それはある日の街角で。
泣いている子どもがいた。
泣き声を聞きつけたのはミストフェリーズが先で、姿を見つけたのは彼の主人が先だった。
「親とはぐれたのか」
彼女の言葉は子どもをますます泣かせるだけで、なだめてもすかしても一向に話ができる状態にはなりそうもなかった。
口元に手を当てて何かを考えている風だった彼女は、その場に膝を落とすと、子どもの前に緩く握った手を差し出した。
少し興味を引かれた様子の子どもの前で、空の手を開いてみせる。
裏に返し、表に返し、また握ってくるりと伏せる。
流れるように自然な動作だった。
その拳に一瞬力が入って。
再び表に返された手の中には、いつの間にか小さな花が一輪握られていた。
目を丸くするミストフェリーズの頭の上で、子どもが歓声を上げた。
「どうぞ」
たちまち笑顔になった子どもの小さな手の中で、白い花びらがみずみずしく輝いた。
「ねえ、ねえご主人! さっきの、どうやったの? あれも魔法なの?」
無事に親と再会できた子どもを見送っての帰り道。
興奮した様子のミストフェリーズに、彼女は笑って応えた。
「魔法ほど大層なものでもないさ。ただの手品だ」
そう言って、手をくるりとひるがえす。
指先にはさきほどと同じ花が揺れていた。
ほら、と差し出されて、手で受けとる訳にもいかず口にくわえる。
だからそれ以上の質問はできなかったのだけれど、彼女はミストフェリーズの考えていることなどお見通しだという風に続けた。
「お前もすぐに出来るよ。そう望むのならね」
翌日、ミストフェリーズの所に遊びにきた猫たちの間で一騒動が起こった。
木立の合間に立つ家の庭で、子猫の声が高く響く。
「やだやだ、バブもいくー!」
「ダメだって。シラバブまだちっさいんだから、ついて来れねーに決まってるじゃんか」
「そんなことないもんっ」
「そんなことあーるー!」
言い合っているうちに、とうとうシラバブが泣き始めた。
慌てたコリコパットがなだめにかかるが、今まで言い争っていた相手では如何ともしがたく。
ちいさな彼女が泣くのに戸惑ったのはミストフェリーズも同じで、なぐさめようと上げた手を、進めることも下ろすことも出来ずに途方に暮れていた。
どうしよう。こんな時、どうすれば良かったんだっけ。
混乱した頭に、ふと彼女の声がよぎった。
『お前にもすぐ出来るよ』
振り返ればきっと彼女が笑っているのだろう。
その気配が背中を押す。
「シラバブ」
泣きじゃくる子猫の前に膝をつく。
「見てて」
両手をぎゅっと合わせて、強く念じる。
だいじょうぶ、ぼくにもできる。
ほら。
言葉には表せない手応えを感じて、手をゆるめた。
その隙間からのびあがる一輪の花。
たった今花開いたような花弁は、彼女が出したのと同じ、小さな白。
シラバブが、涙をためたままの大きな目をまたたいた。
コリコパットたちはぽかんと口を開けていた。
ミストフェリーズが安堵の溜め息をついて、そして。
「うわぁ!」
「すっげぇ!」
わぁっと、全員が歓声を上げた。
「どうやったのミスト、魔法みたい!」
ひときわ無邪気なシラバブの声に、ミストフェリーズは一瞬身を固くする。
魔法。
じゃ、なくて、そうこれは。
「えっと、ううん、手品っていうんだよ」
言って花をシラバブに差し出す。
ありがとうという笑顔もあふれる花のようで、ミストフェリーズもようやく、やわらかな笑みをうかべた。
ねぇ僕にもーオレにもーあたしにもーと、請われるままに花を出していたミストの背後に影がさした。
「私にも一輪もらえるかな」
ミストは慌てて振り返る。
そこには彼女が立っていて、逆光ではあるけれどいつものように笑っているようだった。
彼女に、花を。
出すなら綺麗な花がいい。華美でなくても凛とした花。
花の種類なんてほんの少ししか知らない、けれど。
感謝とありったけの気持ちを込めて、最高の一輪を。
返した手の中にあったのは、すっと伸びた紫の花。
知らない花だった。
けれどそれはとても彼女に似合う気がして、両手でそっと差し出した。
「桔梗か」
花を一回りさせて彼女が微笑んだ。
「ありがとう」