龍馬伝も終盤に差し掛かり、暗殺まで何か月とナレーションが

入るようになってきましたね。


福山龍馬にもせっかく馴染んできただけに、あと3回ほどで終了

することに、寂しさも感じます。


龍馬伝に合わせて進めてきた幕末クイズももう終盤になりました。

最後まで、皆様よろしくお付き合い下さい。

それでは、今週も一緒に幕末についてお勉強していきましょう!





【問1】

土佐の前藩主山内容堂は、あくまで公武合体にこだわっていたが、龍馬らは土佐と薩摩の間で盟約を結んだが、その場所はどこか?

①吉田屋

②池田屋

③寺田屋

④近江屋


【問2】

慶応三年、イギリス人水兵2名が殺害される事件が起き、海援隊はその犯人としての嫌疑をかけられたが、その事件とは何か?

①丸山事件

②生麦事件

③イカルス号事件

④シーボルト号事件


【問3】

慶喜は十四代将軍家茂の後見人となり、家茂の病死後は、一旦は将軍になることを拒んだが、ついには将軍に就任した。その慶喜の将軍在位期間は?

①8か月余り

②10か月余り

③1年2か月余り

④1年6か月余り


【問4】

慶応三年、イギリス人水兵とアメリカ人が斬り付けられる事件が起こったが、この事件を引き起こした人物はどこに所属していたか?

①土佐商会職員

②奇兵隊隊士

③陸援隊隊士

④海援隊隊士


【問5】

文久2年に来日したイギリス人通訳アーネスト・サトウは、明治18年まで日本に滞在し、激動の日本を見てきた。その彼が最も尊敬しているとした日本人とは誰?

①岩崎弥太郎

②坂本龍馬

③木戸孝允

④西郷隆盛




<答え>

問1:①、問2:③、問3:②、問4:①、問5:④


【解説】

1.土佐は、後藤、龍馬、中岡ら4名が出席し、薩摩は、西郷、大久保、小松が出席した。内容は八か条からなり、王政復古を求めるものであり、大政奉還派と武力倒幕派の妥協案であった。


2.ドラマと異なるが、後藤とイギリス公使パークスの談判によって、海援隊の嫌疑は一応晴れることになった。真犯人が福岡藩士だとわかったのは、この事件の1年後のことであった。


3.家茂没後、12月に将軍に就任した慶喜は、翌年10月の大政奉還まで在位した。15代将軍で最も短命政権であった。また、就任後の拠点は江戸ではなく、二条城と大坂城で過ごした。


4.数か月前に発生した福岡藩による水夫殺害事件があったばかりだったということもあり、龍馬は犯人二人に長崎奉行所に自主させ、英・米の大使館に連絡し処理させた。


5.アーネスト・サトウは、ドイツ系イギリス人で19歳で来日した。青い目に映ったラストサムライは、西郷隆盛だったという。龍馬は好かれているどころが嫌悪感を持たれていたようである。