























外国を旅したときに

購入した香水瓶がいくつかある



その色

そのデザインが素敵で三つ購入した





あれから数年


全然使わないのに,瓶の中の香水はまだ

光に輝き,僕を魅惑する




香水と瓶は

僕に言わずに約束したのかもしれない



  あなたがいなくなるまで

  この中にいるわ





香水の約束

本当かもしれない






































ゆらゆらする

陽光の下で、これから数ヶ月



音楽と花と

優しい風に包まれて過ごせる





じきに秋・・・・













































旅をしていて


或る場所から,離れるのが困難な時って たまにあるんです








京都の哲学の道を歩きながら


銀閣寺橋のとこに咲く紫陽花のそばで


蛍を見たことがあります






ここの川は疎水だそうです





陽が沈みかけ


その微かな灯りが、なぜかすぐに立ち去るのを


咎めていた気がします
























気持ちは 井原西鶴

でも


凡人であるがゆえの,ためらいは愚かしいでしょう(笑)






後ろ髪を引かれながら宿に

































いつのまにか六月です



時間の過ぎる早さには

いくつになっても慣れません



子供のころに感じないこういう感覚は


大人にはないものなんでしょうね



































相変わらず古書店まわりをしています



古書は楢の木の葉のように

黄変します





でもそこに書かれている言葉は

輝きを失わないで,いつも新鮮です





鴎外の書いた本の一筋のように



人生いくばくもあらず

です




なら本の中での旅もまた いいものです





































紙に書かれた思想は


海の砂に書いた言葉と違い


すぐには消えません





同じことが


美術館で見た絵画のように

強く胸の中に残り




ふとした時に思い出し

歩きながらでも

電車の中でも



僕を戒め 警鐘を聞くのです


































数日前

日本橋の或 蕎麦屋で、ざる蕎麦を食べました







数日肉料理ばかり食べてた記憶があります





うまいです

蕎麦がうまい



で、

そこで出されたお茶が、またうまい



これで時間があれば上野に行き

寄席を見にいくとこです(笑)




























若い時は




名画座をはしごして

夜にどこかの定食屋で なにか食べ


また映画を見に行きました






頭の中は 素敵なラブシーンと

餃子の味が混じり



奇妙な関係を共存していまた







でも

いずれもすぐに消化し

帰りの電車で半分寝ながら,ラブシーンを


回想してました 



  我が青春の日々です 笑














































水道橋に スイングという名のジャズを


聞かせてくれる店がありました







僕の好きな作家の、H,Mが働いていた店です

よく通いました




ジャズと洋画と美術館と図書館 


それとクラシックコンサート ETC



時間が足らない時でした



































もうじき、ほうずき市


いい下駄 買わなくちゃ 笑







































ベランダに一冬過ごした花は

可愛い蕾をつけた



で,嬉しくて 花に言う



可愛いし綺麗だよ





そして鉢に数滴のワインを
























花やで花を買うより数倍嬉しい


暖かいからか

初夏のような気候が,花に蕾をつけたのかもしれない





花は夏に緑の服を着て

鮮やかな笑顔を見せてくれる





見れば

目の前の木々もみな緑色





やや涼しい風が頬を撫でる





で、耳元に囁くのだ


   貴方の好きな季節がきたわね






































この時期は、たまに子供の歩きかたをする


そうするとすれ違う子供たちが,挨拶をしてくれるのだ



こんにちは


で、またこんにちは




勿論顔をよくしっているのだけど


たまに聞かれることもある



   おじさん このまえの黒い猫 知らない?






かれらには子猫は友達なのだ



で、たまにおにいさん と呼んでくれることあるし・・・
































ボブ、デランは好きな歌手の一人です


で よく聴きます



彼はおそらく「進め! 前進」という言葉を使わないと思う







風に吹かれて歩く人ですから




































この数年


キノコが好きになりました


いろいろな野菜と混ぜて少しを肉をいれ


好きなパンといっしょに食べ



モーツァルトなどを聴く





遅い昼食です





こういう時間が好きになりました




でもうじきよく行く木の椅子があるレストランで


外で食べれる陽気になりました



こういう場所のいいとこは


雀とかがたまに足下に遊びにくるのです

































僕が生まれた街は下町なので


こういう店はなく


代わりに駄菓子やでお菓子を買い


神社にいき 小鳥によくお菓子をあげたものです





たまにいしょに行く 友達たちは

そこでよく神社の人に怒られていました



木登りをするからです
























ボブ デランには そういう子供時代を思い出す

なんかがあるんです






好奇心旺盛な,子供時代に
































歩いていると


いつの間にか心の中に,音が入っている時がある

そういう時って

もしかしたら

子供の頃に帰っているのかもしれない







草の上にはらばいになり

陽に輝いている花を見て、そこにいるてんとう虫に

話しかけていて


君はいつ寝るの?



なんて変なことを聞いている























一時


動物は僕に話しかけているのかなぁ~

なんて真剣に考えていたときがある





もしかしたら猫に僕が


話しかけている言葉も理解しているのかも知れない





猫は


「今日はカメラぶら下げていないのね」



なんて微笑みながら,話しているかも


しれないのだ








































野良猫と少し遊び

別れる時


またくるからね


なんて言う言葉を (もう来ないくせに)

と、ばれているのかも知れないのだ




























降りしきる桜の花びらを見て


小鳥たちは




もう次の桜が咲く頃は

土の中に眠るかも知れない

なんて思っているのだろうか



気のせいか,囀る鳴き声に哀愁を感じるのだ





































もう変色している

昔、神田の古書店で購入した俳句の本を読むと



この時期は

花や小鳥 月や空のことが

とても多く書かれている



寒い冬が去ったので心が

そういうものを賛歌したいのかもしれない





























前に、春の鎌倉の海を見ていたとき


やたら魚が跳ねていたのを記憶している



春が来たので(もしかしたら)魚も嬉しいのかも知れない


もしその時,僕が少年なら

負けずに跳ねたかも






















魚も恋するのだろうな


おそらく





山本常朝が書いた



 一生忍びて思ひ死(じに)することこそ

 恋の本意なれ。





という文に

考えさせてしまう



































窓から小鳥が高い木の上に巣を作ってるのが見える



もう一羽が小枝を運び、もう一羽が大きさを確認している


愛も確認したに違いない


とても嬉しそうで盛んにさえずりあっている




歓びの中にいる鳥たちを見るのは,カーネギーホールの桟敷にいるより


はるかに楽しい























小鳥たちはその仕事中にも


時々囁きあっている





この巣作りが終わったら、小鳥たちはおそらくワルツを踊るに違いない


僕もスーツに着替え胸のポケットに


野で咲いていた花を一輪差し


鳥たちと視線があったらウインクしなくてはならない



あるいはイムジチの四季の春でもかけるかな・・・



































桜が咲きだしましたね



毎年今年はどこに見に行くかなあ

なんて悩んでいます





晴れた日ばかり選んでいたので

小雨が降る日もいいのかな

なんてひねくれた思考をしてます
























あまり有名でないとこに行きたい


という願望はあるのですが、心の中では古寺の側で咲く桜をみたい


という気持ちはいつも変わりません





















でも



年年歳々 花相似たり

年年歳々 人同じからず



のようにはいかないものです



































数年前に某所に旅してる時


綺麗な姿の木を見ていたら横に通りかかった人が




春にいらっしゃい

見事なしだれ桜だから




と教えてくれた時がありました


この季節になると思い出すのですが



いまだに実現してません





桜の妖精に会えたかもしれないのに、、、




なんて雑念があるうちは行けないのでしょうね


































桜を見る度に

そういうことを思い出すのは





川に散って流されていく桜の花びらたちに


そういう妄想してるのを


見破られているのでしょうね