フィギュアスケート・クエスト !!

こちらのコーナーでは、フィギュアスケートに関わる、モノや人に注目し、学習や取材を通して、
フィギュアスケートを探求していきます。

 

久々のブログ更新です。

 

いよいよグランプリシリーズが始まりました。

スケートアメリカに始まり、27日はスケートカナダ開催です。

 

2018年10月6日をもって実演者として引退を表明した町田樹さんの解説が興味深く、そこから少しだけ調べてみました。

 

町田さんの解説は毎回勉強になりますが、今回「ロシアンスタイル」というキーワードが、知りたい欲求にどストライクしました!!

 

 

キッカケはこちらの映像です。

1分42秒からの解説部分。

 

 

要約すると

「ネイサンのジャンプスタイルはロシアンスタイル
空中姿勢がアレクセイ・N・ミーシンのスタイル
左手が肩、右手が脇腹 この空中姿勢はアレクセイが独自で開発した姿勢」

 

他の選手もジャンプの空中姿勢にパターンがあり、とても興味深いです。

 

 

独自のジャンプ空中姿勢を開発したアレクセイ・N・ミーシン氏はどんな人か、ご存知の方も多いと思いますが。

 

 

アレクセイ・N・ミーシン

Alexei Nikolaevich Mishin
アレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシン
Алексей Николаевич Мишин

 

ソビエト連邦 1941年3月8日生まれ

現在77歳ですが、サンクトペテルブルク国立体育アカデミーで現在もスピードスケートとフィギュアスケート、スポーツパレ「スユビレイニー」を拠点に、現在、エリザベータ・トゥクタミシェワ選手やアンドレイ・ラズキン選手のコーチとしても有名です。

 

幼少期は食糧不足からクル病にかかったり、引退後はコーチとして早くから頭角を現しましたが、ソ連国家保安委員会から思想に問題があると目され、国外へ出る事を禁じられ厳しい監視下に3年間も置かれるなど、大変苦労された方です。

 

 

 

アレクセイ・ミーシン氏のドキュメンタリーです。

ロシア語ですが、ミーシン氏の若い頃の映像などが見れて楽しいです。

『アレクセイ・ミーシン - 星々の狭間で』(2011)

 

 

 

厳しい監視下の中でもアレクセイ・ミーシン氏はエンジニアとして学びながら科学の学位を取得し、フィギュアスケートの研究も進め著書を何冊か出版しました。

 

1982年に国際文化出版社から『コーチとスケーターのためのフィギュア技術』が出版されたそうで(絶版)これは既出のJumps in Figure Skating(1976年)、School in Figure Skating(1979年)から抜粋編集した内容だそうです。

 

 

この本の詳しい内容は、こちらのブログで各種類のジャンプの概要がまとめられています。

コーチとスケーターのためのフィギュア技術

 

 

 

アレクセイ・ミーシン氏は15歳で本格的にスケートを習い始め、最初はシングル選手として国内競技に参加。

1967年からペアを組み国際試合に出場し、1969年のソ連選手権で優勝。同年、世界選手権で銀メダルを獲得。

 

 

アレクセイ・ミーシン&タマラ・モスクビナの1968年の映像がありました。

 

ぴったり息の合った動き、見とれてしまいます。1960年代のエレガントな雰囲気が素敵です。

この当時の音源はレコード???でしょうか?

そうだとしたら現在のプログラムのように編集しなかったのでしょうね。

 

 

アレクセイ・ミーシン氏が育てた有名な選手は

アレクセイ・ウルマノフアレクセイ・ヤグディンエフゲニー・プルシェンコ

 

 

ここで話を戻し、アレクセイ・ミーシン氏が独自で開発したジャンプの空中姿勢を弟子が継承しているのかどうか、興味が出てきました。

 

 

まずは、ロシア男子選手初のオリンピック金メダリスト

アレクセイ・ウルマノフ 1994年

 

 

 

アレクセイ・ヤグディン 1992年~1998年までミーシン氏に師事。コーチとは確執があったらしいですが。1998年 世界選手権 優勝

 

 

エフゲニー・プルシェンコ 1993年~2017年ミーシン氏に師事。

1998年NHK杯優勝 16歳のプルシェンコ 

ジャンプの精度がこの頃から凄い。落ち着いていてメンタルも非常に強いです。

 

 

こうして見ると、ロシアンスタイルがどうかは忘れて見てしまいます爆  笑

ヤグディンはロシアンスタイルとは違う事が解りましたが、他はハッキリとは解りませんでしたwww

皆さんはどう思われましたでしょうか?

 

 

いずれにしてもコーチという仕事は、他との確執などいろいろあり、選手もコーチも色んな思いを抱えながらも、スケートの研鑽に取り組んでる事を今回いろいろ調べる中で知る事が出来ました。

 

 

 

ヤグディン氏の著作「オーバーカム―フィギュアスケートオリンピックチャンピオンストーリー」では幼少期から選手時代の話が赤裸々に語られています。
 

 

 

 

 

今季のグランプリシリーズ、女子も男子も進化し続けるスケーティングに注目です!!  音譜

 

 

 

 

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今回は現代のフィギュアスケートとは少し離れた、スケートの起源に関してお話したいと思います。

 

Webサイトなどではスケートの起源について、動物の骨を使っていたと記述されていますが、更に深く探ってみると、どうやら初期ルネサンス期以前の時代で使われていたスケートの「Bone Skates」という研究分野があるらしく、これが超ヲタな世界でスケートマニアというよりは、ほぼ骨マニアのレベルです。(*`▽´*)

 

 

スケートの発祥起源についてはオランダvsスカンジナビア対立論争があるらしく、

主張はそれぞれ、

オランダ側は、「アイススケートはオランダの発明ザマす!」

スカンジナビア勢は「800年代前半にバイキング達がオランダにアイススケート持ち込んだろが!!」

と現在も発祥の地については論争の終止がつかない模様です。

なので、スケート発祥の地に関する記事や情報に関しては鵜呑みにしないほうが良いでしょう。

 

ともあれ現存している最古のスケートは、およそ紀元前3000年のものらしく、スイスの湖底で発見されたそうです。 (# ゜Д゜)

 

 

ちなみに海外のBone Skates Databaseでは、どこでいつ頃のBone Skatesが発見されたかの詳細が掲載されていますので興味のある方はご覧ください。 ( ̄Д ̄;;

Bone Skates Database

 

 

そして今回、憶測や推測ではなく実際に記述が残されている情報を見つけました。

12世紀のイギリスでのお話でMuseum of London の記事です。

 

 

12世紀、ウィリアム・フィッツ・ステファンという、イギリスの聖職者がおりました。

 

ウィリアム・フィッツ・ステファン(William FitzStephen 生1140 - 没1191)

 

彼はカンタベリー大主教のトーマス・ベケット(在位1162年-1170年)という人に使えていて、その人の伝記を書きました。

その『トーマス・ベケット伝記』の序文「Descriptio Nobilissimi Civitatis Londoniae」に含まれていた文章の中に12世紀当時のスケートの様子が書かれているそうです。

 

Museum of London の記事によりますと、

1173年、ウィリアム・フィッツ・ステファン(William Fitzstephen 1140-1191)は、ムーアやムーアフィールドと呼ばれる街の北部の沼地が冬に凍りついて、ロンドンの人々がこのような磨かれたBone Skatesでいかにスケートをしたかを説明しました。


”群衆の若い男性が氷上で遊ぶために出かける。それらのうちのいくつかは、牛の脛骨(けいこつ)を足にフィットさせ、足首のまわりを縛っています。彼らは自分の手で鉄のスパイクの棒を持って氷上で定期的に打ち、飛ぶ鳥やカタパルトの玉のような速さで運ばれます。"

 

12世紀のイギリスではスケートが娯楽の一つとして楽しまれていた事が記述から解ります。

 

 

記述にある「磨かれたBone Skates」の画像はこちらです。

 

 

 

脛骨はこれですね。 ↓

 

 

 

脛骨で作ったスケート。(年代不明)

 

現在のスケートの語源はオランダ語のschaatsに由来し、「足の骨」または「シャンクの骨」を意味するそうです。

 

 

12世紀のイギリスでは、おそらくこのような感じで滑っていたのでしょうか?

(注:図は1539年の北欧の海図の中のスケートの様子)

 

 

14世紀頃までBone Skatesが使われていたようですが、これを現代人が実験のため実践した資料もあるなどwww 骨太な探究心に感心しました!!(*`▽´*)ウヒョヒョ

 

 

考えてみると現代のフィギュアスケートの歴史の何倍もBone Skatesの歴史のほうが長いので、興味が尽きないという人がいても不思議ではないのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

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2018年8月11日14時~横浜ランドマークで医療機器製造販売コラントッテのイベント、宇野昌磨選手のトークショーが開催されました。

 

大盛況で人、人、人で溢れ、宇野昌磨選手の人気の高さを実感しました!!!!

宇野昌磨選手が登場すると一斉に「しょーま~~!!」の掛け声で一気に会場が湧き上がりました。

宇野昌磨選手も嬉しそうに見えました。

 

この日のトークショーはトークタイムが30分程度、あとは抽選の撮影会握手会でトータル50分程度の時間でしたが、皆さんとても楽しそうで充実した時間でした。

 

イベントでスタッフの方々も忙しい中、もちろんコラントッテの社長さんも忙しい中、快くインタビューに応じていただき、大変感謝しております!!!!

 

当日アポなしでインタビューは無理だと思っていましたが、突然決行となり、質問内容が浅い事が悔やまれますが、お話を伺う事が出来て大変光栄でした。

 

以下、インタビュー

 

 

A:一番最初に宇野昌磨選手のモデルを作ったのは2017年からですか?

2017年と2018年バージョンでは何が違いますか?

小松社長:はい。2017年からですね。違いは色ですねwww

 

A:反響はどうでしたか?
小松社長:いや~~~~!!!もう大反響いただいて!!!(満面の笑み)

 

A:2018年バージョンは青でしたが、平昌オリンピックでは宇野昌磨選手は赤いのをつけていましたよね?

小松社長:あれはまだ青いのが発売される前だったので、昌磨くんが、ファンの皆さんのためにと言って、赤のほうを選んで付けたんです。

 

A:宇野昌磨選手に注目するようになって、すぐに気が付いたのがいつも同じネックレスをしていることで、お守りのような感じの何かかな?とも思っていましたが、まさかあんなオシャレなものが医療機器だとは思いませんでした。

小松社長:そうですね。こういったデザインで医療機器認証されている製品は、世界でもうちだけのものなんです。

 

A:コラントッテはイタリア語か何かから取った名前ですか?(←おバカな質問w)

小松社長:いえいえwwwあれは「肩こらん」とかそんなところからコラントッテにしました。

 

A:毎年宇野昌磨選手のバージョンを発表していただいて、いつかそれがプレミアムになったら面白いですね。

2019年バージョンは出ますか?

小松社長:いや~~それはないかなと、あんまり次から次へとやっても、お客さんにも悪いですし.......。

うちの製品は一つ一つ職人さんの手作りなので、つくりも丁寧です。

もうすぐ工場で作っている様子を映像で配信する予定ですのでお楽しみに。

 

 

これでこの日のインタビューは終わりましたが、突然の申し出にも快く笑顔で応対して下さった小松社長はとても魅力的な方でした。

それと毎年いろいろ製品を出しては申し訳ないなんて、非常に良心的なお言葉。

コラントッテは単に製品を販売するのではなく、人のため、健康のために役立つサービスをされている会社なのだと改めて思います。

 

今回のようなイベントでは、時にスタッフが塩対応であったりすることも珍しくない中、コラントッテの社員の皆さんのとてもフレンドリーで客の立場を考えた丁寧な対応には驚きました。

 

2017年にコラントッテでは宇野昌磨選手への応援メッセージを公募し、内容が重複しているものも余すことなく全て掲載し、それを宇野昌磨選手に見てもらったりと、心のこもった仕事をされている企業だなという印象がありましたが、今回イベントに足を運んでみて、小松社長のお人柄、心意気が社員全体に行きわたっている感じが印象的でした。

 

現代の社会の仕組みに呑み込まれ、心をなくした会社で働く事に苦しんでいる人が多い中、コラントッテの社員の方は良い会社との出逢いでイキイキしてるように見えました。

 

就職する会社、経営者の人格が組織に反映されるので、就職するならコラントッテお勧めですwww

 

それと今回、小松社長とお話出来、社長のファンになりましたw

これからもコラントッテ応援させていただきます爆  笑爆  笑爆  笑

 

また別の機会に工場を取材できたらと考えております。

 

 

 

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いつも楽しいシェンロンさんのブログですが、楽しいだけではなく愛情を感じますね(≧∇≦)

グランパス セレモニーのYouTubeが圧巻です。

 


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2018年8月14日中京大学豊田キャンパスアイスアリーナにて、

「浅田真央中京大サンクスツアー」が開催されました。

このアイスショーは大学の在学生、教職員、卒業生、の大学関係者限定のスペシャルアイスショーでした。

今回、中京大学の卒業生K・Mさんにスケーターに関わる貴重なレポートを頂きましたので、ブログにて公開致します。

(画像掲載は全て許可を得ております)

 

 

 

「中京生の篤き心」

 

 中京大学の浅田真央ショーに行ってきました。

自分は無良崇人君や浅田真央さんと同期の元中京生です。

フィギュアスケートも愛知県民なのでよく見ます。

中京大学には体育学部(現スポーツ科学部)があり多くの卒業生を輩出しています。


 近所に卒業生が店を出していて朝早くから多くの部活の朝食の配達をしています。

フィギュアスケートもご存知の通りアイスダンスやジュニア、シニア等多くの合宿が開催されていますがアリーナで黙って待っていても朝食は出てきません。

いったい朝7時にアリーナに朝食を配達してくれる店がこの田舎に何件あるでしょうか。

よくよく覚えておいて欲しいのです。早起きして後輩のために食事を作って配達してくれる先輩がいることを。


 赤字対策のためレインボーリンクが解体されました。困るのは中京生ではないノービス選手。

先日、先輩の店で子供がスケート靴を合わせている風景を目にしました。場所がないから借りているのでしょうがここでも先輩が力になっていました。

忘れないでほしいです。先輩たちの篤い心を。

 


 

今回、これぞプロという素晴らしいアイスショーをありがとうございました。

どのプログラムもみんなが力を合わせて最高級に作り上げた公演であったと思います。

とても無良君が立派になってまぶしく見えました。

自分ももっと仕事に打ち込まなくてはと思いました。


フィギュアスケートに大きな支援はできませんが、微力ながら無良君や浅田さん、宇野君等中京の選手の応援をしていきたいと思っています。

 

GO!CYUKYO!                   卒業生K・M

 

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2018.8.2~6に第56回北九州オープンフィギュアスケート競技会(飯塚杯)が行われました。
今回は、飯塚杯の裏方としてご活躍されている I・K さんにお話を伺う事が出来ました。

宇野昌磨選手のお友達としても有名な、竹内孝太朗選手や日野龍樹選手に関するお話もしていただきました。

 

 

以下、インタビュー (文中掲載画像は全て許可を得ております)

 

 

 

Q:裏方でお仕事されているそうですが、いつ頃からそういった事をされていますか?
I・K:裏方さんではなくただの1ファンですが、フィギュアスケートに興味を持った2015年から競技会を観戦に行っています。
1番最初に観戦したのが、地元福岡の飯塚杯です。

Q:いろいろ大変なことがあると思いますが、特にどんなことが大変でしょうか?
I・K:楽しいことの方が多いので特に大変なことはありません。

地元以外で初めてお目にかかる選手の方が、衣装を脱いだらどこにいるのかわからないことくらいです(笑)

Q:若い選手を見ていてどのように感じていますか?
I・K:フィギュアスケート選手に限らずですが、学校との両立は大変だろうなと感じています。

選手たちは、数あるスポーツの中からフィギュアスケートを選んでここにいると思うので、自然と感謝の気持ちになってしまいます。

Q:現在のフィギュアスケートを取り巻く環境はどのようですか?
I・K:スケオタと名乗れないほどのド素人目線から見ると、練習時間の確保がとても難しいスポーツに見えます。
夜に近い早朝や深夜、リンクの一般滑走から外れる時間での練習に合わせてのご家族の送迎。
その前後に通常通りに学校に通っている選手は本当に頑張り屋さんだと思います。

Q:今後フィギュアスケートに関心を持つ子供たちは増えていくと思いますか?
  また、そのためには何が必要でしょうか?

I・K:オリンピックで活躍された羽生結弦選手や宇野昌磨選手をはじめ、各諸先輩の方々のメディア露出により、関心を持つ子は増えていく と思います。
主に海外現役選手のバラエティやトーク番組への出演、国内外のフィギュア選手のものまね芸人もいたりするので、そこから興味を持つ子も出てくると思います。
私は、まず興味を持たないと何でも始められないと思うので、とてもありがたいことだと感じます。
私の周りの意見なのですが、フィギュアスケートはインドアスポーツなので、どうしても敷居が高いイメージがあります。
その時にお試しで気軽に体験できる場がもっと増えたらいいなと思います。
例えば、課金制で良いのでクラブ所属の選手の練習を気軽に見学にいけたり、海外のように試合やショーがSNS OKになったらいいなと思います。
個人的には、スイミングスクールみたいにリンクまでの送迎バスや、ロシアのプルシェンコが作ったようなスケートの全寮制の学校ができたらいいのになと思っています。

宝くじを当てたら私が作りたいです(笑)

 

 

Q:今回ジュニアの三浦佳生(みうら かお)選手が九州の有江克生選手と参戦しましたがどう思いましたか?
 I・K:言葉で言えないくらい嬉しかったです!
三浦くんは関東で、今話題になっているジュニア選手。
飯塚杯に来てくれて嬉しかったです。

 

Q:ここ数年で感じた日野龍樹選手の成長はどうお感じになりますか?

I・K:飯塚杯と、去年福岡で開催された大会での様子しかわかりませんが、どことなく自信なさげだった部分が払拭されたように感じました。
 「自分は自分」というのが伝わってきます。
日野龍樹くんは、私が一番最初に試合観戦に来てお話をさせていただいた選手。
とても幸運なことに、スケートに関することを少し教えていただきました。
あの時は日野選手も、初めてスケートを間近でみた人の感想に興味津々に見えました。
とはいっても、特に難しい会話をしたわけではなくて、ど素人の話につきあってくれた感じです。(笑)

 

(会話)

I・K:「テレビで見ているとわからなかったけど、ジャンプ転倒の音があんなに大きいと思わなかった。とても痛そうです。」
日野龍樹選手:「そう見えますか?(笑)実は受身をとっているので、そんなに痛みはないんですよ。転ぶときは、跳んだ瞬間にわかるから受身をとるんです。」
I・K:「跳んだ瞬間にわかるなんてすごい!!!」

 

 

このときに、応援は選手のチカラになる、ライストでもテレビでも現地でも観てくれるだけで嬉しいと教えてもらいました。
それを素直に実践して今に至ります。
それから毎年、飯塚杯で日野選手をお見かけするのですが、後輩やファンの方々への接し方など良い意味で変わってないなと思います。
日野選手と直接お話した方は、もれなくファンになっています(笑)

 

 

Q:竹内孝太朗選手の成長はどうお感じになりますか?

I・K:竹内孝太朗選手とお話したのは今年で2回目です。
いつも落ち着いてファンの方々と接していらっしゃいます。
個人的には執事感が増した気がします。(笑)
穏やかで明るい雰囲気で接してくださるので、お話するといつもなぜかホッとします。
演技中は悔しい表情や闘志に沸き立った表情を浮かべる時があるけれど、それ以外ではいつも笑顔です。男女問わず人気があるのもうなづけます。

 

 

Q:ここ数年で感じた九州の選手たちの成長は?

I・K:一昨年 NHKの番組「奇跡のレッスン」の収録で、シェイリーン・ボーンさんが飯塚アイスパレスにお越しになりました。
実際にレッスンを受けたのはジュニア選手でしたが、それから他の選手たちやアイスリンクの雰囲気も変わったと感じます。
リンク特有の、どことなく閉鎖的な感じが薄くなったように思います。
そのせいか、選手たちもリンクで「魅せる」「楽しむ」「楽しませる」ことを今まで以上に意識しているように思います。
アニメ「 ユーリオンアイス」の影響もあり、良い意味で注目が九州の選手たちに集まったことも大きいと思います。

Q:選手をサポートしてきてどんな瞬間に幸せを感じることがありますか?
I・K:幸せな瞬間はたくさんあります!
まず選手たちの元気な姿を、会場で見ることができたら嬉しい。
あと友達との化学反応で、どんどん素敵に変わっていく姿を目の当たりにできるときが1番の喜びです。
結果は二の次だと思っていますけど、やはり良い点数がでたときは幸せを感じます。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

選手に対する愛情を感じる心温まるお話が聞けました。

もともとフィギュアスケートは I・K さんのような方の、厚意で支えられてきた部分が大きいのだと思います。

 

 

今でこそ華やかに見えるフィギュアスケート界ですが、マイナーなスポーツの印象を持たれていた時代のほうが遥に長かったとも言えると思います。

 

 

今回、インタビューにあたりご協力下さった方々に感謝致します。

 

 

 

『フィギュアスケート・クエスト』では今後も少しずつ連載していきますので、次回お楽しみに音譜音譜音譜

 

 

 

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せっかくブログも立ち上げましたので、これからはフギュアスケートに関わるモノや人の情報もブログに掲載していけたらと思います!!(≧∇≦)!!

 

自分もまだまだフィギュアスケートに関して知らない事が多いので、これを機会に色々と探索していけたらと思います爆  笑

 

会の名前のところに以前までは(仮)とありましたが、私設の会ですので、出来る限り名称の表記は控えようと思いまして、

「SSC フィギュアスケート研究部」と表記することにしました。

 

肖像権やパブリシティ権などの話はよく耳にしますが、肖像権に関しては一般の方のほうが厳しく保護される一方で、著名人の場合は曖昧であるのが現状らしいです。

 

パブリシティ権に関しては商業利用目的のみに適用されるそうです。

 

今後も適切な管理の元、会の運営をしていきたいと考えております。

 

もちろんSSCは営利団体ではありませんので、名称使用に関しては問題はないのですが、ザワザワが予想外でしたのでw

 

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