【わたしの干支学との出会い〜家族への感謝〜】
わたし自身が干支学の先生に初めてお会いした時、
『あなた今まで辛かったね、よくたえてきたね』
と、まず第一声にこの言葉をいただきました。
何がわたし自身に『辛い』と思わせていたのか、
わたしの家族全員の干支学をみて、
家族の関係性をみておっしゃってくれました。
わたし自身は、
《こういうものだ》と思っていたので、
たしかに色々な気持ちを味わったけれど、
それが自分にとって『辛い』と感じても良いものだとは思っていませんでした。
なので、
今まで心のどこかで蓋を閉めて収納してきた思いがいっきに溢れ、
《やっぱりこの気持ちを味わっていたんだ》
《辛いと思っても大丈夫な、辛いと感じるに相当する経験だったんだ》
と気付き、
今までなんとなく無かったことにしていた気持ちを自分自身で受けとめられました。
そして、
干支学から家族1人1人を知りました。
【家族】【父】【母】といったくくりではなく、
【1人の人間】として家族を客観的に知りました。
初めて家族を客観的に【1人の人間】として捉えられた時でした。
すると、
《【母】なんだから、そういう気持ちを味わうことくらいあるでしょ》
《【父】なんだから、それを経験してきて当然でしょ》
という、
家族への【家族】としての思いではなく、
《母という人は若い時こんな気持ちだったんだろうか》
《父という人はどんな気持ちで過ごしてきたんだろうか》
と、
【母という人間】【父という人間】の人生や気持ちに寄り添って考えたり思いを巡らせたりすることとなりました。
そして、
色々なことの【背景】が見えてきました。
あの時あんなに怒っていた背景
あの時何故あんな状態だったのかという理由
あの言葉を言わざるを得ない背景...etc
その背景が分かった途端、
《そうか、母は頑張っていたんだ》
《父もきっと辛かったよね、言わないで心にとめているんだよね》
家族1人1人を、
家族の【1人1人の人間】を、
客観的に見つめ、知り、
認めることができました。
良い、悪いなく、
良くても悪くても
認められました。
すると、
自然に家族に【感謝】の気持ちでいっぱいになりました。
《あんな気持ちを抱きながらここまで生きてきてくれたんだ》
《それでも今までずっと頑張って働いてくれていたんだ》
感謝の気持ちは言葉にしきれません。
わたしの先生はいつもこうおっしゃいます。
【その人を尊び敬いなさい】
【その道を尊び敬いなさい】
と。
わたしは、
干支学で
目に見えている姿以外の自分や家族を知り、
【感謝】
【家族1人1人を尊び敬う】
この気持ちを初めて感じました。
そして今度は、
わたしがそうであったように、
本当に必要とする方々に、
干支学で自分や家族を知り、気付き、
認め、
その方らしい人生の歩みのきっかけとして頂きたいです🍀
☆今日のぽつり☆
高校生の頃ふと思ったことがあります。
《今既に出会っている人と大人になってから初めて出会ったら》
そしたら友達が、
『タイミングってあるよね〜』と言っていました。
《タイミングが良かったらな〜》と思うことも、【タイミング】の行き着くところは、
結局は全て【自分の選択】なんだなと思いました。

