今回は前回に引き続き、

わたしがいじめという経験を通して感じたことや気づいたことについてお伝えします。

今日は2つ目です。

 

 

2つ目は、

【自分自身の振り返り】

です。

 

 

いじめをうける前までは、

自分のまわりには常に友達がいてくれました。

特に、とても仲の良い「親友」と呼べる友達もいて、

学校ではもちろん、ほぼ毎日放課後も一緒に遊んだり、休日も一緒に遊んでいました。

 

当時の感覚は、友達がいることは当たり前

友達が自分の言うことをきいてくれることも当たり前

友達は皆わたしのことが好き

 

そんな感覚だったので、

友達の気持ちを意識したことがなく、

いつも自分の思うままに行動していました。

言葉は良くないですが、いわば「友達は自分の所有物」とでもいった感覚でしょうか。

わたしが親友に何をしてもどんなことを言っても、「親友だから関係ない」と思っていました。

 

 

 

いじめをうけて自分のまわりに友達がいなくなってから

わたしは、自分の今までの言動を振り返りました。

 

 

 

中学生だった頃のわたしがその時に気づいたことは、

「親友でも嫌な言葉を言われたら悲しいし嫌なんだな」

ということでした。

 

こんなこと当たり前すぎて、考えて気づくものではないでしょ

と、きっと思うのではないかなと思います。

 

でも、当時のわたしは、

友達や親友が自分についてきてくれるのが当然と思っていたので、

 

「こんなことを言ったら友達はどんな気持ちになるんだろう」

「さっきのこと、もしかしたら嫌だったかな」

「なんだか悲しそうな様子だけど何かあったのかな」

 

などと、

相手の気持ちを慮ったり、自分や友達のことを少し振り返ってみたりすることがありませんでした。

 

 

この時わたしは初めて友達や親友に対して

「悪いことしちゃったな」

「ごめんね」

と感じたのでした。

 

自分自身を客観的に捉えて、自分の今までの過ちに気づいたのです。

 

 

 

 

わたしはこの経験を通して、この時の気づきがなかったら、

いつ気づいていたんだろう、

もしかしたら気づかないまま大人になっていたかもしれない、

と思ったりします。

 

 

そう考えると、

いじめをうけて、

自分の言動を振り返って間違いに気づくことができたという経験は

とても貴重なものだったと思います。

 

 

それからついでに。。。

 

中学生の頃は特に、

仲の良い友達とグループをつくっていつでも一緒に行動することが多いのではないかと思います。

 

でも、わたしは、

いじめをうけている時は自由時間ももちろん1人で行動していました。

 

ですが、1人で行動することを寂しく感じたりはしませんでした。

少し真面目ちゃんみたいにきこえてしまうかもしれませんが笑、

授業の合間は早めに教室を移動して教科書や本を見ていたり、

休憩時間はベランダに出て外の景色を眺めたり、

風に当たって「気持ち良いな~」そんなことを感じていたことも覚えています。

このへんにおいては1人での行動がむしろ充実していたのかもしれません。

(嫌がらせをしてもしても、平気そうに過ごすわたしの様子が

いじめる側にとってはきっと不愉快だったと思います。。。)

 

大切なのは、

友達に自分を無理して合わせたり、

友達に依存しすぎないことなのではないかなと思います。

 

わたしはこの時の経験のおかげで、

高校や大学においても友達に依存しすぎることなく過ごせたと思っています。

 

 

 

 

うまくいかないとき

 

いったん立ち止まって、

今までの自分自身を振り返ってみたり、

まわりの人の言動の背景に少し思いを巡らせてみたり

そのことが起きている意味を少しだけ考えてみると、

その時しか味わえない気持ちや新しい気づきがあったり

今までとは違った側面から物事が見えてくるかもしれません。

 

 

 

でも、

しんどいときは無理はしない。

どうしても辛い時は、どうぞ心も身体も休めてあげてください。